とある御令嬢の家庭事情





「ぬぁんでゲームオーバーなんだよぉぉ!!」


「――――ッ!?」


 小太郎の絶叫と共にゲームは再開される。


「き、貴様どうしたのだ? 気でも――」


「狂ってねえよ! 狂ってないが意味わかんねぇんだよ! あとお前はさっさとチート甲冑を脱げ!」


「え゛っ!? な、ななな、なんのこと――」


「もういいんだよそのくだりは! さっきしたんだよ! おいチノブ! チノブ!」


 はいはい、聞こえてるよ。


「どういうことなんだよ! 勝ったらゲームクリアじゃなかったのか!?」


 僕に聞かれてもねぇ。

 あ、小太郎ほら。鏡花が何か言いたげに近付いて来てるよ。

 

「山田、状況が掴めない。説明して」


「あ、ああ。実はな――」


 そして小太郎は、ことの経緯を鏡花に説明する。


「……なるほど。つまり決闘に勝って結婚しても、ゲームオーバーになるわけね」


「もちろん負けてもゲームオーバーなんだけどさ。はっきり言って訳がわからん。どうしろと」


「…………」


 話を聞いていた鏡花は考えていた。

 勝ってもゲームオーバー。

 負けてもゲームオーバー。

 それなら、このイベントの意味はどこにあるのかと。なぜ小太郎がここでエリスと対峙することになったのかと。


「……知り合うこと、じゃないかしら」


「どゆこと?」


「このイベントの意味よ。勝ち負けじゃなくて、ここで山田がエリスと知り合うことに意味があるのかもしれない。だから、たぶんまともに攻略しようとしてもできないのよ」


「じゃあ今日の決闘は?」


「没収試合ってところね。どのみち相手には不正があったわけだし、こんなの無効でいいでしょ」


 まあ、妥当なところなんじゃないの?


「そうだな。……ってことで、今日の決闘はキャンセルするからな」


 エリスはギョッとする。


「え!? で、でも……!」


「俺は別にいいんだけど? その代わり、やるからにはお前のそのチート甲冑、脱いでもらうからな。生身のお前がどの程度の実力かは知らないが、そうなったらお前もただでは済むまい」


「――――ッ!」


「悪いけど、やるからには俺も徹底的に抵抗してやるからな。こちとらお前に何十回もぶん殴られて失神させられてるんだよ。今更お前を殴ることに一切の躊躇も後ろめたさもない。お前が女だろうが関係ねえ。最初からフルスイングで顔面を狙わせてもらう」


「とても恋愛ゲームの主人公とは思えない発言ね」


 この遠慮のなさ。これぞ小太郎だよ。

 失うものが何もないって強みだよね。


「むしろ失い過ぎて開き直るしかないんだよ」


「え、ええと……その……」


 ヤル気満々の小太郎を前に、エリスは助けを求めるように秋良を見た。

 そして秋良は、諦めるように息を吐き出す。


「……お嬢様。さすがに分が悪いようです。今日のところは帰ってもらいましょう」


「そ、そうだな。今日のところは、そうしよう……」


 エリスは、安堵するように同意するのだった。

 それから秋良は小太郎たちを正門前へと送る。


「皆様、今日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。それと、お嬢様の甲冑の件ですが……」


「わかってるよ。他言無用ってことだろ?」


「そんな話が広まったら、たちまち騒動になるから仕方ないわね」


「重ね重ね、申し訳ありません」


 そして小太郎と鏡花は歩き出した。


「とんだ無駄足だったわね。明日から、また別のヒロインを探さないと」


「お前どんだけヤル気なんだよ。もうお前が主人公でいいよ。一片の悔いもなく譲ってやるよ」


「あんたってバカね。こういうのは、対岸の火事だから面白いのよ。当事者なんて御免だわ」


 ここで小太郎は思い立つ。


「藤咲、悪いんだけど先に帰ってて」


「何よ。忘れ物?」


「似たようなもんだよ」


 鏡花はそれ以上何も言わず、帰って行った。

 彼女の背中が見えなくなったところで小太郎は振り返り、リリーホワイト家へと戻る。

 すると正門には、なぜだかまだ秋良が立っていたのである。


「何してんだよ」


「なんとなく、山田様が戻って来る気がしまして。それで、どうかされましたか?」


「いやさ、あんた、あいつの執事なんだろ? だったらあんなインチキ、やめさせた方がいいと思うんだけど」


「それについては……その、色々と家の事情がございまして……」


「強い男じゃないとダメってか? 言っとくけど、あんなパワードスーツに勝てる奴なんてゴリラぐらいしか残っていないからな。男どころかオスとしか結婚できねえよ」


「そう、ですね……」


 やや歯切れの悪く、秋良は言葉を返す。

 どうするか迷った秋良だったが、小太郎に尋ねてみることにした。


「山田様。お嬢様とは、またお会いになるつもりですか?」


「さあな。機会があれば会うかもしれないけど。あ、でも決闘はしないからな」


「それはもちろん。ですが、お嬢様はかのリリーホワイトグループのご令嬢にございます。もしかしたら、お嬢様の与り知らぬところで邪魔が入ることもあるかと。そうなれば、山田様にもご迷惑がかかるかもしれませんね」


