聳え立つリリーホワイト家の屋敷という魔王城





「ってことで作戦会議だ」


 小太郎は久しぶりに仕切り始めた。


「藤咲、説明を」


「なんで私が……まあいいわ。今回のヒロインは、エリス・クローディア・リリーホワイト。17歳。騎士の家系であるリリーホワイト家の長女として生まれ、幼少期から数々の武道大会で賞を勝ち取ってる程の猛者らしいわ」


「ヒロインなのに猛者と説明されることの違和感たるや」


「その剣の腕は確か。中でも彼女の最大の必殺技は、全てを砕くと言われている最強の拳よ」


「剣を使えよ。拳が必殺技の騎士とか聞いたことねえよ」


「要するに、その実力は折り紙付きってこと。それでも彼女に挑戦する男達は多いわ。何せあの常識外れの美貌に加えて、家は騎士の名門。決闘に勝ちさえすれば交際どころか超逆玉の結婚まで確定なわけだし」


「日本には決闘罪っていう犯罪があるんだけど知ってる?」


 小太郎、決闘っては通称名だから。

 実際は武芸の試合だから。

 格闘関係の試合は刑罰の対象外だから。


「実際に挑戦者は後を絶たないらしいわね。連日大盛況で、日によっては長蛇の行列もできるくらいだし」


「スーパーの特売日かな?」


 とにかく、今回の作戦は至ってシンプルだよ。

 エリスをシバく。

 以上です。


「以上っていうか異常っていうか」


「そう悲観するものでもないでしょ? これまでの流れからすると、たぶん山田が負けるとゲームオーバーになってコンティニューされるはずだから。その記憶があるのは、あんたとチノブだけ。それならエリスの初手の動きも事前にわかるわけだし、あんたの気持ちが折れない限り負けることはないわ」


「まあそうなんだろうけど、エリスをシバく前に俺がどんだけシバかれるって話よ」


 まあ二桁は確実だろうね。

 小太郎、気合だよ。


「気合って言えばなんとかなるって思ってねえか?」


 そんなこんなで、小太郎と鏡花はエリスの屋敷へと出張って来たのである。

 その屋敷は、街から少し離れた山間にあった。

 超広大な敷地を誇るリリーホワイト家の屋敷は、周囲を分厚い壁に囲まれていて、壁の上には有刺鉄線が張り巡り、ところどころに防犯カメラが設置され目を光らせている。その壁の奥にはこれまたド広い庭園が広がり、木々の向こうには、まるで城かと思わんばかりの豪邸が聳え立っていた。

 さながら魔王城の如きその屋敷を前に、小太郎は息を飲んでいた。


「あれ? なんで私、エリスの家を知ってるんだろ」


「そこはあれよ。どうせ地元じゃ超有名だとかいう設定で知ってることになってるんだろ。ゲームあるあるだな。それにしても便利だよな。会ったことも話したこともないのに家がわかるってさ」


 小太郎、息を飲みなさい。

 僕の地の文が無駄になるでしょ。


「勝手に息を飲ませるお前が悪い。っていうか、呼び鈴どこだよ」


「こんだけ防犯カメラがあるんだし、誰か見てるんじゃないの?」


 するとどでかい鉄の門から、突如としてスピーカー越しの声が響いた。


『……貴様ら、何者だ』


「来訪者に対して発する言葉じゃねえだろ。郵便配達とかどうしてるんだよ」


「置き配じゃないの?」


「あーなるほど。しかしあの屋敷の遠さからすれば、置き配するにしても取りに来るのも軽い遠足だよな。大変そう」


 時間がかかる分盗難の危険もあるし、あまりオススメはできない方法だよね。


『なるほど。貴様らも、エリスお嬢様への挑戦者ってわけか……身の程知らずどもめ』


「なんか勝手に話が進んでいるわね……」


 小太郎が相手しないからじゃない。

 もうちょっと相手の空気に乗ってあげなよ。


「しかし相変わらず恋愛ゲーム要素ないよな。どこのアクションゲームだよ」


『そこまで言うのであれば止めはしまい。忠告はしたからな』


「そこまでってどこまでだよ。まだ何一つとして会話が成立してねえだろ」


「これ、もしかして自動音声じゃないの? ほら、毎日挑戦者が来てるって話だし」


 なんか遊園地のアトラクションっぽいよね。

 子供の頃を思い出すよ。


「地の文の子供の頃って想像つかないんだが……」


『だが、心せよ。リリーホワイト家の敷地に入るということは、命の保障はないものと思え』


 そして、鉄の門は「ゴゴゴゴ……」というけたたましい音を上げながら開かれる。


『覚悟ができたのならば入るがよい。果たして生きて屋敷から出られるかは知らぬがな。くくく……』


「ホントに魔王城じゃねえか。どういう立場だよ、この声の主は」


「そもそも、こっちの素性も知らないのにあっさりと門を開けるって防犯的にどうなのよ。厳重な警備が無駄じゃないの?」


 まあここで門前払いしかしないなら物語が進まないしね。

 そういうものだと思うしかないよ。

 ……って、鏡花に伝えて小太郎。


「俺は伝書鳩かよ。チノブがここで門前払いされると物語が進まないからだってよ」


「なるほど。これがご都合主義というものなのね」


『貴様ら。入るならさっさと入れ』


 ほらほら。警備さんが待ちくたびれてるよ?


「うーん、でも今日は気が進まないんだよな。また今度ってことでダメなのか?」


『え゛』


 いやいや、ここまで来てそれはないんじゃないの?


「だって屋敷の場所はわかったんだし、挑戦もいつでもできるんだろ? しかも勝ったらそれでゲームクリアなんだし。だったら攻略の順番なんて一番最後でいいだろ」


「一理あるわね。エリスをクリアに行き詰った時の保険として置くわけね」


「そういうこと。それに今日は、俺の初デートでもあるしな! そっちを優先したい!」


「デートって言わないで。それならそうと、さっさと次のヒロインを探しに行くわよ」


『え? え? 来ないの? マジで? せっかく門を開けたのに?』


 スピーカーの警備さんは慌て始めていた。


「あ、はい。今日は遠慮しときますんで、また今度よろしくお願いします」


『いやいや、ここまで来てそれはないんじゃないのかなーって。散々挑戦するみたいな流れだったわけだし』


「私達は知らないわよ。それにそれって、そっちが勝手にそういう流れにしてただけじゃないの」


『それについては謝る。謝るから、どうぞ中へ入ってお嬢様に挑戦してみてくださいよお客さん。今なら粗茶のサービスもありますから。ね? ね?』


「キャバクラのキャッチみたいなこと言ってるよ、こいつ」


「あんたキャバクラとか行ってるの? 引くわね……」


「例えだっつーの! 万年引きこもりだった俺がキャバキャバしいキャバ嬢と会話なんてできるわけねえだろ!」


『あのホント、お願いします。入ってくださいお願いします。暇なんですよ、僕もエリスお嬢様も。最近めっきり挑戦者も来なくなって暇なんですよ。手加減するようにかけあってみますから。ホント、お願いしますよお客人』


「暇って言っちゃったよこの人。挑戦者が後を絶たないんじゃなかったのか?」


「みんな半殺しにしたとかいう噂だし、誰も来なくなったみたいね」


『ほんとお願いします。入ってください。今ならお土産もつけますから。リリーホワイト家の家紋入りの煎餅ですから。高く転売できますから』


「転売ヤーは絶許だ。覚えておけ」


 最初の威厳はどこへやら。

 その後も懇願を続ける警備さんに折れた小太郎と鏡花は、渋々といった様子で、屋敷の中へと入るのであった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る