ネタバレという圧倒的ギルティ





「――では、私達は2階の部屋を借りるぞ」


「あ、ああ……うん……」


 翌日、エリス達は本当に荷物を小太郎の家に送り込んでいた。

 お嬢様だから凄まじい量の荷物があると思いきやそんなことはなく、慎ましく、ひっそりと、同棲生活は始まるのであった。


「な、なあエリス。俺が言うのもなんだけど、本当に住むつもりなのか?」


「今更何を言ってるんだ。当然じゃないか」


「いやいや、年頃の高校生が同じ家で同棲生活するなんて当然じゃないから。むしろ不自然だから」


「なるほど、小太郎の言いたいことはわかる。だが大丈夫だ。私達は婚約の立場にある。どのみちいずれは結婚するのだから、予行演習のようなものと思えばいい。それに、秋良もいるからな。家事で迷惑をかけることはないはずだ」 


「小太郎の家が思ったより広くて助かりましたよ。最悪廊下で生活しようと思っていましたので」


「そんな鬼畜な真似させられるかよ。いやでも、うん、秋良もついて来てくれて良かったよ。いや、ホントに……」


 すると秋良は意味深に微笑む。


「その割には少し残念そうに見えますけど?」


「そりゃ残念に決まってるだろうが。思春期の男子高校生を舐めんな」


「ははは。そういう素直なところは、小太郎の良いところだと思いますよ」


「とにかく、俺はちょっと買い出しに行ってるからさ。狭い家だけどゆっくりしててくれよ」


「わかった。これからよろしく頼む」


「夕食は何か適当に作らせてもらいますね、小太郎」


 二人は荷物整理のため、それぞれの部屋へと入っていった。


「…………」


 それを見届けた小太郎は、一人静かに外へと出る。

 そして事前に打ち合わせていたとおり、近くの公園へと移動する。


「……来たわね、山田」


 待ち構えていたのは他でもない、鏡花であった。


「それにしても妙なことになったわね。まさかエリスが、こうもあっさりと実家を捨てるなんて……」


 捨てたというより、普通に移住しただけみたいになってるけどね。


「とりあえずは秋良も一緒に住むわけだし、二人きりになるわけじゃなさそうだけど。それでも、ちょっとこれはマズイわ」


 天国と地獄が同時に出現したってところだろうね。


「……ちょっと山田。さっきから黙ってるけどどうしたのよ」


「なあ藤咲、ちょっと頼みがあるんだけど……」


「なによ」


「お前も一緒に住んでくれ」


「あんたバカでしょ。知っていたけれど、やっぱりあんたってバカでしょ」


「いやだって無理だって! 無理無理! さすがにこれは無理だよ! いくら秋良がいるとは言え、あいつはエリスの超身内じゃん! 俺だけアウェーなんだよ! 俺の家なのに、俺だけアウェーなんだよあの家は!」


「落ち着きなさい山田」


「これが落ち着いていられるか! わかってんのかよ! これから24時間365日あのエリスが家にいるってのに、エリスに手を出した瞬間にゲームオーバーなんだぞ!」


「手を出さなければいいだけでしょ?」


「簡単に言うな! 俺を誰だと思ってるんだよ! 健全な男子高校生なんだよ! 妄想と性欲だって人並みにあるんだよ! もう既に悶々としてんだよ俺は!」


「驚くほど素直な主張に驚くばかりね。あんたの気持ちは察するところがあるけれど、それと私があんたの家に住むことがどう繋がるのよ」


「お前がいてくれれば気が紛れるんだよ! だから一緒にいてくれよ藤咲! 俺にはお前が必要なんだよ!」


「妙なこと言うのはやめなさい。刺すわよ」


 小太郎小太郎。

 これ以上は更にめんどくさいことになりそうだから、ちょっとブレーキ踏もうか。

 はい、大きく深呼吸して。深呼吸だよ、小太郎。


「……うん、ちょっとは落ち着いた。もう大丈夫。すまんチノブ」


 いえいえ。

 それよりこれからのことだよ。小太郎にとってはツライところだけど、エリスに何か手を出したら即ゲームオーバーだろうからね。

 慣れるまでは耐え忍ぶしかないんじゃないかな。


「マジかよ……」


「チノブは何て言ってるの?」


「慣れるまでは耐えろってさ。まあ確かに、それしかないんだけどさ……。それにしても世に出回る同居系ハーレムラブコメ主人公って鉄人過ぎるだろ。あいつらこれよりも多人数の美人美少女と同居してるんだよな。どんなメンタルしてんだよ。聖人にも程があるだろ」


