私から、私へ






 翌日の学校の昼休み、小太郎は自分の席に座り大あくびをしていた。


「ふぁああぁ……眠い」


 昨日と言うか今日は夜中の2時に呼び出されたうえに朝までメッセージ合戦だったしね。


「まあそれは必要事項だったから仕方がないとして……」


 小太郎は、ジト目で隣の席……つまりは、鏡花の席を見た。

 その席は、ガランとしていた。


「……なんで当時者であるこいつは休んでるんだよ」


 さあ。何か連絡は?


「それが全く。しかも、こっちからのメッセージも未読。まったく、何が3秒で返事しろだよ。お前の方はいいのかよ」


 そんな話をしていた矢先の出来事である。

 ガラリ――。

 教室のドアが開かれ、そこに立っていたのは鏡花だった。


「…………」


 鏡花は何も喋らず、俯いたまま、一直線に小太郎の席へと向かう。


「藤咲、お前だけ遅れてくるとかふざけんなよ。眠いのを耐え忍んだ俺の午前をどうしてくれる」


 実際は全然耐え忍んでないけどね。

 終始寝まくってたけどね。


「…………」


 小太郎の軽口に一切の反応を見せず、鏡花は、彼の前へと辿り着く。

 さすがの小太郎も、彼女の異様な様子に戸惑いを見せてきた。


「え、ええと……藤咲、さん?」


「……あんたがゲームオーバーになれば、一定の時間までリセットになってコンティニューされる……だったわね」


「え? あ、ああ、まぁ、そうだけど……」


「じゃあ……あんたが死ねば、とりあえずゲームオーバーよね」


「へ?」


 ドスリ――と、いつぞやのように小太郎に包丁が突き刺された。

 今度は腹部。深々と、確実に、小太郎の内部に刃物が沈み込む。


「え? ちょ、ちょっと……待っ……」


 小太郎は崩れるように床に倒れる。それに続き、異変に気付いた生徒たちが一斉に悲鳴をあげた。

 我先に逃げ出す騒乱の中で、鏡花はしゃがみ込み、静かに小太郎に話しかける。


「ごめんなさい。でも、この方法しか思い付かなくて……ごめんなさい」


「お、お前……謝って、済む……ことかよ……」


「いいから聞いて。あんたがコンティニューされたら……それがいつの時点になるのかはわからないけれど、その時は、必ず私に言いなさい」


「な、なに……を……」


「彼女への――秋良への協力は、絶対に断りなさいって。すぐに断りなさいって。じゃないと……じゃないと私は、山田と――……」


 そこまで聞いたところで、途端に鏡花の声は鈍くなる。ドップラー効果のように音調がうねり、間延びし、もはや聞き取ることはできない。


(あ、ダメだ……これ……)


 小太郎の意識は薄れる。

 そして程なくして、弱々しくなっていた鼓動さえも、静寂の中へと沈むのだった。


 【GAME OVER】



「――……私からの連絡は3秒以内に返事をしなさい。じゃないと刺すわよ」


「――――ッ!」


 小太郎が気付いたのは、前日の夜中、つまりは、鏡花とメッセージIDを交換し終えた時だった。


「じゃあ、私はこれで……」


「ま、待て藤咲!」


 立ち去ろうとする彼女の手を、小太郎は慌てて掴んで制止する。


「――――」


「聞け、藤咲。俺は明日の学校でゲームオーバーになって帰ってきた俺だ。お前に刺されて、たぶん死んで、今ここにコンティニューされたんだよ」


「…………」


「藤咲?」


「……わかったわ。話を聞くから、まずは手を放しなさい」


「あ、ああ……すまん……」


 小太郎が手の力を抜くなり、鏡花は慌てて手を引き離す。


「……それで? どうして私から刺されたの?」


「い、いや……それが俺にもさっぱりわからん。明日の昼頃にお前が遅れて登校してきて、かと思えばいきなりドスっと刺されたんだよ」


「そう……。何か私を怒らせたの?」


「朝までメッセージは続けてたけど、特にこれといって……」


「朝までメッセージ……」


 鏡花は深く考え込んだ。

 そして……。


「……気持ち悪い」


「なぜ今暴言?」


「なんでもないわ。それより、他に何かなかった?」


「ああそれなら、お前から伝言を預かってるよ」


「私から? 私にってこと?」


「そうそう。ええと、秋良への協力は断われってさ。すぐに断れって。じゃないと……」


「じゃないと?」


「さぁ。そっからは意識がなくなって聞こえなかったんだよ。とにかく、お前からの伝言はそれだ」


「秋良への、協力を……。それだけじゃ何とも言えないわね」


「どうする? なんなら無視するか?」


「まさか。人目をはばからず、昼間の教室であんたを刺してまで私が私に伝えようとしたことよ? 必ず何か意味があるはずだわ。惜しむらくは、あんたが私の話を最後まで聞いていなかったことね。まったく、何をしてたんだか……」


「お前に刺されてたんだよ!」


 小太郎、落ち着いて。

 それよりこれからのことだよ。


「そ、そうだな……。とりあえずお前に変わったことと言えば、朝学校に来なかったこと。それと、俺からのメッセージに対して、通学時間くらいから既読にすらならなかったことだな」


「それなら、私の身に何かあるとしたら、明日の早朝ということね。それならやることは一つよ。明日の朝、きっと私には、何かが起きる。まずはそれを知るのが先決ね」


「ん? そんなまどろっこしいことしなくても、秋良への協力を断れば早いんじゃないか?」


「バカね。何もわからないまま断るよりも、何が起きるのか知ったうえで断った方が確実だし、何より今後の警戒に繋がるじゃないの」


「な、なるほどぉ」


 うーん、さすが鏡花ブレイン。

 攻略に必須だね。


「とにかく、朝を待つわよ。話はそれから」


「あ、ああ。わかった」


 ふと、鏡花は小太郎をじぃーーっと注視する。


「な、なんだよ」


「……リセット前、あんたは私と、朝までメッセージをやりとりしたのよね?」


「まぁ、そうだけど……」


「…………」


 鏡花は何かを悩んでいた。

 そしてやはり……。


「……とても、気持ち悪いわね」


「をい。テメェおい。またそれかよ。いくらなんでも理不尽過ぎるだろうに」


「でも、この世界線の私にはメッセージ送らないのは不公平だと思うの。というより、私に対する侮辱に等しいわね」


「へ?」


「帰ったらメッセージを送りなさい。じゃないと、刺すわよ」


「えええ……」


 結局小太郎は、朝までメッセージのやり取りに付き合わされるのであった。


 






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