人はそれを恋と呼んだり呼ばなかったり




 前回のあらすじ。

 小太郎が惚れました。攻略対象外キャラに。

 ガチ恋です。はい。


「待て待て待て。まだだから。完全には惚れてないから。ギリセーフだから」


 そういうセリフは、その真っ赤な顔を平常に戻して言うんだね。

 ……あ、そろそろ鏡花が話を振って来るよ。

 どうする?


「藤咲には悪いが、今はそれどころじゃねえよ」


 その直後である。


「――それより、山田から話があるそうよ」


「すまん藤咲。この回は捨てる。俺はちょっと、自分を省みる必要があるようだ」


「え!? ちょ、ちょっと山田!」


「すぐにコンティニューするから、また後で!」


 呆気にとられる3人を放置し、小太郎は屋上を後にする。

 そのまま誰もいない校舎裏に移動するなり、思いっきり叫び声をあげた。


「ゲームをリセットするなら、この心もリセットしてくれよ!」


 はいはい落ち着いて。

 あの笑顔を見せたエリスはもういないからさ。さっき屋上にいたのは、エリスだけど違うエリスだから。


「わかってるよ! わかってるけど……クソ! なんだよこれ! 顔熱ッ! どうなってんだよ俺は!」


 それが恋ってやつなんじゃないかね。

 小太郎もすっごい単純……って言いたいところだけど、気持ちはわかる。

 なんてったって、相手は顔面とスタイル最強のエリスだしね。しかもこれまでは脳筋の卑怯な騎士としか認識していなかったわけだし。それがいきなりあんな無邪気な笑顔を見せて来たんなら、そりゃ思春期真っただ中の男子高校生なんてイチコロだよね。

 

「他人事みたいに言ってる場合かよ! どうするんだよこれ!」


 どうするもこうするも、そればっかりは小太郎が何とか割り切るしかないんじゃないかな。

 ただ一つ言えることは、小太郎とエリスが結ばれることは100%あり得ないってことだよ。残念だけどね。


「い、いやでも、ワンチャンあるんじゃねえの? ほら、たまにあるだろ? それまで攻略できなかったキャラのフラグが立って、隠しルート的に攻略できるようになるやつ」


 絶対ないとは言い切れないけど、正直可能性は相当薄いと思うよ?

 このゲーム、大手メーカーが作ったやつとかじゃなくて、趣味枠で作られたものなわけだし。そんな複雑な裏ルートがあると思う?


「う、ううう……」


 まあ悪いことは言わないから、その恋心はとっとと捨てることだよ。

 傷付くのは小太郎だけなわけだし。


「そんなポンポン捨てられるわけねえだろ。人の心ってはファッションじゃねえんだよ。見えない生身なんだよ。よく覚えておけバカ野郎が」


 はいはい、どうせ僕はバカですよ。

 それよりもどうするの?


「なにが?」


 鏡花の作戦だよ。

 家を捨てさせるってやつ。


「…………」


 なぁに黙りこくっちゃってるの。

 まさかエリスが可哀想だなんて思ってる?


「……悪いかよ」


 悪いに決まってるでしょ。

 っていうかマジで色々変わりすぎでしょ。どんだけガチ恋してんのキミは。そんなんで恋愛ゲームクリアできるわけ?


「恋愛ゲームでガチ恋したらダメってどういうことだっつーの」


 相手を選べってことだよ。

 もういっそのこと鏡花でもいいじゃん。なんでよりにもよって攻略対象外のエリスなんだよ。


「恋は交通事故って言葉があるだろ。相手を冷静に選ぶ恋なんて恋とは認めねえ」


 拗らせ過ぎでしょ。

 もしかして小太郎、初恋なの?


「…………」


 あー……マジかぁ。そうなんだね。あー、それは確かにキツいよね。

 しかしここに来ての初恋とか、予想外過ぎて笑うことすら出来ないよ。

 

「これまでろくに女子と接したことないから仕方ないんだよ!」


 小太郎の場合、女子だけじゃなくてそもそも人と接してないでしょ。

 とりあえず小太郎、冷静に考えてみようよ。


「なにを?」


 まず、小太郎の状況だよ。

 小太郎は今、この世界に転生していて、ゲームクリアをしないといけない。余計なこと、ゲームの主軸から外れた行動を取ると即ゲームオーバーになって、延々とタイムリープする。

 そして、ゲームクリアするためには作中のヒロイン指定されているキャラとゴールインしないといけない。

 ……ここまではわかってるよね?