「…………」


 鏡花は、珍しくばつが悪そうにしていた。

 ……ほら小太郎。鏡花がばつが悪そうにしてるんだって。


「藤咲が? どうしたんだよ、藤咲」


「……ごめんなさい。私のせいよね」


「何がよ」


「エリスのことよ。まさかこうもあっさり了承されるとは思ってもみなかったから。悪ふざけが過ぎたわ」


「悪ふざけだったのかよ……」


「この埋め合わせ、私なりに考えてみるわ。だから山田、ごめんなさい。しばらくは我慢して。お願い」


 鏡花の表情は暗かった。

 自分を責めているのだろう。いつもの強気な姿勢は消え去り、ひたすらに謝罪を繰り返していた。


「……まあ、そこまで気負うなよ。そもそも、お前にはいつも助けられてばかりだからな。俺一人だと何も思いつかなかったし、今回だってそうだろ。色々と考えてくれてる藤咲を責めるつもりは微塵もないからさ。むしろ感謝しかしてないよ。いつもありがとうな、藤咲」


「…………」


 鏡花は小さく頷くと、そのまま何も言わずに帰宅したのだった。

 ……お礼、ちゃんと言えたじゃないか。

 偉いよ小太郎。


「うるせー。それよりも家だよ。つい何日か前まで俺の牙城だったのに、こうもあっさりと崩れてしまうとは……」


 とにかく耐えの一手だね。

 僕には頑張れとしか言いようがないよ。


「でもお前と話ができるだけなんぼかマシだな。俺だけだとたぶんゲームオーバーになり続けて先に進まねえ」


 嬉しいこと言ってくれるじゃない。

 それに小太郎、ものは考えようだよ。確かに手は出せないけれど、美少女に囲まれた生活であることに変わりはないんだしさ。ポジティブにいこうよポジティブに。


「いやポジティブも何も、別に美人に囲まれた生活ってわけじゃねえだろ」


 何を言ってんの。エリスの美人さは当然ながら、秋良だって相当な美人でしょうに。

 小太郎は鏡花とかエリスと接し過ぎて麻痺してるんだよ、それ。贅沢な麻痺なんだよ。

 

「さっきから何言ってんだよ。秋良が美人って、だってあいつは……え?」


 え? あ、ごめん。今のなし。


「お前……だって今……え? え? マジなの? なあ、マジなのか?」


 ごめんごめん。マジでごめん。聞かなかったことにして。マジで。


「お、おお、お前……ネタバレ! お前それ、ネタバレだろ! 完全にネタバレだろそれ! 本当はもっと後で発覚する的なやつだよな!」


 しかし小太郎は風の音が邪魔で何も聞こえていなかったのである。


「であるじゃねえよ! 無理やりなかったことにしてんじゃねえ! お前どうするんだよ! お前がネタバレするなんてありえねえだろバカ地の文!」


 うるさいよ!

 そもそも地の文が見えてる主人公の方がありえないんだよ! どんだけ僕がやりにくいかわかってる!? どんだけ大変かわかってるの!?

 

「あー! あー! それ逆ギレ! 完全に逆ギレじゃねえかよ! ふざけんなよお前! ネタバレは圧倒的ギルティなんだぞバカ野郎!」


 もういいよ! そんなに言うなら更にネタバレしてやるよ! どうせ僕はバカだから全部暴露してやるよ!

 実は秋良はエリスを上回る超々々金持ちの超々々お嬢様で小太郎が見てないところじゃ秋良とエリスの主従関係は逆転してて、エリスを小太郎に接近させたのはエリスじゃなくて自分の婿候補として素質を確かめるためで――!


「おまっ! おいやめろ! 何してんだマジでやめろ! ヤケクソネタバレやめろよ! おい製作者! 早くこいつをクビにしろよ! もうストーリーめちゃくちゃじゃねえか!」


 こうして重大な秘密であったはずの秋良の正体は、あっさりと小太郎にバレたのだった。

 ……いやホント、ごめん秋良。






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