事実とは、忘れた頃にやって来る
少しして、小太郎がようやく立ち直ったのを見計らい、鏡花は改めて話を本題に戻すのであった。
「……それで? 結局何が目的なの?」
「キミもいい加減にしつこいものだ、鏡花」
「勝手に名前で呼ばないで。許可した覚えはないわ」
「これはすまなかった。では、ミス藤咲と呼ばせてもらう」
「わかったわ。名前で呼ぶのを許可してあげる」
「そりゃ学校でミス藤咲なんて呼ばれたらたまらんしな。俺なら早退するわ」
呼び方の問答が意味をなさないことを瞬時に判断したあたり、さすがは鏡花だよね。
「では、先ほどの質問の答えなのだが……ふむ、私は何度も言っているはずだが? 小太郎と婚約することが目的だと」
「もうわかったわ。100歩譲ってあげる。でもそれが目的なら、もう用は済んだんでしょ? さっさと学校を転校しなさい」
「了解した。さっそく私と秋良と小太郎の転校手続きを進めよう」
「おい! 俺をセットにするな!」
「山田はダメよ。連れて行くなんて認めないわ」
意外な鏡花の言葉に、小太郎はちょっとだけドギマギする。
「してねえよ。どうせ藤咲のことだ。そんな淡い妄想なんて秒でへし折ってくるに決まってる」
いやいや、でもこれはちょっといい反応じゃないの。
小太郎だって嬉しいくせに。
「嬉しいに決まってるだろ。期待してないだけだ」
そういうところは素直なんだね。
エリスはニヤリとほくそ笑む。
「……もしや鏡花、キミは、小太郎のことを――」
「山田がいなくなったら困るのよ。私、基本ボッチだし」
「…………」
まさかの言葉に、エリスは固まる。
「せっかく学校とか放課後の暇つぶしが見つかったのに、それを取り上げるなんて許さないわ。また私がボッチに戻るじゃないの」
あーもう、メインヒロインがボッチ自認だとか無茶苦茶だよ。
小太郎、何か言ってやってよ。
「藤咲さ、俺が言うのもなんだけど、いい加減俺以外の話し相手くらい探したら? そんなんすぐに見つかるだろ」
「嫌よ。めんどくさい。あんたとはたまたま話すようになったから都合よかったけど、私が自ら進んで話し相手を探すなんてプライドが許さないわ」
「そんなプライドなんて捨てちまえ。誇りじゃなくて埃の方だぞ、それ。ハウスダストだからな。さっさと掃除して純白ヒロインになりやがれ」
「ハハハハ!」
エリスは笑っていた。
「いやいや、鏡花、キミもなかなか面白いじゃないか。気に入ったよ。私は俄然、この学校が気に入った」
「なんでそうなるのよ……」
「いや、過半数お前のせいだろうに」
「エリス、ちょっと待ってて。山田を借りるわ」
「別にいいが、何かな?」
「ただの作戦会議よ」
そして鏡花は小太郎の裾を強く引っ張り、エリスから離れる。
「山田、あんた何とかしなさい」
「え? これって作戦会議? ただの丸投げじゃね? 嘘だろお前」
「あんた忘れたの? エリスとゴールインしたら、ゲームオーバーになるんでしょ?」
「あー……あーそっか。それじゃあ、このままあいつが学校に居座って婚約者気取りを続けたら……」
「終わりなきコンティニューの始まりになりかねないわ」
確かに、その危険はあると思うよ。
「でもさ、エリスの立ち位置がいまいち掴めないんだよな。この前屋敷での感じからするとヒロインじゃなさそうなんだけど、じゃあどうして主要人物なんだろ」
「通常そういうキャラって、大抵が攻略に関わる人物じゃない? ということは、案外他のヒロインと何か関わりがあるんじゃないの?」
さすがに鋭い鏡花である。
「ん? チノブ、そうなのか?」
ごめん、わかんない。
でも鏡花の言葉にピーンと来るものがあるから、強ち間違いじゃないかもって。
「ほーん。だったら、完全に縁を切るのは得策じゃないかもな」
「そうね。ヒロインと関係する可能性があるなら、繋がり自体は残すべきね」
「ってことは、俺がやるべきことって……」
「エリスとの縁談を切りつつ、かつ、完全に他人にならないようにするってところね」
口で言うのは簡単だけど、すこぶる難しそうだね。
要するに婚約は解消させるけど交流は続けるってことだし。
「うっわめんどくせ。なんだよそれ。どうやってやればいいんだよ」
