ダブルスパイとスマホの星
「面倒なことになったわ」
その日の夜中、鏡花は小太郎を近くの公園まで呼びつけた。
「……いや、夜中過ぎるだろ。お前何時だと思ってるんだよ。2時だぞ2時。そもそもなんで俺の携帯番号知ってるんだよ」
「夕方のうちに担任に教えてもらったの」
「個人情報とは……」
「ただの言葉よ。それより本題よ。私、秋良から正体をバラされたわ」
「は!? なんで!?」
「さぁ、なんでかしら。そんなの私の方が知りたいくらいよ……」
鏡花は凄まじく疲れた顔をしていた。
「何か並々ならぬ出来事があったみたいだな」
「そんなところよ。いずれにしても、私、秋良の協力者になったわ。今後あんたの行動を秋良に話すことになるから、そのつもりで」
「そのつもりでって……俺にどうしろと」
「どうもしなくていいわよ。あんたは普通にしてなさい。私も根掘り葉掘り報告するつもりもないわ。それに、これは好機よ。私が協力者として鏡花に接すれば、その行動をある程度誘導することもできるはずよ」
「なるほど。つまりは、ダブルスパイになるってことか。まさかその単語を使う日が来ることになろうとはな」
「おそらく秋良は何してもほとんど気付かないわ。あの子のポンコツぶりは本物なわけだし。……ただ、そうもいかない人物がいる」
まぁ、エリスのことだろうね。
「あー、確かに。エリスは秋良と違ってガチ有能っぽいからな」
「そうよ。今の私達は、秋良攻略に対して申し分ないくらいに都合のいい立ち位置になりつつある。ただ、エリスの目という危険が常にあることも否定できない。もしも私と山田がこうして通じてることが露呈すれば、おそらく、私も山田も無事には済まないでしょうね」
ぶっちゃけ、すぐにゲームオーバーにはなりそうではあるよね。
「それで夜中に呼び出したわけか」
「ええ。さっき気配を探ったけれどエリスに気付かれた様子もないし、大丈夫でしょ」
「さらりと言ってるけど、お前、気配とか探れるんだな……」
「悪い?」
「お前は悪くはないが、この世界が悪い。包丁エクスカリバーといい気配察知といい、お前は存在する世界を間違えてるよ。なんでお前だけバトルゲームキャラなんだよ。もったいねえよ。100メートルを10秒で走れる奴がゲートボール始めるくらいもったいねえよ」
「意味が分からないことを言わないで。それより、これからの作戦会議だけど、直接会って話すことは控えた方がいいわね」
「エリスにバレたら更に面倒だからな」
「そうよ。だから今後は、スマホのメッセージでやり取りしようと思うの。だから……」
「わかったよ。IDを交換だろ?」
深夜2時、小太郎と鏡花はスマホを寄せ合う。
生憎ながら、空には雲がかかっているようで月明かりが陰っていた。街灯の他に灯りはなく、二つの画面の光は、まるで夜空の星の代わりのように煌々と輝きを放つ。
甲高い機械音が響くと、二つの光は再び距離を取るのだった。
「……できた、みたいね」
「あ、ああ。俺、家族以外の誰かと連絡先を交換するのって初めてかも」
「友館くんの時はどうしたのよ。……って、そうだったわね。それは最初から入っていたのよね」
「そうそう。なんだろうな、ちょっと感慨深いな」
「連絡先一つで何言ってんのよ」
「俺はお前と違ってそんな機会がなかったんだよ。引きこもり舐めんな」
ふと、鏡花は表情を暗くする。
「……別に引きこもっていなくても、そんな機会があるとも限らないわよ。結局人って自分から動かないと孤独なわけだし」
「でも、お前の場合は自分から動くのが嫌だったんだろ?」
「それはまぁ、そうだけど……」
「一人でいることを選択したのなら、それは孤独じゃなくて孤高なんだろ。俺は全く逆だ。選択の余地もなく……いや、違うな。選択することからも逃げた、ただの負け犬なんだろうな、きっと。そのくせに人を僻んで、妬んで、塞ぎ込んで。根っからのダメ人間なんだよ、俺は」
「自虐の割に清々しい程の言い切り具合ね」
「開き直ってるんだよ。もっとも、この世界はそれすらも許さないんだけどな。同じように引きこもってたら、たちまちゲームオーバーの無限ループなわけだし」
「そう……。山田にとっては、この世界は社会復帰のためのリハビリってところなのね」
「こんなのリハビリじゃなくてスパルタだろ。こんなに優しくないリハビリとか聞いたことねえよ」
「そんだけあんたが重症ってことなんでしょ。でも、私はあんたで良かったって思うわよ。普通なら、私に詰め寄るのはコミュ力全開の天才キャラなんでしょ? 考えただけでもゾッとするわ」
「いや、ゾッとするも何も、お前は結局その主人公に攻略されるわけだけども」
「そんなの私じゃないから。今の私こそ、真の私よ。この世界が恋愛ゲーム世界だとか関係ないわ」
この子マジですか。
ゲームキャラがゲーム自体にケンカ売っちゃってるよ。こんなの世紀末だよ。
「藤咲、チノブが引いてるからその辺にしとけ」
「あらそう。とにかく、これからはメッセージでやり取りするから。私からの連絡は3秒以内に返事をしなさい。じゃないと刺すわよ」
「んなこと出来るか! 24時間常にスマホ見続けないと無理だろうがよ!」
鏡花は、クスクス笑いながら帰っていった。
そして小太郎が家に帰ると、狙いすましたかのようにスマホにメッセージが届く。
『こんばんわ。ちゃんと届いていますか?』
それはとても不器用で、不慣れで、初々しいメッセージだった。
「……なんで敬語なんだよ」
そう言いながらも、小太郎は嬉しそうであった。
結局この日、小太郎と鏡花は朝方までメッセージをやり取りすることになる。
作戦会議でも何でもない、極々当たり前で、面白味もない、いつもの雑談でしかない。
それでも小太郎にとって、そして、鏡花にとっても、こそばゆいものとなっていたのである。
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