変わらぬ日々はナレーションですっ飛ばし過ぎる





 それから複雑な四人の生活は進み、季節は6月となった。

 麗らかだった日差しは時折熱を帯び始め、梅雨の到来を予見させるように湿度は上がる。

 制服も夏服へと変わり、気持ちも新たにした小太郎達だったが、ここで毎年恒例とされるその学校行事が――。


「ちょい待ち、チノブ。ちょっと待て」


 ……なに。どうしたの。

 人がせっかく軽快にナレーションをしていたっていうのに。


「いやいや、どうもこうもあるかよ。なんかいきなり一ヶ月以上も時間が経過したんだが? 寝て起きたら日付がめっちゃ進んでて脳がバグったかと思ったんだが?」


 仕方ないでしょ。

 一年は365日もあるんだよ? 特に何もない毎日をダラダラと流すわけにもいかないでしょ。

 変わり映えしない時間の経過は、適当なナレーションですっ飛ばす。

 ゲームの常識だよ常識。


「いやまあそうなんだけどさ、こういうのも普通はそのすっ飛ばした期間の記憶や経験を持ってるわけじゃん? 俺、まったくそれがないんだけど。昨日の夜にエリスと話したと思ったら、いきなり翌日には時間が一ヶ月経ってるんだけど。浦島太郎かよ」


 それは小太郎が特殊過ぎるだけ。

 僕に文句言うんじゃなくて、そんな仕様にした神様に文句を言うんだね。


「それにしても、一ヶ月も飛ばすことなくね? 中間報告的なものがあってもよくね? この一ヶ月で何かしら重要案件があってたら、俺そこで詰むんだけど」


 だから言ったでしょ?

 そんなストーリーに影響するような重要案件があれば普通にイベントとして体験するはずだし、それが一切ないからこそダイジェストとして時間が経過したんだよ、きっと。


「だとしてもだな、仮にも思春期真っただ中の高校生男女4人が共同生活を始めたっていうのに、一ヶ月の間に何一つイベントが起きないってどういうことだよ。それはそれで問題あるような気がするんだが?」


 小太郎達の関係が思いのほか健全だったってことでしょ。 

 小難しく考えすぎだよ。前にも言ったように、あるがままに受け入れなよ。だってそういう仕様なんだからさ。そこに文句を言ったとしても、それはもうどうしようもないことだよ。


「まあ、何事もないなら別にいいんだけどさ……」


 と、ここで二階から足音が聞こえてきた。

 そして顔を出したのは、制服姿の鏡花だった。


「……おはよう」


「おう藤咲、おはよう」


「…………え?」


 小太郎の声掛けに、彼女はきょとんとする。


「どうしたんだよ」


「いや、だって……名前……」


「名前? 名前がどうかしたのかよ」


「…………」


 鏡花は口を尖らせ、ジト目で小太郎を睨み始めた。


「な、なんだよいったい……」


「……鏡花」


「え?」


「鏡花って呼んでくれるって、約束したはずよね?」


「はい?」


「なに? 今更恥ずかしがってるの? あんなこと、私に言ったくせに……」


「あんなこと?」


「はぁ……もういいわ。とにかく、次に忘れていたら刺すから。バカ小太郎」


 それだけを言い残し、彼女は荒々しく玄関から出て行った。

 そして小太郎は、廊下において立ち尽くす。


「……おい、チノブ」


 ……なにかな?


