そして彼女は諦めた。





 翌日の学校。時刻は昼時。

 皆が笑顔で食事をする中、小太郎は、一人険しい表情を浮かべて教室のドアを睨んでいた。

 その理由は一つ。

 今朝から、鏡花とのメッセージが途絶えたからである。

 それは小太郎に、刺殺されるという以前の今を彷彿とさせるには十分過ぎた。


「前の感じだと、そろそろ来る頃だよな」


 そうだね。

 で、近付いて来ていきなりプスッと。


「蚊みたいな表現やめろ。そんな可愛らしい効果音じゃねぇっつーの。とりあえず、藤咲に何かがあったのはもはや確定として、チノブ、お前何か知らないのか?」


 僕は何も。

 仮に鏡花がまた刺そうとしてきたとして、小太郎はどうするの? また素直に刺される?


「冗談じゃねえよ。あれめちゃくちゃ痛いしめちゃくちゃキツイんだぞ? そもそも、ここで刺されてゲームオーバーになったら前と何一つ変わらねえじゃねえか。せめて藤咲と話をしてからだな」


 まぁゲームオーバーにしようと思ったら実際に刺される必要もないわけだし。

 ゲーム批判で簡単ゲームオーバーだしね。


「そうそう。このゲーム無駄にメンタル弱いしな。クソゲーだとか売れなかったとか、そういうネガティブな言葉にいちいち反応して……あっ」


 余計なお世話なのであった。


 【GAME OVER】



 それから小太郎は夜中に引き戻され、律儀に同じように行動して再び昼休みに至る。


「ついうっかりしてたな。危ない危ない」


 危ないも何も、しっかりゲームオーバーにはなってるけどね。


「何がキツイかっていうと、夜通し行われる藤咲とのメッセージのやり取りだよ。もう3回連続徹夜だぞ。実際のところはただの徹夜かもしれんが、俺だけ三徹だぞ。三徹ずっとあいつとメッセージだぞ」

 

 なに贅沢を言ってんのさ。

 忘れてるかもしれないけど、鏡花は超絶美人なんだからね? めちゃくちゃモテモテなんだからね? そして男子からの告白をことごとくフリまくってる『富士の鏡割り』なんだからね?

 そんな彼女と朝までずっとメッセージのやり取りをするとか、学校の男子に知られようものなら直ちに断罪だよ。磔の刑だよ。

 その過ぎたる幸せを噛み締めなさいよ。


「幸せねぇ……。幸せよりも、刺された時の吐血の味しか噛み締めてねえんだけども」


 そんなの些細なことじゃないか。

 僕の見立てだと、攻略は順調だと思うよ。


「俺が攻略したいと思ってる最たるエリスルートが、始まる前から終わってる辺りに何とも言えん哀しみを感じるよ」


 そんな無駄話をしていた最中であった。

 ガラッと開いた扉の先に、鏡花は立っていた。

 その様子に、小太郎は見覚えがあった。俯き、顔を見せない彼女。

 おそらく同様に、包丁を出す寸前だろう。


「やっぱこうなってるのか」


 どうする? 刺される?


「どんな問いかけだよ。本来そんなイージーに聞くことじゃねえだろ」

 

 そして小太郎は立ち上がり、鏡花の方へと歩み寄る。


「初めに言っとくぞ。別に刺さなくてもリセットは出来るからな。いきなりブスってのは勘弁してくれ」


「……そうだったわね。あんたは、これからどうなるのか知ってたのよね」


 鏡花の声に余裕はない。

 淡々と、静かに、諦めるように、彼女は声を返した。


「その上で聞くけど、何があったんだ?」


「…………」


 言わないのか、それとも言えないのかは定かではない。

 ただ鏡花は黙り、俯く。


「わかったわかった。それはもう聞かないよ。じゃあ質問を変えるぞ。過去に戻った時に、お前に何を言って欲しい?」


 鏡花はしばらく黙り込んだ後で、徐に口を開いた。


「……私が考え得る限りの……その、とってもマズイ環境になろうとしている。無駄かもしれないけれど、何とか止めて。たぶん現時点では既に色々動いていてどうしようもないとは思うけど、何とか止めて。じゃないと、たぶん、耐えられないから」


「長ぇなオイ。それ類いの話でいいのか?」


 鏡花は小さく頷いた。


「しゃあねえな。……おいクソゲー! リセットだリセット! 早くしろクソゲー!」


 ゲームオーバーはリセット機能ではないのであった。


 【GAME OVER】



「――……私からの連絡は3秒以内に返事をしなさい。じゃないと刺すわよ」 


 4度目のセリフである。

 立ち去ろうとする鏡花の手を掴んだ小太郎は、これまでの経緯を事細かに話すのだった。


「……私が、私に……」


「そうそう。なんでも、お前が考え得る限りのめんどくさい状況になりつつあるんだと。詳細は教えてくれなかったんだけど、とにかく止めて欲しいんだとよ」


「止めるって……何を?」


「俺が知るかよ。ただ、もう間に合わないかもだとか、その環境には耐えられないだとか言ってたぞ」


「考え得る限り……面倒で……耐えられない環境……。よくわからないけれど、得体の知れない不安が残るわね」


「少なくとも秋良関連だとは思うぞ。まあ、何度も言ったが詳細を教えてくれなかったからな。それもどうかはわからんが」


「わかったわ。とにかく、今から秋良のところへ行くわ」


「今からって……夜中だぞ?」


「私が私に警鐘を鳴らしているのよ? 時間なんて関係ないわよ」


「まあいいんだけどな。どうせ俺の家だし」


「ッ!! そ、そうだったわ。それは面倒ね……。とりあえず、あんたは今晩野宿しなさい」


 鏡花は一切悪びれる様子もなく言い放った。


「ふざけんなよお前! 夜中に呼び出したと思ったら野宿しろってのはどういうことだよ!」


「あんたが家にいたんじゃ話もうまくできないかもしれないでしょ? 面倒だから帰らないで」


「面倒なのは俺の方だっつーの!」


 その後、小太郎がどれほど文句を言おうとも鏡花は聞く耳を持たず、最終的に彼女が包丁を召喚することで小太郎はやむなく野宿を決めるのであった。


 ――その日の早朝、震えながらベンチで眠る小太郎のスマホに、鏡花からのメッセージが届くことになる。


『たぶん、もうどうしようもない。今日は学校を休んで。詳しくは、帰ればわかる』


 そのメッセージには、小さく彼女の絶望が記されていたのだった。









 

 


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