「何言ってるのよ。凄く簡単じゃないの」
「え? マジで?」
「ええ。あんたが私にやったことをすればいいのよ。要するに、暴言吐くなり完無視するなりして嫌われればいいのよ。みんなの前で婚約宣言までしたのよ? あんたのことを軽蔑すればするほど、エリスの中にあんたという存在は残る。それなら、完全に縁が切れることにはならないわよ」
「な、なるほど……」
いやあ凄いね鏡花。
完全に攻略用ブレインキャラだね。
小太郎がアホでバカだから、マジで必須キャラだよ。
「必須キャラっていうか、いちおう藤咲も攻略対象なんだけどな。いちおう」
「ってことで、山田。一つズバッといきなさい」
「ズバッとって、何を?」
「そうね……色々方法はあるけれど、シンプルにエリスに家を捨てさせたりとかは?」
「どゆこと?」
「だから、エリスに家名を捨てさせるのよ。交際も婚約もいい。ただし、リリーホワイト家という家を捨てろってね」
「うん? それって要するに嫁がせるってことじゃないか? まずくね?」
「あんたバカね。エリスの家はただの家じゃなくて、超が付く勝ち組家庭でしょ? エリスも小さな頃からその環境にいたわけだし、それがいきなり勝ち組生活捨てて一般家庭に入れなんて言われたら多少なりとも抵抗があるに決まってるじゃない。しかも相手は、この山田よ? 私なら秒と持たずに婚約破棄ね」
「お前はいちいち俺を貶さないといけない呪いにでもかかってるのか?」
でもいい案だと思うよ。
何せ相手はこの小太郎だし。
「とにかく、まずはそれね。そこで抵抗を見せるのなら、こっちが圧倒的優位に立てるわ。何せ自分から婚約を言い出したのに、嫁ぐのは嫌だって話だし」
「よ、よーし……いっちょズバッといきますか!」
作戦会議終了。
小太郎と鏡花は、肩で風を切りながら改めてエリスと秋良の前へと立つ。
「終わったのか?」
「ええ。ちょうど今ね。それより、山田から話があるそうよ」
「小太郎が?」
そしてずいっと前に出た小太郎は、わざとらしく「ククク……」と邪悪というよりも子悪党な笑みを浮かべていた。
「エリス、認めてやるよ。俺はお前の婚約話、受け入れてやる」
「なに!? 本当か!?」
「ああ本当だ。ただし――!」
「いいんだな!? ……やった!」
エリスの表情は瞬時に明るくなる。
そして小太郎の話を最後まで聞くことなく、笑顔を浮かべ、小さく飛び跳ねた。
「んんんッ――!!??」
小太郎の全身を天からの電撃が貫いた。
それはまさに、天使の笑顔であった。普段の凛々しさとは打って変わり、さも嬉しそうに、天真爛漫なエンジェルスマイル。後光の如き輝きを、その笑顔は放っていた。
そしてここで、予想外の出来事が起きる。
「う、うぐっ……! ぐああああ……!」
小太郎はよろめき、3歩ほど後退する。
そんな小芝居を超冷めた目で見る鏡花は、溜め息を吐き出していた。
「……何してんのよ、あんたは」
「や、やばい……。これはちょっと、想像していなかった……」
「何を?」
「か、か……かか、か……」
「か?」
「……可愛すぎるッ!!」
「…………は?」
「あの笑顔は反則だって! なんだよあの笑顔は! 脳筋ペテン騎士のくせにぃ!」
「…………」
小太郎は、その事実をすっかり忘れていた。
エリス・クローディア・リリーホワイトは、ただの脳筋ペテン騎士にあらず。
彼女は、超絶美人なのである。
「まさかとは思うけど……あんた、笑顔一つで好きになったなんて言わないわよね?」
「そ、それは何とか踏みとどまっているが……それでもあの笑顔はヤバい! なんだよあの無邪気な笑顔は! なんつー破壊力なんだよ! あんなん誰でも一瞬で惚れるに決まってるだろ! 一瞬で深層心理まで鷲掴みだよ! つーか、なんでこいつがヒロインじゃないんだよ! なんでこいつとのゴールインがゲームオーバーになるんだよ! 理不尽にも程があるだろ! クソぉぉぉ!!」
「…………」
全然まったくこれっぽっちも踏みとどまっていない小太郎なのであった。
【GAME OVER】
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