家庭内ルームレス
小太郎は、自宅を前に啞然としていた。
「なんだよ……これ……」
「……見たらわかるでしょ?」
鏡花もまたこの世の終わりのように沈んでいた。
小太郎の自宅前に駐車するのは、巨大なアルミトラック。そのコンテナには、CMか何かでなんとなく見たことのある業者のマークが。そして作業員により次々と家に運ばれる荷物。
その様子を見た小太郎は、まさかと思い鏡花に確認をした。
「これってもしかして……引っ越し?」
「ええそうよ。私、今日からここに住むのよ……」
鏡花は枯れ果てるような声を絞り出した。
「はぁっ!? なんで!?」
「そんなの、私が聞きたいくらいよ……。昨日の夜、秋良に聞いてみたの。何か企んでいないかって。そしたらあの子、なんて言ったと思う? 満面の笑みで、『鏡花にも協力してもらうわけだから、明日から一緒に住みましょう!』よ?」
「えええ……」
「まさかと思って家に帰ってみたら、手を回したのか、お父さんもお母さんもいなくなってて……。リビングにこんな手紙が置いてあったのよ」
鏡花は1枚の紙切れを小太郎に差し出した。
その中には、実にザッとした文字でこう記されていた。
『鏡花へ。突然だけど、父さんと母さん、今日から世界7周半旅行に行ってくる。鏡花はリリーホワイトさんのところでお世話になりなさい』
世界7周半って、光の速さかな?
「百歩譲って世界7周旅行ならわかるが、7周半はおかしいだろうが。半ってなんだよ半って。地球の反対側でゴールインじゃねえか。帰って来るつもり皆無じゃねえか」
「たぶん、秋良達の仕業よ。大方私をこの家に引っ越させるために、世界7周半旅行と併せて大金でも渡したんでしょ。なんなの、これ。身売りされた気分よ……」
「お前の状況には同情するけれども、仮にも家主である俺に何一つ報告も連絡も相談もなく勝手に引っ越しが決まってるってのはどういうことだよ。だいたい書くならリリーホワイトさんのところじゃなくて、山田さんのところだろうに。これじゃ同居じゃなくてただの占拠じゃねえか」
と、ここで小太郎は気付いた。
「ん? 待てよ? これまで散々藤咲が止めようとしたことって、もしかして……」
「ええ。あんたと同居するってことみたい。これからよろしく。ハハハ……」
鏡花は顔を引き攣らせながら、乾いた笑いを漏らしていた。
「いやいやいや、ちょっと待て! 俺を刺してまで止めようとしたことってのはこれのことだったのかよ! 散々引っ張っておいてこのオチかよ! 俺の命はどんだけ軽いんだよ!」
「何言ってんのよ。あんたとの同居生活よ? 考えただけでも戦慄するわよ」
まぁ考えただけじゃなくて、現実に同居するわけだけども。
「なんか釈然としねぇ! もっとこう……絶望的だったり危機的な状況になるかと思いきや、結局ただの同居って!」
「何言ってんのよ。あんたとの同居だなんて、私的には世界の終わりよ。終焉よ。もしもリセットできるのなら、今すぐにでもあんたを刺したい気分よ」
年頃の女子が同級生の男子と同居だなんて、まさにラブコメ的な展開だよね。王道だよ王道。
「メインヒロインが主人公を刺すほど嫌がってる同居ってのは王道に含まれるのかね」
そんな話をしていると、家の中から秋良が出てきたのである。
「あれ? 小太郎に鏡花じゃないですか。学校はどうしたんですか?」
「それどころじゃねえよ。学校の前に俺ん家のこの有り様はどうしたんだよ」
「ああ、鏡花の引っ越しの件ですね。聞けば、ご両親が急遽旅行で不在になると聞いたので。女性の一人暮らしは何かと物騒ですし、それならこの家で一緒に生活すればいいのではと思いまして」
「思っただけで終わらせろよ。即時実行するな。お前の思いつきのせいで、俺の方が物騒極まる状況になってんだよ」
「でしたら、彼女を追い出しますか?」
「言い方ッ! すっげぇ言い方が悪い! もういいよ! 住めばいいだろ!」
「では決まりですね。これからよろしくお願いします、鏡花」
「…………」
こうして、秋良の一方的な決定により鏡花の同居は決まったのであった。
◆
荷物だらけだった家の片付けを終えたのは、すっかり日が暮れた後のことである。
疲労が溜まった各々は、それぞれの部屋にて就寝していた。
……ただ一人を除いて。
「なんでだよぉ……ふざけんなよぉ……」
小太郎は、リビングに敷いた毛布の上で一人恨みつらみを漏らしていた。
なぜ彼がリビングで眠ることになったかと言えば、理由は簡単。部屋がないのである。
山田家の家は、総二階建てのシンプルな民家。
1階にはリビング、浴室やトイレと、生活するためのスペースで占められている。片や2階は主に寝室となっており、部屋が3部屋。
そう、3部屋なのである。
現在の山田家の住民は、小太郎、エリス、秋良、そして鏡花の計4名。
つまりは、部屋不足なのであった。
そして彼らは年頃の男女。同じ階層での生活など鏡花が許すはずもなく、小太郎の部屋は鏡花に接収され、彼は、誰もいない1階へと追いやられていたのである。
いちおう1階にも和室があり私物を置くスペースはあるものの、いきなり自分の部屋を追い出されることになった小太郎の悲哀たるや。
まさに家庭内ルームレス。
「他人事みたいに言いやがって……。俺の家なのに俺が部屋から追い出されるとはどういうことだよ」
まあまあ。
結果としてはこのゲームの主要人物を同じ家に住ませることができたんだし、見方を変えれば、これから活動しやすくなるってことだよ。
「そうか? むしろ、めちゃくちゃ動きにくくなってる気がするんだけど」
ネガティブになり過ぎだよ。
客観的に見てごらんよ。超絶美少女に取り囲まれた完全ハーレム生活だよ? 恋愛ゲーム通り越して、下手すりゃエロゲーの域だよ?
「少なくとも藤咲がいる限りエロゲー展開はありえねぇ。むしろデスゲーム展開の始まりじゃねえか」
「――小太郎、起きているのか?」
ふと、暗闇に声が響いた。
その瞬間、小太郎の心臓は強く脈動する。
「エ、エリス、か?」
「ああ。少し喉が渇いてな」
彼女は寝間着姿だった。とてもお嬢様とは思えないほどに地味な色の服のルームウェアである。しかし普段の煌びやかさからのギャップが、小太郎の顔を熱くさせていた。
彼女は冷蔵庫まで歩き、扉を開き、冷えたお茶をコップに注ぐ。
「……お前も飲むか?」
「え? あ、うん。もらうよ」
エリスは別のコップにお茶の入れ、それを小太郎に渡すと、彼女は、彼の横に座り込んだ。
「へ、部屋に戻らないのか?」
「なんだ? 私と話すのが嫌なのか?」
「そんなわけ! ……ねぇですけども」
「ふふふ、その話し方はなんだ。おかしな奴だな」
エリスはコップのお茶をコクリと飲む。
それを見た小太郎も、思い出したようにお茶を飲んだ。喉を通り抜ける冷たい麦茶は、一瞬だけ彼に涼しさを与える。しかし小太郎の頬は、一向に熱を帯びたままである。
その熱の正体など、彼もとっくにわかっていた。
わかっていたからこそ、彼の心に、じんわりとした痛みが走るのであった。
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