世界の速度に取り残された主人公





 せめて学校だけは平穏であってくれ――。

 そんな小太郎の小さな願いは、儚く散るのである。


「よう、小太郎」


 下駄箱で靴を履き替えていた小太郎の肩に腕を回してきたのは、友館英司。

 久しぶりの登場である。


「お、おう英司……久しぶり?」


「何言ってんだよ。ついこの間、あんだけ話したじゃねえか」


「ええと……ああ、そうだったな」


 無論一切合切覚えのない小太郎は、とりあえずテキトーに合わせる。

 すると英司は、ニッと笑いながら親指を立てた。


「効いたぜ、お前の拳。お前の中にあんなパッションがあるとはな。驚いたよ」


「パッション……」


「俺から言えることはもう何もねえ。頑張れよ、小太郎」


 それだけを言い残し、英司は去っていった。


「……パッションってなんだよ、パッションって」

 

 パッションってのは情熱だとか激情だとか、要するにすんごい感情の高まりというか、エナジースパークというか、魂の咆哮的なものだよ。


「要するにって言うからにはきちんと要しやがれ。俺が言いたいのはそういうことではなくてだな、あいつは何を言ってるんだって話だよ」


 だから、感じたんでしょ。パッションを。


「今の俺にはクエッションしかねえっつーの。それこそ腐る程に」


 それにしても、しっかりと学校でも環境が変わっているようだね。

 英司とはどうやらケンカしたみたいだし。


「拳で語った的なこと言ってたしな。まったくもって意味不明だが」


 でもまあ仲直りしたみたいだったし、そこまで気にする必要もないと思うよ。

 とりあえず教室に行ってみたら?


「そうだな。まさか教室が変わったなんてことはないだろうな」


 疑い深くなっちゃったね、可哀想な小太郎。

 そんなこんなで教室へと移動した小太郎。幸いなことに、というより当然ながら教室はさすがに変わっておらず、席の位置も同じである。

 ……が、しかし。


「小太郎様、赤ペンをお借りしてもいいですか?」


「あ、ああ……どぞ……」


「ありがとうございます」


「小太郎、私の甲冑は邪魔になっていないか?」


「ちゃんと邪魔になっててすこぶる見えにくい」


「そうか。それは良かった」


「嫌がらせかよ!」


「むぅ……」


 窓側の一番後ろの席。そこに座るのは小太郎。

 そしてその右隣に座るのが、むくれっ面の鏡花。

 更に、小太郎の前に座るのはなぜだか秋良。

 更に更に、小太郎の斜め前に座っているのが、一番なぜだかエリスであった。


「待てやゴルァ!! 色々おかしいだろうが! お前ら何してんだよ!」


「どうしたんですか小太郎様。突然立ち上がって」


「どうしたもこうしたもあるかよ! 秋良は違うクラスだろうが!」


「あら? それは先日クラス替えをしましたよね?」


「6月にクラス替えなんて聞いたことねえよ! どうやったら起きるんだよそんなこと!」


「私、生徒会長ですので。だからクラス替えちゃいました。職権乱用で」


「替えちゃいましたじゃねえよ! 乱用にも限度ってもんがあるだろうが!」

 

 叫ぶ小太郎に、エリスは睨みを効かせた。


「小太郎うるさいぞ。授業中だ、静かにしろ。ここをどこだと思っている」


「お前がここをどこだと思ってるんだよ! ここ1年の教室だから! お前2年じゃん! 本来許されざる存在じゃん! 何してんだよこんなところで!」


「先ほどお嬢様がクラス替えをしたと説明したであろう」


「だからお前2年じゃん! クラス替えしてもお前が降級するわけねえじゃん! 留年退学はあっても降級なんて制度は存在しねえんだよ!」


 すると、秋良はニッコリと笑う。


「だから制度作っちゃいました。職権乱用で」


「職権の範疇超えまくりじゃねえか! だいたいお前が許しても学校教育法が許さねえんだよ!」


「だから法律変えちゃいました。職権乱用で」


「俺もうお前が怖くて仕方ねえよ。誰にも止められねえじゃん」


 そんな小太郎達のやり取りを見ていた鏡花は、ぼそりと呟く。


「はぁ……だから秋良達がこのクラスに来るって聞いて、嫌な予感はしたのよ……」


「予感がしたならちゃんと止めろよ。その怠慢が今の事態を引き起こしてるんだよ」


「何言ってるの。秋良達をこのクラスに引き込んだのはあなたじゃない」


「まぁた俺かよ! どんだけやらかしてるんだよここ一ヶ月の俺はよぉ!」


 騒ぐ小太郎達に、ざわつく教室。

 見かねた先生が咳払いをしながら注意をする。


「山田くん? 静かにしなさい。授業中ですよ」


「先せぇー! 先生もおかしいと思うでしょ! 秋良はともかく本来2年生のエリスがいるってどういうことなんすか!」


「三鷹さんに、エリスさん……?」


 すると先生は露骨すぎるくらいに視線を逸らす。


「……な、何を言ってるんです? その二人なら……元々、このクラスにいたでしょ……」


「先生脅されてるんなら素直に警察に行った方がいいですよ。俺、証言しますから」

 

 そんなこんなで授業は進み、昼休みを迎える。

 環境の激変、周囲の人の超激変に既に精神的満身創痍だった小太郎は、ようやく訪れた束の間の休息を存分に堪能――できるかと思いきや、突然鏡花が小太郎の前に立ちはだかる。


「小太郎、ちょっと来なさい」


「え、ええと……鏡花、さん? 俺、今からようやく昼飯を……」


「いいから来なさい。刺すわよ?」


 そこに他の選択肢など介在しないのである。

 小太郎は渋々彼女についていくことに。

 鏡花が連れ出したのは屋上だった。昼休みにすら開放されている屋上だが、なぜだか小太郎達以外に生徒の姿はなかった。


「これがいわゆるご都合主義ってね」


 そうとしか説明できないよね。

 

「さっそくだけど、小太郎。正直に答えなさい」


「何をだよ」


「あなた……何かあったの?」


「何かって……なぁ?」


 あったというか、既にあってたというか。


「朝から様子が変だったし、それに……その、私のことも苗字呼びに変わってたし……。とにかく、今日のあなたは昨日までのあなたとはどこか違う。もしかして、またゲームオーバーになったの?」


「え? お前もしかして、ゲーム攻略のこと覚えてるのか?」


「何言ってんのよ。当然でしょ?」


「…………はぁ〜」


 小太郎は全身の力が抜けたようにその場にへたり込んだ。


「どうしたの?」


「いや、なんかすげえ安心したら力抜けたんだよ。藤咲が藤咲でホント良かった。いくらなんでも世界が激変してたからさ」


「世界が? どういうこと?」


「世界の速度が速すぎたんだよ。そんで、もしかしたらお前の記憶もリセットされてるのかもってビビってて……」


 そうなったら正直手詰まり感あったよね。


「いやホント、マジでそう思う。何より孤独感に耐えられん」


「この感じ、チノブもいるの?」


 いるっていうか、常駐してるから。

 忘れがちだけど、僕地の文だから。


「ちゃんといるってさ」


「そう……。とにかく状況が掴めないわ。一から説明して」


 そんなこんなで、小太郎は鏡花に今日の流れを全て説明する。

 鏡花は驚きながらも、小太郎の話を真剣に聞くのであった。





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