お嬢様の謀略はバレている





 小太郎が出掛けた直後の山田家では、秋良とエリスが外の様子を探りながら密談をしていた。


「上手くいきましたね、エリス」


 秋良は窓の外を眺めながら優しく微笑む。


「はい。しかしまさか、山田小太郎から同居を提案して来るとは思いませんでした。いずれそうするつもりではありましたが……」


「ふふふ。予定通りと言うべきか、予定外と言うべきか……。相変わらず面白いですね、小太郎は」


「しかし解せません。もしや、こちらの意図に気付いているのでは?」


「まさか。私の変装も、エリスの態度も完璧です。見破られているなどありえませんよ。それにしても、エリスに婚約者だなんて。あなたのお父様が聞けば、大層驚かれることでしょうね」


「いえ、父のことです。おそらくすぐに任務の一環だと理解することでしょう」


「あら、それは残念ですね。ところで、あなたの方はどうですか? 同級生の婚約者が出来た気分は」


「私も同じです。婚約はあくまで任務のため。それ以上でもそれ以下でもありません。それに……」


「それに?」


「彼はタイプではありません。ですから私個人が彼に何かを想うなど、断じてあり得ません」


「あらあら、酷い婚約者ですこと。……まあ、そうさせた私が言えることではありませんが」


 するとエリスは、気になることを聞くこととした。


「……お嬢様、やはり、視えませんか?」


「ええ。相変わらず」


「そうですか……。調べてみましたが、両親が他界し天涯孤独であること以外、山田小太郎には特に何もありませんでした。それなのに……」

 

「それなのに、私の未来視眼ヴィジョン・アイがまるで機能しなくなった。本当に不思議ですね」


「お嬢様は、やはり山田小太郎に何かあると?」


「未来視眼が機能しなくなったのは、ちょうど彼がエリスの甲冑を見破った時から。確かに偶然の線もありますが、それにしても突然過ぎますし、彼に原因があると考える方が自然でしょうね」


「この件、やはり御父上にご報告すべきでは?」


「それには及びません。トライホーク財閥の力は、もはや世界一と言っても過言ではありません。今更私の力がなくなったとしても、揺らぐことはないでしょう。おそらく父も、私と同じように考えるはず。ならば殊更に余計な心配をかける必要もないでしょう。……それに、エリス、私は今、とてもワクワクしているんです」


「ワクワク、ですか?」


「ええ。私はこの能力で、様々なことがわかっていました。問題が起きるのであればそれに備え、チャンスが生まれれば必ず掴む。皆は私を『神の子』と称えました。順調で、確実で、安定的で……そして、とても虚しい。もちろん私の力でお父様達の手助けをできたことは嬉しかったです。しかし、ふと思ってしまうんです。私の人生は、なんてつまらないんだろうと。まるで結末を知っている映画を延々と見せられるような毎日。欠伸しか出ませんでしたよ」


「お嬢様……」


「そんな中、現れたんです! 山田小太郎! 彼ですよ彼! 彼と出会ってから、私の未来は無数の色に光るようになったんです! これからどうなるのか、これから何が起こるのか、まるで見当もつきません! これですよ、これ! これこそが、私が望んで止まなかったものなんです! こんな楽しい毎日を与えてくれた彼が、小太郎が、すっげえ愛おしいんです! 愛おしくて愛おしくて……愛おしくて愛おしくて仕方ありません! どんな手を使ってでも、私は、彼が欲しいんです!」


「…………」


 秋良の頬は紅潮し、その吐息は熱を帯びる。

 愉悦で昂るその表情に、エリスは、少しだけ悪寒を感じていた。


「……それであれば、何もこのような手間のかかる手を使わずともよろしかったでしょう。身分を明かし、お嬢様本人が篭絡すれば簡単だったのでは?」


「わかっていませんね、エリスは。ようやく見つけた運命の殿方ですよ? それなのにこれまで通りのやり方をするなんて、それこそ無粋というものです。つまんねぇんですよ、それじゃ」


「はぁ……」


「とにかく、まずは婚約者である貴方相手に何をするのか見てみましょう。そして、しかと見極めるとしましょう。彼が本当に、私の伴侶となりえる存在なのかを。頼みますね、エリス」


「仰せのままに……」




 ◆




 ……ってことがあってるみたい、今まさに。


「お前さぁ……。そこまで言っちゃうかね、普通」


 公園のベンチに座る小太郎は、ただただうなだれていた。

 

「そりゃあお前、うなだれもするだろうに。どうするんだよ、このやるせなさは」


 今更文句を言わない。

 いっそのこと全部聞かせろって言ったのは小太郎でしょ?


「いや確かに言ったけど、まさかここまで聞かされるとは思わなかったんだよ。っていうかなんだよ、未来視眼ヴィジョン・アイって。ついに特殊能力持った奴が出やがったよ」


 特殊能力なら鏡花も持ってたでしょ。

 異空間からいきなり包丁取り出すあれ。包丁エクスカリバー。


「あれはまだ具体的な能力とかじゃなかっただろ。それがなんだよ、未来視眼って。ゴリゴリの異能的なやつじゃねえか。このゲームはいったいどこに向かってるんだよ。未来見通す前にこのゲームの方向性を見通せよ」


 製作者がそういうキャラを入れたかったんじゃないの?


「しかも、これたぶん途中から思いついて急遽ねじ込んだやつだろ。よくあるんだよな、そういうの。そうやって思いつきでどんどん設定足しまくって収集付かなくなるやつ。ユーザーはそんな異能望んでねえんだよ。恋愛ゲームなんだから素直に恋愛だけさせとけばいいんだよ」


 地の文である僕と普通に会話する主人公も望んでないと思うんだけど。

 そもそも、その異能自体機能しなくなってるからないのと同じでしょ。


「それが違うんだなぁ。問題は、異能ってコンテンツを出したことなんだよ。これからどんどん色々な設定が足されていきかねんぞ。俺も超チート能力に目覚めて恋愛ゲームが超絶バトルアクションゲームになりかねんな。最終的に主人公である俺が邪神とか魔王とかと戦いかねんな。まったくけしからん。けしからんが、そうなったら仕方ない。受け入れるから早くそうなれ」


 小太郎、願望が漏れてるよ。めちゃくちゃ漏れてるよ。まだ俺tueeeeが出来る世界を諦めていないんだね。


「諦められるかよ。だから何としてもこのゲームをクリアして、さっさとそっちの世界に再転生させて貰わねばならん」


 僕としてもそうして貰いたいよ。

 とりあえず小太郎、秋良もせっかく楽しんでるんだからさ、余計なこと言わないでよ?


「わかってるよ。今あいつの正体を指摘したら、それこそストーリーが更にめちゃくちゃになるからだろ?」

 

 そうそう。そこまで破綻すると、たぶんゲームオーバーになるだろうしね。

 とりあえず小太郎がこれからの生活で気をつけないといけないことは二つ。

 一つは、エリスに手を出さないこと。

 そしてもう一つが、秋良の正体について、秋良本人が話すまで気付かないフリをすること。

 って言っても、エリスの場合はもう大丈夫でしょ。何しろ婚約ってのがただの任務なのがわかってるんだし。


「人の心ってのはそんなに単純じゃねえんだよ。そんなんで急に冷めるくらいなら苦労はないから」


 難儀なもんだね、人ってのは。


「だからお前はどの立ち位置だっつーの」






 


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