「それって要するに、会いに来るなって言ってるのか?」


「さあ、それについては山田様の受け方次第ですので」


「ふーん」


 小太郎は少しだけ考えた。

 そしていつものように、考えることを放棄する。


「難しいことはわからん。もしもエリスが来るなって言うならもう来ないよ。ただ、それを関係ない奴から止められるのは納得できない。むしろ対抗心から、あの手この手で会いに来ると思う。うん、たぶん」


「ですがそれは、リリーホワイトグループに盾突くことになりかねませんよ? ご両親にもご迷惑がかかる可能性も……」


「生憎だけど、俺、両親はいないみたいなんだよ。いわゆる天涯孤独ってやつ」


「そ、そうだったのですね。これは失礼なことを……」


「いやいいんだよ。それについてはいまいち実感がないっていうか、別に気にしてないから」


 そりゃ小太郎的にはそういう設定って割り切ってるからね。

 ゲーム世界とは言え、人としての心を失い過ぎてはいないかね。


「だったらもう少し現実的な環境設定にしろよ。穴だらけのテンプレ家庭環境じゃ感情移入できねえんだよ」


「あの……誰と話を?」


「単なる独り言。まあなんだ。これも何かの縁だし、何かあるなら相談に来いよ」


 思いもよらぬ言葉に、秋良は口をあんぐりと開ける。


「僕が、あなたにですか?」


「そうそう。今回のチート甲冑といい、執事って立場じゃ対処が難しかったり言い出しにくいところがあるだろ? そういう時は、外部の俺が出張ってやるよ。何せ俺には失うものがないからな。泥船に乗るつもりで来いよ」


「泥船って……大船じゃないんですね」


「そりゃ俺じゃ泥船がいいところだし、そこは諦めろ。でも泥船なら、沈む時は一緒だろ?」


「…………」


 まあ小太郎の場合、何か致命的なミスがあってもどうせゲームオーバーでやり直しだしね。そういうところでは強いよね、小太郎の立ち位置って。

 

「そのやり直しがエグイ時しかないんだけどな。ところで、執事さんは年いくつ?」


「え? 16ですけど……」


「良かった、同い年か。タメ口勝手に使ってたからさ。年上だったら土下座してたよ」


「い、いえ……そんな……」


「とにかく、またな、秋良」


 突然呼び捨てにされて、一瞬秋良の脳の処理速度が落ちた。


「え、あ、はい。山田様も、また……」


「同い年だろ? 俺のことも小太郎でいいよ」


「え? わ、わかりました。じゃあ……小太郎、また」


 そして小太郎は、ようやく帰宅できたのであった。 


 ――ここからは、語り部としての僕の仕事。

 あるところに、うら若き令嬢がいた。

 家は曽祖父の代から財を成し、今や世界にその名が響き渡る程の大財閥である。

 本社は海外にあり、経営陣には一族が名を連ね、大小様々な企業を傘下にしている。

 現総帥には、一人娘がいた。

 総帥は娘を溺愛しており、それ故に、彼女の行く末を危惧しているのである。ネームバリューの重さから、おそらく彼女には、これから様々な困難が待ち受けているであろう。それならば、彼女の伴侶となるべき男は、心身ともに強くなければならないと心に決めていたのである。


「――お嬢様、あのまま帰して良かったのですか?」


「問題ありませんよ。あの二人は口が硬そうですし、悪いようにはならないでしょう。それにしても、山田小太郎、でしたか? 面白い方ですね。まさかリリーホワイト家の執事に向けて、悩みがあるなら俺に言え、だなんて。ふふふ……」


「恐れ多いことで。しかしわかりません。なぜ彼は、甲冑の秘密に気付いたのでしょうか」


「さぁ、私にもさっぱり。それも含めて、実に面白い方ですね、小太郎は。ですから、少し思いついたことがあります――」


 総帥は考えた。そして、決めたのである。

 故に娘を忍ばせる。

 日本にいる、親族の家名を名乗らせて。

 故に娘を忍ばせる。

 娘自ら、伴侶となる異性を見つけるようにと。

 故に娘を忍ばせる。

 傘下の一つである、リリーホワイトグループの両親と長女の庇護のもとに。


「――……わかりました。望むままに手配致しましょう、


「頼みますね、


 彼女の名前は、三鷹秋良。

 世界に轟くトライホーク財閥、その現総帥の、一人娘である。

 





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