騎士はかく語りき






「小太郎、お前に話しておきたいことがある」


 エリスは唐突に切り出した。

 しかし彼女が話すことなど、おそらくは“それ”以外ありえないことを小太郎は知っている。


「秋良のこと?」


「ああ、そうだ。おそらくお前も気づいていると思うのだが、彼女は……その……」


 そこまで言ったところで、エリスは言葉を探す。

 あーでもないこーでもないとしばらく頭を悩ませた彼女は、実に難しそうに首をひねりつつ、表現を絞り出した。


「……彼女は、少し、天然なところがある」


「うん、お前はよく考えたと思う。頑張ったな」


「とにかく、少々変わったところがあるということだ。そして秋良は……いや、秋良様は、私の主でもある」


「…………」


 この言葉には、さすがの小太郎も驚いた。

 てっきりひた隠すものと思っていた二人の関係を、エリスは驚くほどあっさりと告白したのである。


「それ、言っちゃっていいのか?」


「私が言わずとも、一緒に住んでいればいずれわかることだ。それどころか、お前もとっくに気付いていたんじゃないのか?」


「……ノーコメントで」


「ふふふ、それはどちらでも構わない。重要なことは、今、お嬢様が、とても楽しそうということだ」


 エリスは膝を抱えながら話し始めた。


「私の家――リリーホワイト家は騎士の名門と呼ばれているが、その実、裕福とは言えなかった。曾祖父の代で事業に失敗し、多額の負債を抱え、支援者や他の騎士家系は皆離れてしまっていてな。実際祖父や父も、そして私も、他の家よりも貧しい生活を送っていたんだ」


「それは、大変だったろうな……。騎士って貴族みたいなもんだと思っていたから、借金とは無縁って思っていたんだけど」


「騎士と貴族は全く異なるからな。騎士とは称号。過去に偉大な功績を遺した家系に与えられるものだ。無論名誉なことは言うまでもなく、確かに事業を始める時や就職の時には通常よりも有利にはなることは間違いない」


「へぇ~」


「だが、それだけだ。それ以外はお前や鏡花と何ら変わりない、言ってしまえば、普通の家系に過ぎない。むしろ騎士という称号があるばかりに、良からぬ目的で近付いて来る輩も多いのが現実だ。そして、曾祖父は……」


「その輩ってのに騙された、と」

 

「そういうことだ。その金額は相当なものだったが、祖父も父も、相続を拒否することはなかった。騎士という称号は、財産の一つとして考えられている。故に借金の相続を拒否すれば、自ずと騎士の称号も失うということだ。バカな話だと思うだろう。たかが称号一つのために、わざわざ茨の道を歩くのだからな。……しかし、騎士は我がリリーホワイト家にとって、何物にも代えがたい誇りなんだ。例え汚れにまみれ、傷だらけになろうとも、それがあるからこそ私達は私達でいられる。そんな魂とも言えるものなんだ。少なくとも、祖父も父も、私も、そう確信している。故に借金のことをひた隠し、世間的には偉大なる家系であることをアピールして演じつつ、必死に返済をしていたんだ」


「難儀なもんだな、騎士ってのも」


「そうかもしれないな。しかし、現実は厳しい。返せども返せども借金は消えることなく、むしろ利子によって増えていき、もはやどうしようもない程になっていた。そして私が小学生の頃、母は病に倒れ、そのまま息を引き取った。父も私も絶望に沈み、もはや手はないと父は、借金を公表し、騎士という称号を返上しようと考えていた。そんな中、私達の前に現れたのが、秋良様だった。秋良様はなぜか全てを知っていた。そして借金を清算し、事業の分担を提案してきたんだ」


「どうして秋良が?」


「それについては、ハッキリと言われたよ。騎士という称号を利用したいと。騎士の称号を持つグループを参加に加えれば、何かと有利になるからと」


 たぶんあれだよ。

 実際は未来視眼ヴィジョン・アイでそう見えたんだと思うよ。


「あ、なるほど。そういうことか」


「私達も最初こそ抵抗があったが、もはやどうすることも出来なくなっていた父はこの提案を飲んだ。結果として、それが今に繋がっている。驚いたのは三鷹財閥からの扱いだった。没落寸前だったというのに、財閥は父を信頼し、権限を与えてくれていた。父はそのことに恩義を感じ、身を粉にして働き事業を拡大させ、現在のリリーホワイトグループの立場を確立させることに成功した。私も名門学校へ編入させてもらい、ハリボテだった私の家系は、真の黄金に輝く名門となったんだ」


 驚くべきは三鷹財閥の力だよね。

 没落騎士家系を拾い上げるどころか、復興させて傘下に加えちゃうなんてさ。


「まあ三鷹財閥の凄さはそうなんだろうけど、それにしっかりと応えるリリーホワイト家の手腕と根性だな。そこはやっぱり、さすが騎士だと言うしかないだろうよ」


「ふふふ、ありがとう。ともあれ、それが私のこれまでの人生だ。もはや分かると思うが、秋良様には多大なる恩がある。だからこそ私はあの方に仕え、全てを捧げると誓っている。今回の小太郎との縁談も、全ては秋良様による提案だ。私に拒否はありえない。拒否という選択肢を考えること自体、おこがましいとすら思う」 


「でも、お前の人生だろ? いいのかよ、それで」


「言っただろ? 私は、秋良様に全てを捧げると誓っている。それで秋良様がお喜びになるのなら、喜んでそうするさ。しかし、ここ数日、特に小太郎と出会ってから秋良様は随分と雰囲気が変わられた。類まれなる能力で全てを見通してきた秋良様だが、その実、退屈そうにされていた。全てが思い通りになるということは、凡人には到底理解が及ばない葛藤があるのだろう。しかし小太郎と出会い、環境が激変し、秋良様は、とても楽しそうにされている。嬉しそうにされている。秋良様に仕える私としては、それはとても喜ばしいことだ。……しかしそれと同時に、私は嫉妬したんだ。たった数日でここまで秋良様を変えてしまった山田小太郎という男に、私は、嫉妬したんだよ」


「…………」


「すまないな、小太郎。こんなことを言うのは筋違いだと思っている。お前が悪いわけじゃない。それはわかっている。だがそれでも、そう考えざるを得ない」


 そしてエリスは、少し不器用に頬を緩ませ小太郎に顔を向けた。


「……すまない小太郎。私は、お前が、憎い。秋良様を奪い取ったお前が、憎いんだよ」








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