「と、当然だ」


 次は小太郎の家庭環境。

 天街孤独。親族も超疎遠で、一軒家は持っているけど収入もなく、親の遺産で食いつなぐ生活。

 これといった特技もなく、今後の就職についても展望は暗い。


「いやでも、俺って天才なんだろ? 最初に言ってたじゃねえか」


 それはこのゲームの主人公がそうってだけで、小太郎は小太郎のままキャラに転生しているだけだから、仮に天才キャラという設定があったとしても、結局それはただの小太郎でしかないんだよ。


「もう訳が分からん説明になってるな。ひたすら羅列された俺がゲシュタルト崩壊を起こしてやがる」


 次は、エリスだね。

 彼女は主要人物ではあるけれど、ヒロインではない模様。ゴールインしてもゲームオーバーにしかならず、追いかけるだけ無駄のキャラ。


「身も蓋もねえ」


 しかし超絶美人で、実家は有名なリリーホワイトグループであり、その一人娘という超絶勝ち組。

 何の間違いか気の迷いか、小太郎と婚約なんて発表したものの、どう考えても人生終わりかけの小太郎とじゃ不釣り合いにも程がある。

 ……OK?


「もう言うな……みなまで、言うな……」


 結局のところ、進むと地獄しかないんだよ、その道はさ。


「…………」


 戻ろうよ、小太郎。

 キミが本来進むべき道にさ。

 前世で万年引きこもりで他人との繋がりの一切を拒否していたキミが、他人と接して、初恋まで経験したんだ。これは凄いことだよ。

 でもね、小太郎。初恋は、成就する人の方が少ないんだよ。

 誰もがその道を通って、誰もが涙を流して、思い出に変えて、そして、また次の出会いを探すんだ。

 それは恋だけじゃない。全部がそうなのかもしれないけれど。

 曲がりながらも、途中で止まりながらも、そうやって歩いた道のりが、その人の生きた証になる。

 それが人生ってやつなんだよ、きっと。

 

「うん……うん……。チノブが言いたいことは、なんとなくわかる」


 じゃあまずは、例の作戦を決行するんだよ?

 せっかく鏡花が考えたんだ。それを無駄にするのは鏡花が可哀想だよ。

 わかったかい?


「うん。わかってる……」


 よし、じゃあとりあえず一度リセットしようか。

 いつものよろしく、小太郎。


「わかった。……ホンッットに! クッッッソゲーだなぁ! このゲームはよぉ!!」


 それは過去一の、心の底からの叫びであった。


 【GAME OVER】



 そして、舞台は屋上へと戻る。


「――それより、山田から話があるそうよ」


「小太郎から?」


「ええ。……山田、頼むわね」


「ああ。任せとけ」


 複雑な表情でありながらも、小太郎は前へと出る。胸の奥にある想いを無理やり抑えつけた彼は、眉をひそめ、エリスに告げた。


「エリス……お前との婚約、喜んで受けさせてもらうよ」


「本当か!?」


「聞けエリス。その代わりだ。その代わり……俺のために、実家を捨ててくれ」


「え?」


 小太郎の声は、とてつもなく重かった。

 その重量に、鏡花はゴクリと息を呑む。


「山田、凄いわね。迫真の演技じゃないの」


 迫真ではあるけれど、たぶん演技じゃないんだなぁこれが。


「……まぁ、無理だよな。わかってるよ。酷い条件出して悪かっ――」


「もちろんいいぞ!」


「そうそう。そうやって了承するわけが……へ?」


「私が家を出ればいいんだな? さっそく手配しよう。各種手続きで時間もかかるだろうが……秋良、いけるか?」


「はい。明日には大丈夫かと」


「さすがだな。では明日、荷物を小太郎の家へと送る。小太郎にも手伝って欲しい」


「え? あ、ああ、うん……」


「では、今日のところはこれで失礼させてもらう。また明日な、小太郎」


 そして、エリスと秋良は颯爽と屋上を出ていくのだった。


「……おい鏡花。これ、ちょっとどういうことだ?」


「私の聞き間違いじゃなければ……たぶん、同棲開始ってことじゃないの?」


「なるほど。…………え? マジで?」


 小太郎とエリスの同棲が、決まったのであった。







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