山田家自宅という難攻不落の要塞
数時間後、小太郎は家へと帰って来た。
玄関の前に立ち、改めて、己の成すべきことを復唱する。
「エリスに手を出さない。秋良の正体に気付かないふりをする。これでいいんだよな?」
そうそう。
でもまあ、秋良も男装には自信ありげだったし、そこまで気を張らなくてもいいでしょ。
あくまでも自然に。あくまでもラフに。
OK?
「オッケーオッケー。余裕よ余裕。よくよく考えてみれば、別に俺が気を使わなくても向こうが勝手に隠してくれるわけだしな」
そして、小太郎は玄関戸を開ける。
その瞬間、彼の目に飛び込んできたのは、廊下に立つ女体だった。
エリスや鏡花よりもスリムであったが、そのスタイルの良さは抜群。赤みがかった黒髪はしっとりと濡れ、蒸気漂う白肌が独特の色気を出す。その体はバスタオル一枚で隠されている。だがそれが余計に、彼女の艶を演出するようにも見えた。
「…………へ?」
「あ、ああ……ああ……!」
秋良である。
男装ではなく、完全な風呂上りの状態で、下着すら着用していない秋良である。
「あ、あの――」
小太郎が声をかけようとした、その時である。
「い、いやぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
秋良の絶叫が、山田家に響き渡る。
それは秋良の純情な心に、途轍もないトラウマを植え付けてしまったのだった。
【GAME OVER】
そして場面は、玄関前へと戻る。
「…………ッ!!」
小太郎、顔、赤いよ。
「そりゃそうなるだろうよ! っていうか秋良だよ! あいつ何してんだよ!」
シャワー浴びてたんだろうね。
小太郎がいなかったわけだし。
「そうじゃなくて! 玄関に鍵もしないでタオル一枚でうろつくとか何してんだよ! 警戒心ってもんがないのかよ!」
いちおう超々々お金持ちのお嬢様だしね。
浴室も小太郎の家くらい広そうだし、油断したんじゃないのかなぁ。
「油断ってレベルかよ! だいたい服なら脱衣所で着とけよ!」
と、とりあえず入るタイミングをずらした方がいいね。
小太郎は玄関前から耳を澄ます。
バタン、と。脱衣所のドアの開閉音が聞こえた。
「今、あいつは廊下にいるんだよな?」
さっきの感じからすると、そうなるだろうね。
もう少し待つ?
「そりゃな。ばったり遭遇したら即ゲームオーバーっぽいし」
1分、2分、3分と、小太郎は玄関外で待機する。物音は聞こえない。驚くほど静かだった。
「……さすがにもういいだろ」
小太郎は、おそるおそる玄関を開けた。
――女体である。再び秋良の女体が、小太郎の視界に飛び込んで来た。
しかも今回はタオルすらなく、実に堂々と、腰に手を当て、牛乳をごくごくと飲んでいた。
そして小太郎と秋良は、目が合うのだった。
「え、えええ……?」
「い、いやぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
秋良の絶叫が、山田家に響き渡る。
それは秋良の純情な心に、途轍もないトラウマを植え付けてしまったのだった。
【GAME OVER】
「なんで裸のまま玄関で牛乳飲んでんだよ!! フリーダムにも程があるだろ!!」
まあ、風呂上がりの牛乳は鉄板だからね。
「そうじゃなくて! なんで服よりも先に牛乳なんだよ! 服を着ろよ! せめて下着を履けよ!」
時間的にはあれだね。
風呂から上がって、体をふいて、台所に牛乳を取りに行って、そして玄関前で飲んでいたってところかな。
「そのまま台所で飲めよ! わざわざ玄関まで移動して素っ裸で飲むとかただのバカじゃねえか!」
やはりお嬢様だからか、警戒心が欠如してるみたいだね。
「あいつに欠如してんのは常識だろうがよ!」
小太郎、落ち着いて。
次はもっと時間を置けばいいんだよ。というより、こうして話してる感じ、既にさっきよりも時間経ってるからもういいでしょ。
「いやまだだ。牛乳飲むのに時間がかかるという可能性を考慮して、あと5分ほど待つ」
考慮し過ぎじゃないの?
「そのくらいでちょうどいいんだよ。とにかく、待つぞ」
そして小太郎は、更に10分待つのだった。
……そろそろいいんじゃないの?
