欲張りセットも大概にしろ





 翌日の休日を利用して、小太郎と鏡花は街へと出た。

 天気は快晴。街中は家族連れやカップル、学生と思しき少年少女がごった返し、休日の喧噪を作り出していた。


「いい? 勘違いしないでよね。今日の目的は、あくまでも新たなヒロインを探すことなんだから」


「うんうん、わかってるわかってる」


 そうは言っても終始笑顔の小太郎である。


「それはもうしょうがない! なんてったって、俺は今日、生まれて初めて女子と二人きりで出かけてるんだからな! これはもうデートだろデート!」


「その言い方はやめてよね。私の初デートの相手がこんなダメ人間だなんて末代までの恥よ。今日はあくまでも調査と暇つぶしが目的。だからこれをデートとは認めないから」


「ふほほほ! 諦めろ藤咲! いくらお前が否定しようが世間的に若い男女が二人で街を徘徊するのはデートって言われてるんだよ! この世は多数決なのだよ!」


「世間が認めても私が認めていないからセーフよ」


 でもまあ、なんだかんだで小太郎と二人で出かけることに抵抗はないみたいだし、進展度としては上々なんじゃないの?


「進展度とかはどうでもいい! 外面が超人レベルで綺麗な藤咲と二人で出かけてるという事実だけで十分過ぎる! この優越感よ! 見てみろ街を! さっきから通り過ぎる男どもが藤咲を見て顔を赤くしてやがる!」


 その直後に小太郎に殺意を込めた視線を向けてるけどね。


「そんな視線など見なければどうということはないのだよ。今日はヒロイン探しもそこそこに、じっくりとこのご褒美を堪能して――」


 と、その時だった。

 道路の反対側。車道の向こう。ガードレールの内側の歩道。

 そこを歩く一人の少女が、小太郎の目に留まったのだった。


「……あ、顔が見える」


 ついうっかり口を滑らせてしまった小太郎。

 慌てて口を噤むが、時すでに遅かった。


「顔が見える? それってヒロインじゃないの?」


「いやぁ、そうと決まったわけじゃ……」


「あの人? ……ああ、確かにすっごい美人ね」


 鏡花の言う通り、彼女は周囲の中で浮いたように美しかった。

 鏡花とは真逆に、彼女の髪は純粋なブロンド。風に揺れる度に光を反射させ、彼女の存在を際立たせる。顔立ちはまるで西洋のアンティーク人形のように整い、蒼い瞳は見る者を惹きつける魔力があった。身長も高く、長い手足を持て余すことなく凛々しく歩く。その姿は、まさに騎士そのものだった。

 彼女こそヒロインの一人、エリス・クローディア・リリーホワイトである。


「待てチノブ。何かが妙だ。なんだよエリス・クローディア・リリーホワイトって。どこの異世界の住民だよ。ここは日本だぞ」


「なんで名前を知ってるの?」


「いや、チノブが解説してるんだけどさ……」


「エリス・クローディア・リリーホワイト……他に情報は?」


 彼女は17歳。小太郎よりも一つ年上であり、隣町にある私立聖ルイヴィス女学園に所属するクオーターである。

 そして彼女にはもう一つの肩書があった。

 そう、彼女は騎士なのである。


「待て待て待て。おかしい。ド派手におかしいから。ここは日本だっつーの。確かに騎士そのものだとか言ってたが、比喩表現じゃねえのかよ。なんで日本に騎士がいるんだよ。世界線間違えてるぞ」


「ああ、彼女やっぱり騎士だったのね。立ち振る舞いを見てそんな気はしてたけど」


「お前もなんで受け入れてんだよ。普通に日本に金髪美人な女騎士がいるってどういうことだよ」


「山田はさっきから何言ってるの? 確かに珍しくはあるけど、騎士なんて普通いるでしょ?」


「いんのかよ! え!? 騎士ってナイト的な騎士!? 囲碁とか将棋の棋士の間違いじゃなくて!?」


「だから何を言って……って、ああ、そういうこと。小太郎の世界にはいなかったのね、騎士って」


「いやまあ海外にいたり特殊な条件で騎士認定されてるような人はいたけどさ」


 小太郎、ここは日本であって小太郎の知る日本じゃないから。ネバーエンディング・エターナルラブストーリー・フォーエバーの世界の日本だから。

 小太郎の常識と多少差異があっても不思議じゃないから。

 世界が変われば常識も変わるから。


「世界が変われば常識も変わるにも程があるっつーの。だいたい誰に仕えてんだよ、日本の騎士ってのは」


「騎士なんてただの称号よ? 別に誰かに仕えてるわけじゃないわ」


「貴族みたいなものってことか。しかしこのゲームなんでもあり過ぎやしないか? 欲張りセットも大概にしろって話よ。そのうち宇宙人だとかロボットだとか悪の組織だとか出てきそうなんだが。インディーゲームにしても限度ってもんがあるだろ」


 限度を知らない開発者だったってことでしょ。


「それ風呂敷広げ過ぎて収集付かなくなるやつじゃねえか。そりゃそんなゲーム売れるわけねえわな。……あ」


 好きなものを色々詰め込んで何が悪いのであった。


 【GAME OVER】



 コンティニューした小太郎は、何とか同じ場面へと戻る。


「いかんいかん。完全に油断してこのゲームの仕様を忘れていた。繊細過ぎるんだよこのゲーム」 


「ねえ山田。チノブは他に何か解説してなかった?」


「ええと、クオーターで隣町にある私立聖ルイヴィス女学園に所属してるんだとさ」


「聖ルイヴィスって超有名なお嬢様学校じゃない。さすがは騎士の家系ね。他には何かないの?」


 さすが鏡花。情報を集めるのは攻略の基本中の基本だよね。

 この辺のスタンスは小太郎も見習って欲しいよ、まったく。


「うるせー。いいから他に情報は?」


 ええと、ピーンと来た情報によると、彼女は家の方針で強い男としか結婚しないんだって。だから彼女と交際したい男たちが連日勝負を挑んでいるんだけど、その全てを返り討ちにして半殺しにするくらいには強いみたい。

 そのせいで『狂乱の女騎士』ってあだ名もあるらしい。


「何度も言うが、これって恋愛ゲームだよな? 『狂乱の女騎士』ってなんだよ。女騎士が狂乱するならただの狂戦士バーサーカーじゃねえか」

 

「ああ、『狂乱の女騎士』なら私も聞いたことがある。だったら攻略法というか、ゲームクリアも簡単な話よね」


「え?」


 そうそう、鏡花の言う通り。

 今回はまさにビッグチャンスだよ。

 何せ、彼女に勝てばハッピーエンド一直線なわけだしね。


「え? え?」


「ってことで、山田。ちょっとあのエリスって子に勝負を仕掛けて勝ってきなさい」


「ええええ……」


 大丈夫大丈夫。

 真っ向勝負してエリスを倒せばいいだけだから。

 難しいことなんてない単純な脳筋攻略だから。

 恋愛ゲーム常套手段だから。


「そんな恋愛ゲームがあってたまるかバカチンが」


 かくして、小太郎による二人目のヒロイン攻略が始まるのであった。



 



 

 

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