その謎を解き明かそうなど、なんとおこがましい





 休日明けの学校で、小太郎は朝から英司に絡まれていた。


「なあなあ小太郎ぉ。教えてくれよぉ。どうやったら藤咲と仲良くなれるんだよぉ」


「いきなり暴言吐いてナイフで刺されて開き直る」


「冗談で誤魔化すなよ。俺は真剣にだな」


「俺だって真剣に言ってるよ。嘘みたいだけど」


 ホント、嘘みたいだよね。


「俺も他の奴も、小太郎が普通に話してるから藤咲に話しかけてはみるんだけど睨まれるだけだし。っていうか、お前と藤咲ってどういう関係なんだよ」


「前に言っただろ?」


「あんな露骨な誤魔化しは信用しねえ。まさかとは思うが、お前ら、実は付き合ってたりとか――」


「――それはないわ」


 いつの間にか、英司の背後には鏡花が立っていた。


「ふ、藤咲……さん……」


「よっ。おはよう」


「おはよう。それより友館くん。面白い話をしているみたいね」


「え、ええと……」


「この際はっきり言っておくけど――」


 そう前置きした鏡花は、敢えて教室中に聞こえる声で宣言した。


「私と山田が付き合うなんてあり得ないから。行動を共にしているのは共通の目的があるからであって、そこに恋愛感情なんてものは皆無、一切が存在しないの。だから妙な勘繰りも妄想も、私達にとっては迷惑でしかないから。わかった?」


「は、はい……」


「…………」


「それと、私が接する人は私が決める。山田に聞く前に、自分の頭で考えて行動しなさい」


「は、はいぃ! 失礼しましたぁ!」


 英司は脱兎のごとく逃げ出すのだった。

 ざわつく教室を気にするはずもなく、唯我独尊の超絶美少女は、さらりと髪をかき上げながら席へと座る。


「まったく。……ところで山田、あんたはなんで頭を抱えているの?」


「いや、お前に悪気がないのはわかってる。わかってるけど、人の心って、そう単純じゃないっていうか、割り切れないものがあるというか……」


 こうも思いっきり可能性を否定されると、恋愛ゲーム主人公としては死刑宣告に近いよね。


「しかも、昨日はなんか良さげな雰囲気になってたのにこれって。俺、女心ってのが全然わかんないんだけど……」


 それは全人類永遠の謎であり永遠のテーマだよ。

 その謎を小太郎一人で解き明かそうとすること自体おこがましいんだよ、きっと。


「よくわからないけど、それよりも気になることがあるわ。さっき職員室で聞いたんだけど、この学校に転校生が来るらしいわ」


「転校生? こんな春先から?」


「妙でしょ? しかも2人らしいんだけど、明らかに不自然だし、これってもしかしたら……」


「ヒロイン候補、かもしれない?」


 鏡花は頷いた。


「ははーん、これはアレだな。たぶんその転校生はこのクラスに編入されてだな、しかも俺の知り合いってオチなんだよ。なんでお前がこんなところに!? みたいなノリでさ」


「いくらなんでもそんなはずないでしょ? どんだけご都合主義なのよ」


「いやいや、それこそ恋愛ものの鉄板じゃん。むしろ登竜門じゃん。あとは誰が編入してくるかってところだけど、昔離れ離れになった幼馴染説が一番濃厚だな」


「でも山田、その幼馴染が来たとして、あんたはそれが誰なのかわかってるの?」


 小太郎はハッとする。


「そっか……。俺、幼馴染がいたとしても、それが誰なのか知らねえよ……」


「転生者の思わぬ弊害ってところね」


 小太郎の場合、自分の生い立ちについて一切の事前知識がないからね。


「だいたい前から思ってたんだけどさ、こういう転生って、普通は転生した段階で自動的にこれまでの人生の記憶とかその世界の一般常識みたいなものが頭の中に流れてくるもんじゃねえの? なんでそれがないんだよ。なんで純度100%で俺のままなんだよ」


「そもそも普通は転生なんてしないわよ。あんたってバカね」


「…………」


 ぐうの音も出ない程のド正論に、小太郎は黙り込む他なかったのである。


「おい、聞いたか?」


「ああ、転校生のことだろ?」


 教室内は、にわかに騒がしくなってきた。


「どうやら転校生ってのが来たみたいね」


「見てろよ藤咲。絶対にこのクラスになるからさ。見てろよ」


 教室内の喧騒は、更に膨れ上がる。


「二人同時の編入らしいわ! 一人は超美人で、もう一人は超イケメンだとか!」


「一瞬見たけど、ホントにカッコよかった! マジ惚れる! ヤバい!」


「美人の方もヤバいくらい美人だったぞ! ホント……ヤバいくらいに!」


 クラスの語彙力が直滑降する中、クラスメイトの一人が駆け込んで来た。


「おい! クラスがわかったぞ! 美人の方は2年A組で、イケメンは1年E組らしいぞ!」


 ちなみに以前も言ったが、小太郎達のクラスは、1年B組である。


「…………あれ?」


「ちょっと様子を見に行こうぜ!」


「イケメン! イケメン見たいイケメン!」


 そして、いつの間にかクラスには小太郎と鏡花だけになってしまった。


「…………」


「山田、クラス違うじゃないの」


「あ、あれぇ? こういう時って、普通はそうなんだけどさ……」


「その普通ってどこ基準なのよ。さっきから当てにならないんだけど」


「いや、でもだって……あれぇ?」


 小太郎。このゲームで、未だかつて小太郎の予想通りにことが進んだことがあった?


