例え嘘でも構わない。
「聞こえなかったんならもう一回言ってやる! 俺は、謝らないからな!」
ちょい待て。
小太郎、待て。
「もちろん発言を撤回するつもりも、訂正するつもりもない! これっぽっちも! 微塵も! あれこそ俺が言いたいことであって、それ以外の言葉ってのは全部嘘になる! 嘘でもいいから謝れと言われればそうしよう! だが俺の本心まで変えられると思うなよ!」
「…………」
鏡花は呆然として、彼を見ていた。
いやまあそうなるだろうけど。
小太郎、それちゃんと考えて言ってるんだよね?
「しっかり考えた」
そ、そうだよね。
無計画にそんなことを言うほどアホじゃなくて良かった。
「考えたうえで何も思いつかなかったから、今勢いだけで言ってる」
やっぱアホじゃん。
「……ねえ、刺していい?」
キラリと光る鏡花の包丁。
「待て待て待て。刺すならせめて話をしてから刺せって」
「話? 話って何? あんたの用件は今言ったでしょ?」
「ああ。俺の言いたいことは昨日に引き続き、さっき言ったことで全部だ。それなら次は、藤咲の番だろ」
「私?」
「そうそう。俺だっていきなり刺されたくないし、せめて藤咲のことを話せ。どうせ死ぬんなら、そんくらい許せよ」
「…………」
鏡花は俯き口を閉ざす。
一見すると話そうか迷っているようにも見える。
だが、地の文たる僕にはわかっていた。
彼女が、未だかつてない程の怒りに目覚めていたことを。
「好き勝手言ってきたと思ったら、今度はこっちの話を聞かせろだの……あんたって、ホント……」
「え?」
「ホント――最っ低よね!!」
校舎に響き渡る程の大声で、鏡花は叫んだ。
「だったら言ってやるわよ! 昨日から偉そうに……あんた何様のつもりよ! だいたい男子ってなんなの! 話しかけて来たと思ったらキモイことばっかり言ってきて! かと思ったらいきなり呼び出して告白してくるし! お前誰だよ! 名前も知らない男から告白されても気持ち悪さ以外出て来ねえよ! もっと段階踏めよ! そのくせフラれたらいちいちこの世の終わりみたいな顔すんなよ! 毎度毎度断るこっちだって気まずいんだよ! 女子も女子で勝手に嫉妬してんじゃねえよ! 告白ばかりされてて調子乗ってる!? お前誰だよ! 話したこともないくせに調子乗ってるかどうかなんてわかるわけねえだろ! 近寄りがたいとか知らねえよ! 近付けない理由を私に押し付けんなよ! 簡単に学年1位とか取れるわけねえだろ! 勉強だって家で腐る程してるっつーの! 天才の一言で片付けんなよバカが! 生まれつき美人で羨ましいじゃねえよ! 私がどんだけ準備してるのか知ってるのかよ! スキンケアに髪のセット、化粧や仕草とか、どんだけ調べてどんだけ手間暇かけてるのか知ってるのかよ! 何一つ努力もしてないデブが好き勝手言ってんじゃねえよブス! そこまで準備してるのに、なんで女子からは僻まれて男子からは友達吹っ飛ばしてカレカノ関係迫られるんだよ! なんでここまで頑張ってる私が一人で弁当食べて一人で帰らないといけないんだよ! 誰か私を認めろよ! こんだけ頑張ってる私を認めろよ!! バーカ!!」
いつかの仕返しと言わんばかりに、怒涛の如く叫び散らす藤咲鏡花。
その姿はまさに感情の獣。本心こそ本体。
予想だにしなかった超絶美少女の様子に、さすがの小太郎も後退りを始めるのだった。
「え、ええと……」
こらこら小太郎、引かないの。
「だ、だって予想以上に溜め込んでいらっしゃるみたいだし……」
人は誰でも言いたいことがあるってことだよ。
そして彼女にここまで披露させたのは小太郎なんだから、その責任はしっかりと取らないと。
「責任って言っても……」
「ハァ……! ハァ……!」
全部を曝け出した鏡花は呼吸を荒くし、肩で息をする。
その様子を見た小太郎は、一度だけ息を大きく吐き出し、その場に座り込んだ。
