ペテン師の騎士、略して、ペテン騎士
「――ごちゃごちゃと戯言を……参るぞ!」
「ちょっと待て!!」
小太郎が慌てて制止すると、エリスは踏み込もうとした足を止める。
「……なんだ?」
「いや……ちょっと……」
小太郎は眉間を手で押さえる。
「なあチノブ、これ、無理じゃね?」
早い。早いから。
まだ一回しかゲームオーバーになってないから。
「いやだって、いきなり目の前に瞬間移動してきたんだけど。なんなのあれ。あいつ魔法でも使えるのか? 使えても今更驚かねえけど」
さすがに魔法は存在してないから、たぶん単なるフィジカルだね。
「あーそうか。無理無理。やっぱ無理だな、あれは」
小太郎の様子を見ていた鏡花は、色々と事情を察する。
「なるほどね。戦ったはいいけれど、見事に瞬殺されて戻って来たのね」
「そうそう。始まると同時に目の前が暗転してコンティニューだよ。しかし再開ポイントがここって、もうちょっと前でもよかったんじゃないか?」
それはゲームシステム次第だから。
一度ここを出てみる?
「もちろん。っていうか、勝てる勝てないの話じゃないから、アレ」
そして小太郎は引き返し、ドアを開けようとする。
が、ドアはびくともしなかった。
「ねえ執事さん。ここ開けてくれない?」
「残念ながら、それはできません。このドアは特注でして、決闘が終わらないと開かないようになってるんですよ」
「なんて無駄な科学力と資金力なの。リリーホワイト家、おそるべしね」
「他人事みたいに言ってるけど、お前も出られないってことだからな。一蓮托生だからな。じゃあ俺の負けでいいよ。それなら問題ないだろ?」
こうして小太郎は敗れ去り、二度と太陽を拝むことはなかったのだった。
【GAME OVER】
「ごちゃごちゃと戯言を――!」
「どういうゲームオーバーだよ!」
「――――ッ!?」
突然叫んだ小太郎に、エリスは虚を突かれる。
そして再び鏡花は察する。
「……あ。ゲームオーバーになったみたいね」
「さすがにおかしいだろ! なんで負けたら太陽を拝めないんだよ! 監禁でもされるのか!?」
表舞台に立つことはなかった、とかいう意味の隠語的な表現じゃないの?
「俺は全然裏でもいいんだけどな! おい執事! いちおう聞いておくが、俺が負けたらどうなるんだ!? もちろん帰れるんだよな!?」
「え、ええ。それはもちろん。ですよね? お嬢様?」
「…………」
エリスは何も答えない。
ただ足元を蹴り、不貞腐れたように立っていた。
「あの、お嬢様?」
「……やだ」
「はい?」
「退屈で死にそう。だから私が勝ったら、そいつを家で飼う」
「そうですか。それであれば仕方ありませんね。山田様、そういうことですので、あしからず」
「あしかるに決まってるだろ! 人権侵害も甚だしいだろうがよ!」
「飼うのが山田だけなら、私に異存はないわ」
「少しは異存しろよ!」
ってことで、小太郎はエリスに勝たないとこの施設から出られないみたいだね。
「またデスゲームかよ! もうこのゲームを恋愛ゲームとか絶対呼ばねえ!」
その後ある程度ギャーギャー騒いだ小太郎だったが、諦めてエリスの前に立つのであった。
「もういい! こっちの肚はくくったよ! こうなりゃ10回でも20回でもゲームオーバーになろうじゃねえか!」
「何を言っているのかわからないが……その意気やよし!」
そして始まる、終わりなき小太郎とエリスの対決。
対決と言っても、それは一方的なものだった。
開幕と同時にエリスは尋常ではない速度で突進を仕掛け、小太郎を思い切りぶん殴る。殴られた小太郎は一瞬で意識が飛び、ゲームオーバー。
無論小太郎とて毎回同じようには負けるわけではない。ある時は客席からスタートさせ、またある時はエリスに背を向けさせるなど、あの手この手で何とか対応策を練る。しかしそのいずれでも、その圧倒的過ぎるフィジカルにより文字通り瞬殺され続ける小太郎なのであった。
ゲームオーバーとコンティニューをひたすら繰り返すこと、32回目の決闘。
消えゆく意識の刹那、小太郎は、確かにその光を見たのだった。
【GAME OVER】
「ごちゃごちゃと戯言を……参るぞ!」
「ちょっと待ったぁ!」
小太郎の声が武道館に響き渡った。
「なんだ? 始めないのか?」
「ふ、ふふふ、ふふふふふふ……」
小太郎は不気味に笑う。顔を手で覆い、口元を歪ませ、ふらふらと、ふらふらと体を揺らしながら笑っていた。
彼の異様な様子に、エリスだけではなく鏡花も秋良も悪寒を走らせていた。
