夕闇と少女と包丁エクスカリバー
教科棟最上階へとやってきた小太郎。
屋上へと続く重い鉄の片開き扉を前に、小太郎は唐突に言い出した。
「なんでゲームとかアニメとかだと、学校の屋上が開放されてるんだろうな」
え? 今それ聞くの?
「いやだって、実際のところ屋上に出れる学校なんてほとんどないだろ? 前々からすげえ気になってたんだよ」
そんなの、ご都合主義ってやつじゃないの?
登場人物たちが屋上で語り合うシーンは絵映えるし。要はエモーショナルだよ。
「そういうもんか……いやでも……」
やけに小太郎はじっくりと考察していた。今は無関係なのに。
……もしかして、小太郎、ビビってる?
「ビ、ビビってねえよ! ただちょっと、気まずいっていうか何て言うか……」
だからそれをビビってるって言うんだけど。
いちおう人並みにそういうのはあったんだね。
「普通にあるっつーの! ……だって藤咲、殺したいくらいキレてるんだろ? そりゃ気まずいに決まってるだろ」
あ、そっちか。
そんなに考え込んでも仕方ないと思うよ。
こう言ったらアレだけど、どうせダメならゲームオーバーでやり直しなんだからさ。
さっき言ったよね? チャレンジ&トライって。
当たって砕けて、砕けたら次に活かせばいいんじゃないかな。
「他人事だと思いやがって……」
他人事ってわけでもないよ。
小太郎がここでループするってことは、地の文たる僕も同じくループするってことだしさ。僕と小太郎は一蓮托生なんだよ、案外。
さあ小太郎。グダグダ言うのもここまでにしよう。彼女が待ってる。
「わかったよ。じゃ、行くぞ」
小太郎が扉を開ける。
ギィーという鈍い音と共に、暗い踊り場に茜色の光が差し込んで来た。
コンクリートの冷たい足元、落下防止の高い鉄柵、そして、片手に包丁を持つ藤咲鏡花。
それはもはや絵画だった。
黄昏の空と狂気の美少女が景色に溶け込み、夕闇は仄暗く、陰影に背筋が凍る。
陰湿で薄ら恐ろしく、どこか儚い名画だった。
「…………」
小太郎はその光景をじっくりと眺め、そして、屋上に出ることなく扉を閉めるのだった。
……って、をい。
閉めちゃダメでしょ。早く行った行った。
「無理無理無理無理! 包丁! なんか既に包丁持ってるんだけど! 既に殺意1000%じゃん! あいつは銃刀法ってのを知らんのか!」
わかんないよ?
案外魚を捌いてただけかもしれないし。
「どこの世界に屋上で魚を捌く美少女高校生がいるんだよ。っていうかそもそもなんで普通に包丁持ってんの? なんで包丁握り締めて屋上で佇んでんの? どういうシチュエーション?」
でも今日中に鏡花と話をつけないと、明日にはあれで「ブスッ」だよ?
「今日にでもブスッとされそうなんだが? っていうかこれって恋愛ゲームの世界だよな? これ限りなくミステリーホラーになってね?」
恋愛ゲームのミステリーホラーパートだよ。
よくあるよくある。
「ねえよ! メインヒロインが包丁持って屋上で主人公を待ち構えるとかどんな恋愛模様だよ! これ、110番通報した方が早いんじゃねえの?」
してみる?
たぶんゲームオーバーになるだろうけど。
「世間一般的な常識の範疇で言えば、既にあいつはゲームオーバーだろうが。でも、えええ? これ、俺が覚悟決めないといけないの? マジで?」
そうだろうね。
頑張って小太郎。骨は拾ってあげるから。
「やっぱ他人事じゃねえか。しゃあねえ、行くか……はぁ」
溜め息をこぼし、小太郎は再び扉を開ける。
そして足を踏み出した。
「藤咲、探したよ」
「あんた……」
鏡花は小太郎を見るなり、視線を鋭くさせた。
「……なんであんたが私を探してるのよ」
「殺気を感じたんだよ。お前から刺される予感みたいな」
「は? 意味わかんないんだけど」
「とりあえず、その手に持ってる包丁を置け」
「何言ってんの? 私、包丁なんて……って、あれ? なんで持ってるんだろ……」
鏡花は本当に気付いていなかったようだ。
右手に握られた包丁を不思議そうに見つめて、首を傾げる。
「おいチノブ。やっぱりあいつ病気じゃねえの?」
いやたぶん違うね。
ほら、ギャグ漫画とかでどこから取り出したのかわからないハンマーとかあるよね? たぶんその類い。彼女の感情に合わせて現れるんだよ、きっと。
「なんじゃその伝説の武具は。それなら包丁じゃなくてエクスカリバーでも出せよ。なんつー能力の無駄遣いを」
すると鏡花は、思考を諦めるように手を下げた。
「……まあいいわ。それより、なんで私を探してたの?」
彼女は小太郎の言葉を待つ。
ほら小太郎。彼女に言ってやってよ。
「言えって……なにを?」
気の利いたセリフだよ。
見る限り、鏡花は未だにキミに対して相当な負の感情を溜め込んでいる。それを少しでも解消できるように、何か心に染みるような格言を出すんだよ。
相手は仲違い中のメインヒロイン。
夕暮れの学校の屋上。
二人きり。
これもう完璧な和解シーンじゃん。あとはそれっぽいセリフ言うだけの簡単なお仕事じゃん。鉄板であり形式美じゃん。
「形式的に進むかはわからんが、俺には俺の言えるセリフを言わせてもらう」
なんかちょっと不安だけど、とりあえず言ってみたら?
「任せろ」
そして小太郎は、ずいっと一歩前に出た。
「藤咲、昨日お前に言ったことなんだけどさ……」
「昨日の?」
鏡花の表情が一層険しくなる。
それに臆することなく、小太郎は大きく息を吸い込んだ。
今度ばっかりはさすがにちゃんとするよね――。
そう思った、次の瞬間である。
「俺はお前に、謝るつもりはない!」
「…………は?」
少し肌寒い風が通り抜ける中、狂気を手に持つ彼女に向けて、その胸に狂気を秘めた彼は、一切の遠慮もなく、堂々と言い放ったのである。
…………って、は?
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