「き、記憶にございません……」


 つまり、そういうことだよ。


「なるほど! これがいわゆるズラシと呼ばれるものなのか! 製作者め、味のマネを……!」


「ズレてんのはあんたの頭でしょ。ホントにバカなんだから……」


 あの鏡花ですらも頭を抱えてしまう始末である。

 ともあれ、突然の転校生というだけで主要人物である可能性はいずれにしても高い。仮にヒロインではなくても、ストーリーを進めるうえで重要なファクターと成り得るのである。

 小太郎は「めんどくさい」と渋る鏡花をやや強引に連れ出し、まずは同級生たる1年E組の転校生の下へと向かう。

 敢えて言おう。今の小太郎にゲーム攻略なんて考えは存在していない。

 単に転校生が気になるという超小市民的野次馬根性しかないのである。


「うるせー。藤咲には言うなよ」


 言おうとしても伝わらない哀しみ。

 そのことが今日ほど口惜しく思ったことはない。


 それから、小太郎と鏡花は転校生のクラスへと辿り着いた。

 その教室の前には凄まじい人集りが。女子は顔を赤くしてキラキラとした視線を飛ばしまくり、逆に男子は「ああ、これがホントのイケメンか……」と言わんばかりに絶望に伏していた。

 小太郎と鏡花は集団の後方から覗き見る。

 そして、見えた。

 凄まじい程の美形の顔。やや赤みがかった黒髪に、大きな目。体こそ細いが手足は長く、背筋が伸びた立ち姿はモデルのようである。


「……って、あれ?」


「ちょっと、あれって……」


 小太郎と鏡花がその人物を認識するのとほぼ同時に、その者もまた、小太郎達を見つけるのである。


「――やぁ小太郎! 先日ぶり!」


「秋良!? 秋良じゃねえか!」


 転校生である三鷹秋良と小太郎がお互いを呼ぶなり、大量の生徒は一斉に小太郎を注視する。

 無論、悪意を込めて。


「あれ、誰?」


「三鷹くんと知り合いなの?」


「なんであんな奴が名前で呼び合ってるの?」


 あっという間に針の筵となる小太郎だったが、秋良は一切気にせずに、彼の方へと駆け寄ってきた。


「僕から呼びに行こうと思ってたところなんだけど、ちょうど良かった。ついて来て」


「え? あ、おい!」


 話もそこそこに、秋良は小太郎の手を取り、廊下へと駆け出す。


「ちょっと! 山田をどうするつもり!?」


 それを鏡花も追いかける。

 ざわつく学校。湧き上がる悲鳴。

 訳が分からないまま引きずられる小太郎と、引きずる秋良、それを追いかける鏡花という謎の図式。

 やがて3人はそのクラスへとたどり着く。

 2年A組。

 もう一人の転校生のクラスである。

 やはりと言うべきか、このクラスでも同様に……いや、秋良をも上回る程の人集りが出来ていた。


「まぁここまで来てアレだけど、お前がいるってことは、もう一人の転校生ってやっぱり……」


「うん、もちろん。――お嬢様! エリスお嬢様! 小太郎を連れてきました!」


 秋良の声に、教室から返事が飛ぶ。


「ありがとう。皆、すまないが、道を開けてくれないか?」


 涼やかな彼女の声と同時に、さながら海を割るモーゼの如く、人集りは綺麗に左右に分かれ、小太郎と彼女を繫ぐ橋となる。


「やっぱりお前か……エリス・クローディア・リリーホワイト……」


「久しぶりだな、山田小太郎」


 甲冑姿のエリスは、優しく微笑んでいた。


「っておい。ここは学校だぞ。なんでサイボーグ甲冑なんだよ。おい」


「あれこそお嬢様の正装ですので、あしからず」


「正装の前に制服を着ろよアホ主従め」


 するとエリスは立ち上がり、人集りの中を悠然と歩き、小太郎へと近付いてきた。

 そして目の前に立つと、先日とは全く違い、とても優しく愛おしそうに声をかける。


「この際だ。私も小太郎と呼ばせてもらいたいのだが……構わないか?」


「別にいいけど……なに。なんなのいったい。怖いんだけど」


「ふふっ、それはだな……」


 エリスの頬は少しだけ桃色に染まっていた。

 そして彼女は、小太郎や鏡花、集まった全生徒へ向けて、高らかに、そして誇らしく言い放つ。


「皆に紹介しよう! 彼は山田小太郎! この私――エリス・クローディア・リリーホワイトの、婚約者フィアンセだ!」

 





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