「ふふふ……エリス……。ああそうか、そういうことだったのか。おかしいと思ってたんだよ。確かに俺は弱いが、それにしてもお前が強すぎるって思ってたんだよな」
「ど、どうしたんだ貴様。気でも触れたか?」
恐怖に慄くエリスに、小太郎は告げる。
「エリス。勝負の前に、その甲冑……脱いでもらおうか」
「え、えええっ!?」
エリスに動揺が走る。
そして鏡花は、やはり察した。
「山田、ゲームオーバーを繰り返して何かに気付いたのね?」
「ああ、気付いたよ。あいつの強さの秘密……それは、その甲冑にある!」
「――――ッ!!」
「…………ッ」
エリスはビクリと体を震わせ、秋良は顔を逸らす。
「な、何を言っているんだ! これはただの甲冑であり、むしろ、重さというか動きにくさで私に不利になってるくらいで……」
「だったら脱いでも問題ないだろ? それでもいいからさっさと脱げよ。どうせ俺に不利になるだけなんだろ? おぉん?」
「う、うぅぅ……」
「ほらほらどうした。さっさと脱げよ」
「いや……こ、これは、その……」
後退るエリスに、小太郎の頭はプッチンする。
「いいからさっさと脱げって言ってるんだよ! このペテン騎士がァ!!」
「ひ、ひぃぃッ!」
その怒号は窓をも揺らす。
彼の威圧にエリスはすっかり委縮し、その場にへたり込んでしまった。
「……山田、どういうこと?」
「俺も驚いたが、あいつの甲冑だよ。あれ、スタートと同時に、体の至る所からジェットみたいなのが出るみたいなんだよ」
「ジェット?」
「ああ。まず最初に突っ込んでくる時、あいつの背中や足の後ろ側が光ってたんだ。そんで殴る時も、その腕の一部がな。それで爆発的な速度を生み出して、対戦相手が認識する前に瞬殺してたんだろ」
「それってつまり、甲冑型のパワードスーツみたいなものを着てたってこと?」
「そういうこと。ホント、正々堂々だなんてよく言えたもんだよ。そんな超高性能なパワードスーツ着込んでタイマンしてたんなら、そりゃ不敗神話も出来上がるわな。騎士の家系が聞いて呆れるよ。正々堂々もクソもない、とんだド腐れ騎士じゃねえか」
小太郎の指摘通りである。
彼女が着ていた甲冑……それこそ、リリーホワイト家の叡智の結晶。
特殊合金で作られ、鋼のように固く布のように軽い。そして甲冑の至る所には推進装置が設置され、体のあらゆる動きを瞬時にサポートし、ただの人をスーパーマンへと変えてしまう驚異の技術が詰まっていた。
「チノブ、お前まさか、知ってたんじゃないだろうな?」
いやいや、今ピーンと来たんだ。
これはいくらなんでも汚過ぎるし、さすがに知ってたら教えてたよ。
「執事さんよ、もちろんあんたも知ってたんだよな?」
「…………」
「今黙るってことは、それは肯定ってことでいいよな。お前何してんだよ。こういうの、本来はお前が真っ先に止めないといけないんじゃないのか? それともお前は執事じゃなくて、ただの召使いかよ」
「――――」
そして小太郎は、腰を抜かすエリスに歩み寄る。
「じゃあエリスさん。まずは甲冑を脱ごうか。それとも、まだそれを着てやろうってのか? いいよ別に。ただその時は、お前のこれまでのことを全部外に言いふらしてやるからな」
「そ、そんなことしたら……!」
「ああ大変だろうなぁ。連日大盛況で、長蛇の列を作ることもあったらしいな。そんな大量の挑戦者を、汚くも密かに着込んだパワードスーツで蹴散らしただけってわかったら、そりゃもう暴動ものだろうよ。そっからお前がどんな目に遭うのか……簡単に想像できるだろ?」
「ひ、ひぃぃぃ!」
「で? どうする? やるの? やらないの? さっさと決めろよペテン騎士ッ!!」
小太郎の凄味に、もはやエリスの戦意など消え去っていた。
「ご、ごめんなさぁい! 私の負け! 負けでいいからぁ!」
泣きながら、エリスは己の敗北を宣言したのである。
「ん? 俺、いちおう勝ったのか? ってことは、これってまさか……」
「ええ、たぶんそうね」
小太郎、歓喜の瞬間である。
こうして小太郎は、エリスとの結婚を果たす。
立ちはだかるは世間の荒波。しかし二人の愛ならば、それに打ち勝つこともきっとできるだろう。
「あれ? ちょっと待て? なんかすっごい雑なエンディングが……」
頑張れ小太郎。
これからがキミの、本当の闘いなんだ。
頑張れ小太郎とエリス。
二人の愛で、全ての障害を乗り越えるんだ!
【GAME OVER】
「ってなんでゲームオーバーなんだよぉぉ!!」
小太郎の今日一の絶叫が、武道館の中を幾重にも反射するのであった。
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