「なにかな……じゃねえよ! お前、これどういうことだよ!」


 どういうことって言われても……どういうことだろうね。


「他人事みたいに言ってんじゃねえよ! これお前……明らかに何かイベントがあってるよな!? この一ヶ月で、俺と藤咲が名前で呼び合うきっかけになったようなイベントがあってるよな!?」


 う、うーん……そうみたいだね。


「だからなんで他人事なんだよ! どう見ても俺と藤咲の関係が変わってるじゃねえかよ! あんなこと言ったくせにって、この一ヶ月で俺はあいつにどんなことを言いやがったんだよ! なんで張本人の俺が何一つ知らねえんだよ!」


 ははーん、これはあれだよ小太郎。

 いきなり時間が経過して、何かしらの変化を匂わせてだね、それ自体が伏線になってるっていうあれ。きっと物語の根幹に関わる超重要事項がそこにあって、それが何があったのかをユーザーに推測させていくわけだよ。

 粋な演出ってやつさ。


「粋な演出じゃなくて雑な演出にしかなってねえんだよ! ユーザーからしてもチンプンカンプンじゃねえか! 完全にユーザー置き去り案件だよ! 推測する前にゲーム意欲が衰退するわボケ!」


 小太郎、ポジティブに考えてみてよ。

 何も苦労もなくて、鏡花との関係が数歩進んでるんだよ?

 お得じゃんお得。


「その関係をどうやって進めるかが恋愛ゲームの醍醐味だろうがよ! RPGで宿屋に泊まったらレベルが30上がってるくらいの衝撃じゃねえか!」


 落ち着きなよ、小太郎。

 ほら、今度は秋良が降りて来るみたいだよ?


「秋良が?」


 そして秋良が顔を出す。

 無論制服姿であったが、その制服は、紛れもなく女子のものとなっていた。そして彼女の背後には、騎士姿のエリスまで。

 秋良は小太郎を見るなり、表情を明るくさせる。


「おはようございます、小太郎様」


「小太郎様……」


「まだ支度されていないんですか? 遅刻、しちゃいますよ」


「あ、ああ……今から用意するけど……」


「本当は小太郎様と登校したかったのですが……生憎、私は生徒会の仕事がありますので先に学校へ向かいますね」


「生徒会? エリスを手伝うのか?」


「ふふふ、寝ぼけているのですか? 私、先日生徒会長になったじゃないですか」


「生徒会長……」


「では、また後程。お昼はご一緒してくださいね。……エリス、行きますよ」


「……はい。では小太郎、また後で……」

 

 そして、二人は家を出て行った。


「……チノブ、おい、チノブ」


 そんなに呼ばなくても聞こえてるよ。

 わかってる。わかってるから、冷静にね。


「冷静になれるかァァ! 秋良のポンコツ仮執事設定はどこに行ったんだよ! エリスとセットで本来の主従関係に戻ってるし! あれただのお嬢様じゃん! ただの美少女金持ち高校生じゃん! おまけに、秋良が生徒会長!? しかもなんか知らんが随分俺と親し気だし! 俺とあいつらの間で何があったんだよ!」


 さぁ、何があったんだろうね……。


「いくらなんでもストーリーすっ飛ばし過ぎだろうが! その経緯のダイジェストすらねえのかよ! 藤咲といい秋良といい、いくらなんでも環境が激変し過ぎだろうがよ!」


 ねー。なんか秋良がいきなりヒロイン枠に躍り出ててビックリだよねー。


「クソ……このゲームはマジでどこに向かってるんだよ。一ヶ月も時間経過させて、何の説明もなくヒロイン達との関係性を進展させてるとか何事だよ。これ、まさかその経過のイベントが思いつかなかったからテキトーに関係を進展させたとかじゃねえだろうな?」


 あーなるほどね。

 一ヶ月も一緒に住んでたらこんくらいの関係にはなってるだろう、みたいな?


「でもこれ、秋良たちはいいとしても、藤咲は大丈夫なのか? 前みたいにちゃんと協力してくれるんだよな?」


 うーん、そこは本当に死活問題だよね。

 なんてったって、ゲーム攻略に必須のブレインだったわけだしね。

 とにかく、そろそろ学校に行かないと。

 色々思うところはあるだろうけど、ゲームオーバーになったら文字通り先に進まないしさ。


「家の中がこんだけ変わってるところを見ると……学校での俺の立場がどうなってるのか、ちょっと想像できないな……」


 しかしながら、行くしかない。

 小太郎はビビリながらも、学校へと向かうのだった。







 

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