「藤咲、実は、もう一つ俺も話がある。実はこの前、お前に文句言ったのはそれが理由なんだよ」
「……なんなの? この後に及んで……」
「いいから聞けよ。たぶんこれを言うと、俺がすっごいアホでバカで頭がおかしい奴って思うだろう。だけど、今から話すのは全部ガチだ。少なくとも俺の中では純度100%で真実だ。嘘みたいだけど」
「は? さっきから何言ってんの?」
藤咲はただただ首を傾げていた。
小太郎、まさかとは思うけど……。
「ああ。転生のこと、全部話す」
いやいやいや、それは悪手だって。
聞いたことないよ? ゲーム世界のキャラクターにこれがゲーム世界だっていきなり暴露するなんてさ。
言うとしても、もっと仲良くなってからとかだし。
「いやでも、藤咲だって全部暴露したんだしさ。おひねりみたいなもんだよ」
「あんた、さっきから何一人でぶつぶつ言ってんの? ちょっと危ない人みたいなんだけど」
「包丁持ってるお前に言われたくねえよ! ……とりあえず話すから、黙って聞いてくれよ」
それから、小太郎は全てを話した。
元々は別の世界にいて、万年引きこもりのボッチだったこと。死んで神様に会ったこと。RPG世界に転生して俺tueeeeしようとしたら説明不足でインディー恋愛ゲーム世界に転生してしまったこと。その恋愛ゲーム世界というのが、この世界であること。そしてそのヒロインの一人が、藤咲鏡花であること。
全てを包み隠さず、至って真面目に、小太郎は全てを話した。
そして全てを聞いた鏡花は――。
「――アハハハハハハハハハ!!」
腹を抱えて笑っていた。
「あんた……山田だっけ!? それ本気で言ってるの!?」
「だからそう言ってるだろ。笑いたければ笑え」
「もう笑ってるわよ! アハハハハハ!」
藤咲は笑う。
それまでの激怒が嘘のように、とにかく笑う。
「でも、あんたが既に40回以上も私に門前払いされてるって話は信憑性あるわ。だってあんたって、なぜか知らないけど私と堂々と話すでしょ? 他の男子とかだと絶対なかったし、そんなの。そりゃそんだけフラれ続けたら、慣れもするはずよね」
「その結果が、この前のあれだよ。さすがにちょっと言い過ぎたって思ってるけど」
「それで私に刺されたんでしょ? ホントウケる! 傑作よ!」
「駄作の間違いだっつーの。それに、刺したお前が言っていい言葉ではない」
その時、小太郎は気付いた。
「ところで藤咲、お前、包丁はどうした?」
「さあ、どっかにいっちゃったわね。どうでもいいけど」
「どうでもいいのかよ」
「どうでもいいわよ、そんなこと。だって目の前に、こんなに変な奴がいるんだしさ。こんな変な奴、初めて見た」
「そんなに変な話だったかなぁ」
「変に決まってるでしょ!」
うん、すっごい変だと思う。
っていうかむしろ、ここまでちゃんと話を聞いてくれてる鏡花が信じられないレベル。普通は途中で帰る。っていうか通報する。
「お前には聞いてねえよ、チノブ。だいたい藤咲だって笑いまくってるし、こんな話信じるわけ――」
「――信じてあげる」
鏡花は、確かにそう言った。
「え?」
「例え嘘でも構わない。あんたの話、私は信じてあげるって言ってるの。だってその方が、絶対面白そうだし」
その時、彼女は確かに微笑んでいた。
その笑顔を見た小太郎は、不覚にも、顔が熱くなってしまっていた。
「……そうですかぃ。案外相当アホな奴なんだな、藤咲って」
「アホの極みのあんたに言われたくないわよ、バーカ」
黄昏時、放課後の屋上、陰影のエモーショナル。
いつの間にか情景はお約束へと変わり、形式美となる。
二人が特別な関係になるキッカケとなるかはわからないが、少なくとも、ゲームオーバーにはなりそうにはない。
その理由は、消えた包丁だけが知っていたのだった。
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