この主にしてこの執事あり





 小太郎と鏡花が屋敷に入ると、そこにはピッチリスーツを着た人物が立っていた。


「皆様のご訪問、心よりお待ちしておりました。僕はエリス様の執事を務めております、三鷹秋良と申します」


 あ、どうもどうもご丁寧に。

 ほら小太郎。僕が言っても伝わらないんだから小太郎から挨拶してよ。


「ケッ。イケメンは全男性人類の天敵なんだよ」


 なんと小さな男よ、山田小太郎。

 しかし小太郎が敵視するその顔は、確かに小太郎とは比較にならないほど整っていた。やや赤みがかった黒髪に、大きな目。体こそ細いが手足は長く、背筋が伸びた立ち姿はモデルのようである。

 そこで鏡花は気付く。


「あ、この声……もしかして、さっき門から聞こえていた声の?」


「はい。えと……先ほどはお見苦しいところをお見せして、まことに申し訳ございませんでした……」


 開幕からばつが悪そうに謝る三鷹秋良さん。


「いえいえ。執事だったんすね。俺、山田小太郎です。こっちは藤咲」


「藤咲……もしや、『富士の鏡割り』で有名な藤咲鏡花様でしょうか」


「そのあだ名で呼ばないで……不愉快なのよ」


 氷の如き冷たい視線を向ける鏡花である。

 いちおう抵抗あったんだね。


「そりゃそんなあだ名で呼ばれたら恥を通り越して虚無だろうよ」


 そんなこんなで、秋良の案内の下、小太郎たちはエリスが待つ武道場に向かう。

 屋敷の中はやはり途轍もなく広く、長い通路にいくつもの部屋が作られ、床に敷かれた赤絨毯にはシミの一つとしてなかった。


「いや、広過ぎだろ……。部屋ってこんなに必要になるのか?」


「普段は使わない部屋が多いですね。そもそも、この屋敷にはお嬢様と僕、それと厨房担当の者しかいないのでどうしても部屋が余るんですよ」


「この広さで3人だけ? それはまた……」


「掃除、大変そうね……」


 真っ先にそう思う小太郎と鏡花であった。


「いや、ホント……毎日毎日、掃除掃除掃除掃除……。なんだってこんな広い屋敷にしたんだか。嫌がらせですかね? ホント、こんなのやってられないですよ……」


 秋良は闇落ちをした。


「やっぱ執事って大変なんだな……」


「それが仕事なんでしょ。仕方のないことよ」


 そして三人は、ようやく武道場へとたどり着いた。

 そこは敷地の別建物として建設されていて、全三階の客席まで完備している。


「ここが、リリーホワイト家の武道場です」


「武道場と言うより武道館だろ」


「違うわね。ここまで大きいとこれはもうアリーナよ」


 違いがいまいちわからないけど、とにかく大きかった。

 秋良がドアを開ける。室内の照明は眩しく、広い会場の中央には甲冑姿のエリスが腕を組んで待ち構えていた。


「よく来たな、客人共。わざわざこの私に痛めつけられに来るとは、なんと愚かで酔狂な奴らよ。くくく……」


「このスタンスはリリーホワイト家の伝統なのかしら? 迎え方に既視感を感じるわ」


「っていうかなぜ甲冑? この世界の騎士って自宅では甲冑を着る習慣でもあるのか?」


「あの甲冑は、決闘用正装です。お嬢様はいついかなる時でも挑戦者が現れてもいいように、普段からああやって準備をしているのです。緊急事態に備えてのことですので、あしからず」


「決闘用正装を常時着て待ってるってどんな生活してんだよ。トイレ的な緊急事態の時はどうするんだよ。大幅なタイムロスは人としての尊厳崩壊につながる死活問題だぞ」


 その中で、エリスは拳を掲げ高らかに宣言する。


「さあ始めようか! 私と貴様らの、純粋なる正々堂々とした決闘を!」


「相当ウキウキじゃないの。よほど私達が来たのが嬉しかったのかしら」


「そもそもあいつだけ最初から甲冑で完全武装してるくせに正々堂々もクソもねえだろうに」


「あれはお嬢様なりの礼儀ですので、あしからず」


「あしかるわ。そういう情報は事前に告知しとけよ」


「何をしている! さぁ早く来い! 早く早く! 私と殴り合おう! この緊張感がたまらない! 騎士でよかった!」


「お前のどこが騎士だよ! 脳筋にも程があるだろうが!」


「完全な戦闘狂ね。さすがは『狂乱の女騎士』ってところかしら」


「失礼な。お嬢様は少し戦闘が好きなだけです。少し相手を痛めつける癖はありますけど、とても優しいお方なんです」


「この主にしてこの執事ありね。もう何を言ってるのかわからないわ」


 じゃあ小太郎、出番だよ。


「甲冑着た戦闘狂にどうやって勝てるのか知りたいところだが、仕方ねえ」


 そして小太郎は、一歩前に出る。


「あー、なんだ? お前に勝ったら、結婚できるってことでいいんだよな?」


「ふっ、もう勝ったつもりでいるとはな。よほど腕に自信があるのか、はたまたただのバカなのか」


「山田はただのバカよ」


 そこは純然たる事実だよね。

 小太郎ってバカだし。


「このバカ達が言うには、俺はバカの方らしい」


「き、貴様らはどういうメンバーなのだ……。とにかく、その通りだ。私に勝てれば貴様と結婚してやろう。これは我が父アンドリュー・リリーホワイトも認めている正式な約束となる。決して違えないと誓おう」


「よっしゃ。じゃあ始めようか」


 小太郎はそれっぽく腰を落として前かがみとなり、エリスの動きに注視する。

 その姿に、エリスはフッと笑みを浮かべた。


「貴様、武道の嗜みがないようだな。構えからしてド素人なのがわかる」


「その通りだよ。武道なんてしたことないし、ケンカすら経験ねえよ」


 それを聞いて秋良はほくそ笑んだ。


「ふふふ、それでエリスお嬢様と戦うつもりなのか? その浅はか過ぎる考え、僕には到底理解できないよ。なぜ最初に引き返さなかったのやら」


「てめえがやれって懇願してきたからだろうが! おいクソ執事! こっち見ろ! 目を逸らしてんじゃねえ!」


「ごちゃごちゃと戯言を……参るぞ!」


 するとエリスは足を踏み込み、前へと出る。

 かと思えば、彼女は風のような速さで小太郎の眼前へと迫っていた。


「へ?」


「遅いッ!」


 そしてエリスが拳を振り抜くと同時に、小太郎の意識は、ぶっつりと途切れたのだった。


 【GAME OVER】






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