ハーレムらしさとは




「それで? どういうつもりなの?」


 放課後の屋上で、鏡花はエリスに問いただす。

 エリスはその質問に、平然と答えた。


「どうもこうも、そういうことだ。私は小太郎と婚約をした」


「それはいつよ」


「先日、君達が私の屋敷に来た時だ。経緯はどうあれ、あの時確かに私は小太郎に敗北した。敗北すれば結婚するという約束だったはずだ。だが、小太郎と私は日本の法律上まだ入籍できないだろ? だからこそ、婚約者という立場になるのは然るべきだと思うのだが」


「その前に、あれは勝ち負けの話ではなかったはずよ? あんたは山田に甲冑を脱げと言われ、あんたが戦意自体を喪失したから無効になったんでしょ? それを勝敗に区分けするのは無理があるわよ」


「私は小太郎によって戦意を喪失させられたんだ。十分に敗北に値するさ」


 彼女の様子を見ていた鏡花は、確信するように「ああそう」と呟く。


「あんたは、どうあっても山田と婚約したいのね。なんとなくわかったわ」


 鏡花の言葉に、エリスが僅かに動揺する。


「何が言いたい?」


「別に。ただ、あんたにはどうしても山田と婚約しないといけない理由がありそうって思っただけよ。あの結果は、どう考えても騎士として汚点となる出来事だったはず。普通なら遠ざかりたいはずの山田に敢えて接近して、しかも婚約を迫るなんて普通じゃない。だったら、そこに何か別の理由があると考える方が妥当でしょ?」


「……キミは、随分と嫉妬深いようだな」


「あらそう? あんたの方は随分と必死なようね」


「…………」


「…………」


 睨み合う両者。

 睨み合う超絶美人と超絶美人。

 そしてその渦中にいる小太郎はというと……。


「あのぉ、さっきから小太郎が隅で震えてるんですが……」


 秋良の声に、三人が彼を見る。

 小太郎はというと、屋上の隅で体を丸め、ひたすらに震えていた。


「……小太郎は何をしているんだ?」


「あんたのせいでしょ、あんたの」


 説明しよう。

 公衆の面前で超絶美人であり超絶家柄のエリスの婚約者だと紹介されてしまった小太郎。

 そして起きる、学校全土を巻き込む大騒動。

 噂は千里を秒で走り、その衝撃のニュースは、あっという間に紫桜館学園の全生徒が知るところとなった。

 しかしエリス・クローディア・リリーホワイトの婚約者たる小太郎と言えば、まったくパッとせずに地味で根暗でいてもいなくても変わらないようなモブ中のモブの超絶ダメ人間。どのくらいダメかっていうと、地の文であるこの僕にチノブなどというクソみたいな呼び名を付けたうえに、本来登場人物にとって絶対不可侵領域であるはずの地の文にいけしゃあしゃあと介入し、あまつさえ難癖やいちゃもんを付けまくるという極悪非道の最低最悪主人公なのである。

 少々感情が乗ってしまったが、要するに小太郎とエリスは極めて不釣り合いに見えて、とてもとてもお似合いのカップルとは言い難かったのである。

 更に婚約者宣言の前、小太郎は秋良に手を引かれて廊下を走り回っている。

 これがいけなかった。

 ただでさえ全男子生徒の羨望を一身に受けていたにも関わらず、そこに今度は超絶イケメンとされる秋良にまで手を繋がれていたことに、今度は女子までも反応することになった。

 結果として、悪い意味で学校全体に注目されることとなった小太郎。

 羨望は嫉妬に変わり、ついには行動を起こす生徒まで現れたのである。


「長々とした説明ありがとよ。もうヤダ……学校怖い……」


 小太郎はすっかり参っていた。


「小太郎、何があったんだ?」


 エリスの素っ頓狂な言葉に、鏡花は改めて天を仰ぐ。


「だから、あんたのせいなんだってば。あんたがいきなり婚約者宣言したせいで、山田、暇さえあれば色んな人から尋問を受けていたのよ」


 それを聞いた秋良はクスクスと笑う。


「尋問だなんて。そんな大げさな」


「秋良、お前は何もわかっちゃいねえ。男からの質問攻めが終わったと思ったら今度は女子からの質問攻めに遭い、気が付けば睨まれまくって、舌打ち、陰口、不幸の手紙……ありとあらゆる角度からとにかく嫌がらせのように絡まれるんだ。わかるか? 今の学校に安息の地はねえんだよ。シャングリラは崩壊したんだよ。199X年に起きるとされていた暴力が支配しがちな暗黒世界が、今の俺を取り囲んでいるんだよ」


 何言ってるのか全然わかんないけど、とにかく絶望しているのはわかった。


「意味不明だけど、あんたが絶望しているのは察したわ」


「秋良、暗黒世界が取り囲むとはどういうことなんだ?」


「お先真っ暗ってことですよ、お嬢様」


「おお、そういうことか。さすがだ小太郎。なかなかのボキャブラリーだな」


「お前らは呑気な会話してんじゃねえよ! お前らのせいだろお前らの! だいたいお前ら、学校どうしたんだよ! 特にエリス! お前超有名なお嬢様学校に通ってるんじゃなかったのかよ!」


「だから転校した」


「どっかの金髪戦闘民族みたいなこと言いやがって……!」


「僕は元々通信制の学校でしたので。ちなみに編入試験は僕もお嬢様も満点でした」


 エリスと秋良は二人そろってピースサインを見せびらかす。


「そのピースサインやめろ。こちとら全然ピースじゃねえんだよ。平和は遥か彼方に遠のいたんだよ」


「でも小太郎、ものは考えようですよ? なんてったって元々鏡花さんと仲が良いうえに、加えてエリスお嬢様とも婚約者になれたんですから。ハーレムですよ、ハーレム。それも超極上の。全男子の夢を叶えたんですよ」


「私を含めるのはやめてちょだい。刺すわよ」


「なんでだろうな。俺だってハーレムになったかもって一瞬思ったんだけど、次の瞬間には恐怖しか感じてないんだよな。こういうのって、普通もっとこう、周囲はソフトに嫉妬するわけじゃん。チラチラ睨んできたりとか、美少女とキャハハウフフする俺を見て溜め息ついたりとかさ。なんでみんな揃って物理的に特攻仕掛けてくるんだよ。なんで陰湿に不幸の手紙を投函するんだよ。そもそも藤咲は恋愛要素全否定派のすぐ亜空間から包丁を取り出すメンヘラ気質だし、エリスはアホバカ脳筋押しかけペテン騎士だし、秋良はムカつくくらいイケメンだし」


「山田、刺していい?」


「小太郎、殴っていいか?」


「二人共、抑えて抑えて」


「なんだよこのハーレムは。ハーレムならハーレムらしく、もっとちゃんとハーレムしてくれよ。こんなの知らない。こんな嫌なハーレム、俺知らないからな」


 小太郎は体操座りをしながら体を丸め、しくしくと涙を流す。その姿は酷く矮小であり、惨めであり、哀れでもある。

 とても恋愛ゲームの主人公とは思えない、恋愛ゲーム主人公の小太郎なのであった。







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