「うっし! じゃあ行くぞ!」
小太郎は自信満々に玄関を開ける。
「あ?」
「え?」
玄関前の廊下で、秋良は、パンツを履こうとしていた。無論、裸のままで。
「…………」
「い、いやぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
秋良の絶叫が、山田家に響き渡る。
それは秋良の純情な心に、途轍もないトラウマを植え付けてしまったのだった。
【GAME OVER】
「だからなんで玄関なんだよ!!」
いや凄いよ秋良。ここまで来ると、どこか執念めいたものを感じるよね。
「裸のまま玄関で活動するってどんな執念だよ! ただの醜態じゃねえか!」
すると小太郎は家の裏側へと向かう。
どこ行くつもり?
「勝手口! 玄関がダメなら裏から行くんだよ!」
いやでも、鍵あいてる?
「うっ……」
ピタリと、小太郎の足が止まる。
「く、くそぉ! 一人暮らしのおかげで家の施錠は完璧だったぜ!」
皮肉にも防犯意識の高さが裏目に出たね。
「しかしなんてこった。自宅に帰ることがこんなに困難になるとは思わなかった。全然中に入れねぇ。まるで難攻不落の要塞じゃねえか」
と、ここで小太郎は何か思い付いたように掌を叩いた。
「……どうやら俺は難しく考えすぎてたようだ。ここまでやって家に入れないのなら、むしろ入らなきゃいいんだよ」
どっかで時間潰すってこと?
「そうそう。さすがに数時間も裸のまま玄関で過ごすことはないだろうしな。夜にでも帰れば大丈夫だろ。これこそアレだな。開けてダメなら退いてみろってやつだな」
ツッコまないよ。ツッコまないからね。
でも、そうそう上手くいくかなぁ。
ここまでの流れ的には、かなり難易度高いミッションだよ、帰宅って。
「帰宅の難易度が高いってどんだけ理不尽なんだよ。でもさすがに大丈夫だろ。時間潰すだけだし、いけるいける」
そして小太郎は街へと向かう。
その後、山田小太郎という人物の姿を見た者は、誰もいなかったのである。
【GAME OVER】
「ちくしょぉ!! 退路すらねぇ!!」
開けてダメでも退いたら終わりみたいだね。
「仕方ねぇ! こうなったら奥の手を使う!」
ずいぶんと勇ましく宣言した小太郎は、ごく普通に玄関前に立っていた。
で? 奥の手って?
「普通に帰ってきたことを叫ぶ」
シンプルだねぇ。
「でも、これなら確実で効果的だ。じゃあ行くぞ」
小太郎は、大きく息を吸い込んだ。
「……ただいまぁぁ! 俺、山田小太郎は帰ってきたぞ! 今から玄関を開けて中に入るから! 俺、家に入るからなぁ!」
力の限りの小太郎の大声である。
いやいや、クソほど不自然だよね。
なんでこれで即ゲームオーバーにならないのか不思議でならないよ。
すると直後、秋良の声が響いた。
「え、えぇ!? 小太郎、帰ってきたのかい!? ちょ、ちょっと待って!」
一切怪しまず、普通に慌てふためく秋良である。
タタタン――タタタタッ――。
廊下を駆け回る音が聞こえる。脱いだ服を回収してるのだろうか。そして足音がそのまま階段の方に移動する。その直後である。
「う、うわっ!」
ガタガタバタン――ゴンッ。
転げ落ちる音と共に、家の中は静寂に包まれた。
「……おい。この音ってまさか」
いちおう確認してみようよ。
小太郎はゆっくりと、静かに玄関を開く。
秋良は、階段下で目を回して気絶していた。
やはり素っ裸のままで。
「おいおいおい、サスペンス劇場でよく見る倒れ方してるよ。天然の死体役だよ。なぁチノブ。まさかこれ、死んでる?」
死んでたらさすがにゲームオーバーだろうし、そうならないなら大丈夫だとは思う。
慌てて階段を上がろうとして、滑って転げ落ちたんだろうね。
「で、気絶しちゃったと……」
図らずとも、意識がないからこそ体を見られたということにも気付かない、だからゲームオーバーにならないというミラクルが起きたんだね。
それにしても小太郎、美少女の裸をマジマジと見ちゃって大丈夫なの?
欲情して襲わないでよ。色々台無しだから。
「んなことしねぇよ。どんだけ美少女でも、ドラマの惨殺死体みたいな倒れ方してるんじゃトキめかねぇよ。俺の純情はそこまで安くねぇ」
それは良かったよ。
それより小太郎、キミも薄々気付いてると思うんだけど……。
「ああ。間違いないだろ。三鷹秋良、こいつは……ポンコツだな」
超々々お金持ちで超々々お嬢様である三鷹秋良。
彼女は、いわゆるポンコツなのであった。
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