かつてのヒロイン、今は戦友(とも)





「じゃあ、話を整理するわね」


 昼休みの教室で、鏡花は言う。


「この世界は『ネバーエンディング・エターナルラブストーリー・フォーエバー』というゲームであり、山田がこのゲームをクリアしないと世界は延々とループしてしまう。だからまずは、どこかにいるヒロインを探さなければいけない……そういうこと?」


「うん、合ってる」


「でも、ホントにヒロインの一人って私なの?」


「間違いない。モブキャラは顔が影に隠れて見えないし」


「じゃあなに? 山田は私を攻略しないといけないの?」


「平然と言われるとさすがに恥ずかしいけど、その可能性は捨てきれん。でも、とりあえず別ルートを探してみる。お前だって俺が主人公ってのは納得できんだろ」


「確かにそうね」


「即答をするな即答を。少しは躊躇しろ」


 少しさみしい小太郎であった。


「でも、ゲームタイトルがとにかくセンスないわね。どんだけ永遠を繰り返すのよ。無限ループじゃない」


「こいつ俺と同じこと言ってるよ」


 でも、鏡花が来てくれて良かったよ。僕一人じゃ小太郎を抑えるのも限界あるし。

 それに頭の良さも小太郎とはレベルが違うから、説明も楽でいいね。


「うるせえよ。俺だって割と早めに理解しただろうが」


 小太郎の場合、別に何も考えてないっていう前提があるけどね。


「……で、今山田が会話しているのが、このゲームの地の文であるチノブ……でいいの?」


「ああ、そうだよ」


「地の文ねぇ……。私には何も聞こえないし見えないけど。そもそも、どうして山田だけその地の文と会話できるわけ?」


「それは……主人公補正?」


 平たく言うとそういうことだよね。

 でも僕も最初は驚いたよ。まさか地の文と会話するキャラがいるなんてね……。

 それもうある種のチートだよ。


「どうせチートがもらえるなら、もっとカッコいいのが良かったよ。なんだよ地の文と会話できるって。どういうチートだよ。どっちかっていうとただのバグじゃねえか」


「私から見ると山田が延々と独り言を言ってるだけだし、バグっていうかバカにしか見えないわね」


「上手いこと言ったとか思ってないか? 全然上手くねえよアホ」


「……アホ?」


 鏡花の目が怪しく光る。


「今、私のことアホって言った? 言ったわよね?」


 そして彼女の手に、どこからともなく包丁がもたらされた。


「こらこらこら。教室で刃物を出すな。凶器と狂気をさっさとしまえよ」


「あ、あの……」


 ふと、二人のやり取りに割って入る声があった。

 友達の友館英司である。


「どうしたんだよ英司」


「いや、さっきからやけに仲良く話してるみたいだけど……二人の関係は?」


「関係って……」


 小太郎と鏡花はお互いの顔を見る。


「……戦友とも?」


「もしくは、共犯者ともね」


「どっちも友じゃねえか……」


 どっちも恋愛ゲームで出てくるような言葉じゃないよね。

 それと、当て字使っても僕と小太郎にしか見えないのであしからず。


「とにかく……小太郎、ちょっと来い」


 ふと、英司は小太郎を引きずり、教室の隅まで移動する。


「なんだよ」


「今から質問することは俺の質問ではない。この学校の全男子総意による質問である。それを代表して俺が尋ねるのだが、学校男子の総意たる質問に対し、お前は正直に答える必要がある。いいな?」


「いやよくねえよ。さっきからなんなんだよ」


「お前……なんで藤咲さんとあんなに仲良いんだよ!」


 英司は溢れ出る涙を止めることなく、そもそも声を隠すことなく最大ボリュームで問い詰める。


「あー……そういうことね」


 まあ、こうなるよね。

 っていうか教室の隅に移動した意味ないよね。程よくアホだよね、英司って。


「わかるか小太郎! 全男子が意味不明状態なのがわかるか!? 学校にどれほどクエスチョンマークが飛び交っているかわかっているのか!? この前まで一切合切誰一人として心を開かずにいた『富士の鏡割り』だぞ!? それがここ三日でどうやったらここまで仲良くなれるんだよ! これもう紫桜館学園トップオブ七不思議だろ! 怪奇現象なんだよ! 天変地異なんだよ!」


「そうか……俺と藤咲って、実際のところ会ってからまだ三日くらいしか経ってないのか」


 小太郎はゲームオーバーの回数分長く接してるように感じてるからね。


「言え小太郎! いったいぜんたいどうやったらここまで仲良くなれるんだよ! 言え小太郎! 教えてください! お願いしまぁす!!」


「え、ええと……暴言吐いて、刺される?」


「真面目に答えろよぉッ!!」


 涙と鼻水と涎を伴う英司の慟哭は、学校中に響き渡るのだった。

 それをテキトーにあしらった小太郎は、ギャーギャー騒ぐ英司を放置し席へと戻る。


「……ごめん」


 ふと、鏡花が言う。


「その謝罪は何の謝罪だよ」


「その、迷惑かけてるみたいだから……」


「迷惑? そんなわけないだろ。正直に言うなら、学校ですこぶる人気があるお前と親し気に話をできているこの状況にすんごい優越感を感じるし、むしろ俺から藤咲にありがとうと伝えたいレベル」


「正直すぎるでしょ。でも、まあ、それならいいんだけど」


「っていうかさ、藤咲ってすこぶるモテるんだから、友達欲しいなら素直にそう言えばいいのに。お前なら秒で二桁くらい友達できそう」


「山田と話してて気付いたんだけどさ、私、ただの友達は別にいらないみたい。これまで一人の時間が多かったからか、誰かと話すのってけっこう疲れるのよ。私が必要なのは、たぶん、悪友。あんたみたいに正直すぎるくらい痛い奴でちょうどいい」


「友達概念をこじらせてる奴に言われたくねえよ。でも、その気持ちはわかる気もする」


「何言ってるのよ。あんたには友館くんがいる……って、そうだったわね。あんたは元々万年ボッチの万年引きこもりだったわね」


「ほくそ笑みながら言うな。事実だが改めて言われると腹が立つのもまた事実なんだよ」


 鏡花はクスクスと笑っていた。

 とてもいい雰囲気のように見えるけど、これって藤咲鏡花の攻略が順調ってことなんじゃないの?


「油断したらすぐに虚空から包丁を出されるこの状況が順調と呼べるのか? どんだけ俺が瀬戸際にいると思ってるんだよ」


 そのくらい我慢しなよ。

 綺麗な薔薇には棘があるって言葉があるでしょ? 同じだよ。

 綺麗な人には包丁があるんだよ。


「ねえよ! どこの世界の格言だよそれ!」


 それでも、どこか嬉しそうな小太郎なのであった。


「勝手にそう決めつけるなよ。地の文の職権乱用じゃねえか」


 ともあれ、小太郎と鏡花の作戦会議は進む。

 恋愛ゲームのヒロインとの関係性としてはどうあれ、事情を知る強力な仲間を得たことは間違いない。

 ゲームオーバーにならないところを見ると、この世界的にはセーフなようだし。いや、セーフっていうか、想定外なんだろう。

 想定外の事態を引き起こし続ける小太郎は、はてさて、次はどんな想定外を起こすのか。

 それは、僕としても気になるところであった。







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