学園モノのイベントで合唱コンクールってあんまりないよね





「……じゃあ、確認するわね」


 一通り話を聞いた鏡花は、仕切り直すように切り出した。


「あなたは間違いなく山田小太郎ではあるけれど、就寝して翌朝目が覚めると、時間が一ヶ月以上も経過していた。しかも記憶がない間に多種多様なイベントがあっていたようで、私や秋良、エリス、学校での環境が大きく変わってしまっていた……そういうこと?」


「ああ。バッチリだ」


「…………そう」


 秋良は視線を落とし、やや口元に皺を寄せる。


「なあ藤咲、これって――」


「――鏡花でいいわ。あなたの記憶はないかもしれないけれど、私とあなたは既に名前で呼び合うことになっていたの。今更そっちだけ苗字呼びに戻すのは納得できないわ。だから今後は名前で呼びなさい。いいわね?」


「いや、でもなんかこっ恥ずかしいというか……」


「いいわね?」


「……はい」


 鏡花の圧に負ける小太郎であった。


「それで? どうしたの?」


「あ、ああ……。今回のことってどう思う? やっぱ、何かのイベント?」


「そうね……。ゲーム系の知識は乏しいから詳しくはわからないけれど、主に考えられる可能性は2つね」


 ゲーム知識がないのに考えられるあたりは、さすが鏡花だよね。


「いやはやまったくだ。で? その可能性ってのは?」


「一つは、エラー、つまりはバグ。このゲームの開発段階なのか想定外の事態なのかはわからないけど、何らかの要因でシステム上のバグが発生して、本来あるべき時間の経過がカットされてしまったってことよ」


「あー、それはあってもおかしくはないかもな。何しろ個人が趣味で作った超マイナーなインディーゲームなわけだし。テストプレイをしたかどうかも疑わしいし」


「もう一つは、今回のという可能性よ。むしろ、私としてはそっちの可能性の方が高いように思うわ」


「でもこんなユーザー置き去り確定なイベントって何なんだよ。これからどんだけグダグダになるんだよ」


「現時点ではあくまでも予想だから、それは私にもわからない。でも、もしも前者なら打つ手なしだし、後者なら今後の展開を見てから臨機応変に対応するしかないわね。つまりは、経過を見るしかないということよ」


「結局のところ現状維持ってわけかよ」


 仕方ないよ。

 小太郎がチンプンカンプンなのは当然だけど、今の小太郎の状況を聞かされた鏡花だってチンプンカンプンなんだからさ。

 ……って小太郎。

 なんか鏡花が小太郎のことを指すような視線でジーっと見てるよ?


「……なんだよ」


「一つだけ、確認したいんだけど」


「お、おう……」


「海のことも、覚えていないのよね?」


「海?」


 小太郎の表情を見て、鏡花は表情から力を抜いた。


「あー、もういいわ。今の反応で十分よ」


「いやいや、海ってなんだよ。めっちゃ気になるんだが」


「何もないから。今言ったことは忘れなさい」


「色々わからなくなってる中で気になるフレーズ残して答えを教えないとかどんな拷問だよ。もう気になって夜も眠れねえよ」


「じゃあ昼間に寝なさい」


「そういう話じゃなくてだな。おいチノブ。海のことだとかで、なんかこう、ピーンと来ないのか?」


 いや全然。まったく。無風だね。


「ホント使えねえ地の文だなお前は!」


 そもそも使える地の文って何なのさ。

 作中の登場人物として言ってることがぶっ飛んでるよ。不条理極まりないよ。


「小太郎、いい加減にして。さっきから何もないって言ってるでしょ? これ以上調べるなら……刺すわよ?」


 キラリと、鏡花は包丁を光らせる。


「……わかった。わかったから包丁を虚空に戻せ」


「わかればいいわ。それより、小太郎はここ1ヶ月の記憶がないのよね?」


「記憶がないっていうかマジで知らねえんだけども。とりあえずそういうこと」


「そう。じゃあ今日は帰ったら急いで準備しなさい」


「準備?」


「明日からだから。林間学校」


「は?」


 唐突な鏡花の言葉に、小太郎は目を丸くした。


「林間学校って、どういうことだよ」


 どういうことと言われてもね。

 山でキャンプしながら合宿するんでしょ。学校や地域によっては名称が違ってたり、そもそも林間学校自体がない場合もあるけど。

 この学園でも例に漏れず、明日から二泊三日でキャンプだよ。


「お前さぁ、知ってたんなら言えよ!」


 だから、それを今朝冒頭で言おうとしたんだよ。


 ここで毎年恒例とされるその学校行事が開催されることとなった。

 それが、林間学校である。


 ってさ。

 それを「待て待て」と制止して好き勝手騒ぎまくったのは小太郎じゃないか。


「そりゃ、まぁそうなんだけど」


「とにかく、明日は朝7時に学校集合だから。じゃあ、私は先に教室に戻ってるから」


 そして鏡花は、そのままとっとと屋上を出ていったのである。


「……チノブさんよ」


 なんだね小太郎さんよ。


「1ヶ月も時間がスキップしてどうなるかと思ったけど、どうにもいいイベント来てるじゃねえか」


 そうだね。

 学園モノと言えば林間学校、林間学校と言えば学園モノってくらい王道イベントだよね。


「そうだな。学園モノ三大行事の一角であることは間違いないよな」


 ちなみにあと2つは?


「そらもちろん、体育祭と文化祭だろ」


 え? 修学旅行と合唱コンクールは?


「俺らまだ1年じゃねえか。修学旅行と言えば、普通2年か3年だろ。っつーか、そもそも合唱コンクールはねえよ合唱コンクールは」


 はぁ!? 合唱コンクールをバカにしてんの!?

 あれこそまさにクラスが団結するやつじゃん! 普段ヤル気ない奴もなんやかんやで参加する感じになるやつじゃん! 最初こそグダグダだったクラスも、練習やトラブルを乗り越えて絆を深め、最後には大舞台で美しい旋律を響かせるやつじゃん!

 超重要イベントじゃん!


「お前のその熱い合唱コンクール推しはいったいなんなんだよ。どんだけ合唱コンクールに注力してんだよ」


 小太郎が合唱コンクールをバカにするからだろ!? 

 そもそも合唱コンクールってのは戦後の暗い時代に始まって、歌の力で生徒たちを一つにし明るく元気に成長してもらおうという崇高なる目的で始まっててさぁ! しかも……!


「わかった。俺が悪かった。悪かったから、いつぞやのような突然のサブカル鬼テキストはやめてくれ。雑学で胸焼けする」

 

 ちゃんと聞いてよ!

 僕、こう見えても学生時代は合唱部に所属してたからね。


「こう見えてってどうにも見えてねえっつーの。見えてんのはお前の駄文だけだっつーの。お前自分が地の文ってのを忘れてないか?」


 僕さ、テノールヴォイスにはちょいとばっかし自信があるんだよ。

 聞いてて?


 ららぁ! ららららぁ! ぉらああああ!!

 

 ほらほら、どうよどうよ。


「テキストだけだとただ発狂してるようにしか見えないんだよ。伝わらないんだよ、文字だけじゃな」


 ぐぬぬ……!

 それなら、音符もセットで書き込めば!


「余計見にくくなるからやめろ。マジで。お前が暴走したらどうしようもねぇな」


 僕はぁ♪♪ どうしようもねぇらしい♪♪





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