デッド・エンド・バスター





 翌日の教室。

 小太郎は初めての友達である英司と、実にどうでもいい話を展開させていた。

 話題は、昨日の放課後に行った駅前の新しいラーメン屋である。


「まさか、チャーシューがトッピングだったとは……」


 英司は机に顔を沈めていた。


「そんなに落ち込むことかね」


「わかってないなぁ小太郎は。チャーシューがトッピングってことは、通常版ではチャーシューを戦力外にしたと言っても過言じゃないんだぞ? 俺的にはそれは絶対に許されない。ポテトがないハンバーガー、肉がないカレー、ピーマンがないチンジャオロースに並ぶ愚行だよ」


「まあ言いたいことはわかる。ただ、最近はそういうの多いらしいけど。店によってはスープと麺しかなかったりするとか」


「スープと麺だけ! それそのうち麺すらもトッピングになりそうなやつ!」


「ならねえよ。麺がないラーメンなんてラーメンとは認めねえ。その名では呼ばせねえよ、俺が」


「でもチャーシューも麺もないとしたら、その店ってなんだろうな。ラーメンの麺がないから……ラー屋?」


「それもうスープ屋だろ」


 などと、どうでもいい話をしていた時である。

 ドン――と。

 突如、小太郎の背中に何かが当たる。いや、その表現も違うのかもしれない。

 スルリと、冷たい何かが背中から体の中に入り込んできた。


「あ、れ……?」


 呼吸が上手くとれなくなる。

 小太郎が後ろを見ると、そこにいたのは、藤咲鏡花だった。


「藤咲……鏡花?」


 小太郎の足の力がなくなり、どうしようもなく床にへたり込む。背中の冷たい感触が抜けると、すぐさま熱を帯び、遅れて痛みと苦しさが広がり始めた。

 何が起こったのか、小太郎にはわからなかった。

 しかし痛む背中に手を伸ばせば、彼はそこで理解をしたのである。


「これ……血?」


 恐る恐る彼女を見ると、その手には、紅い雫が滴る包丁が握られていた。


「あんたに……あんたに私の、何がわかるっていうのよ……!」


 鬼の形相。般若面。不動明王像。なんだっていい。とにかく彼女の表情は、憤怒に満ちていた。

 そして教室に響き渡る悲鳴と絶叫。

 しかし小太郎には、周囲が何を騒いでいるのかがわからなかった。とても眠く、疲れていた。

 重くなった瞼に抵抗することすら叶わず、彼の意識は暗闇の中に沈み、そして、二度と浮き上がることはなかったのであった。


 【GAME OVER】



 夕暮れの正門前で、小太郎は立ち止まっていた。


「…………」


 小太郎、気が付いた?


「……いや、いやいやいやいや。待てよ。ちょっと待てって。なんだよ、今の」


 たぶん明日の朝だったんだと思う。そこで小太郎はゲームオーバーになった。だから一日前の夕方、つまり、今から再開したんだよ。


「ゲームオーバー? ゲームオーバーってお前……でもあれは、あれは、そんな生温いものじゃ……」

 

「どうしたんだ小太郎?」


 前を歩いていた英司は小太郎に声をかける。

 小太郎、とりあえず今は……。


「あ、ああ……。悪い英司。実は今日、俺、先生に呼ばれてたんだった。だからラーメンはまた今度な」


「え? でも……」


「ほんと悪い。ちなみに行く予定だったラーメン屋、チャーシューがトッピング扱いだからな。ホントにそこでいいのか?」


「え!? マジで!? なんだよそれ……俺も行く気がなくなったよ」


 そして英司が一人で帰るのを確認して、小太郎はふらふらと誰もいない校舎裏に移動する。


「……チノブ、もしかしてだけどさ。要するに、俺、死んだのか?」


 そうだね。

 小太郎は藤咲鏡花を極度に怒らせている。そしてその怒りが頂点に達した彼女に、教室で刺されたんだよ。

 いわゆる、ヒロインによる死亡エンドさ。


「どんな恋愛ゲームだよ! そもそもいくらムカつくからっていきなり刺すとかどんなヒロインだよ! サイコパスかよ藤咲鏡花!」


 逆に言えば、そんだけ小太郎から言われた言葉が心に刺さったってことなんじゃないの? 言った側としては大したこと言ってないつもりでも、言われた人にとっては、体を刺されるよりも痛い時ってあるんだよね。

 そういう意味では、小太郎も同罪だよ。


「そう言われたら……ぐうの音も出ないんだけどさ」


 あと、鏡花って闇落ち系ヒロインってやつじゃないの? たまに恋愛ものに出てるよね、そういうヒロイン。


「表紙に一番デカく描かれてるメインヒロインが闇落ち系ヒロインとか夢も希望もねえよ。すげえよこのゲームの開発者」


 夢も希望もなくても、いくら小太郎が喚こうとも、はっきりわかってることがあるよね。

 このままだと、明日、小太郎は鏡花に刺される。


「学校休んだりすれば……いや、無駄かな」


 だろうね。それって解決じゃなくて、ただの先延ばしだし。

 そもそも休もうとしたり転校しようとしたらゲームオーバーになって、また夕方の正門からやり直しになりそうではある。


「となれば、俺が生き残るというか、先に進むためには……」


 今日中に鏡花と話をつけて怒りを収めさせるか、仲直りするしかない、かな。

 

「どんな強制イベントだよ。俺にヒロイン選択の自由はないのかよ」


 その選べない前提を作ったのは小太郎だってこと、忘れてない?

 ほらほら、さっさと覚悟を決めて。

 とにかくチャレンジ&トライだよ。


「そうは言っても、藤咲がどこにいるのかわからんのだが」


 学校の屋上だよ。

 今ピーンと来た。


「いつも思うんだけど、お前のそのピーンと来るやつってさ、もっと上手いこと機能しないのかよ」


 僕はただの地の文だから。ストーリーを円滑に進ませたい時にしか機能しないみたいだよ。

 何度も言うけど、これは小太郎の物語だから。

 どうするのか決めるのは小太郎だよ。


「わかってるって。とりあえず、屋上に行く」


 小太郎はそれからもブーブー文句を言いつつも、乗らない気分と重い足をひきずって屋上へと向かう。

 悲劇的な結末を回避するため、鏡花と話すために。


 ……そしてこれは、僕だけの話。ただの独り言。

 小太郎、気付いてる?

 普通は刺された直後に呑気に作戦会議なんてできない。

 普通は刺してきた相手とすぐに会おうとなんて思えない。

 普通はあんな目に遭ったのに、そうやってすぐに歩き出し、前に進もうとしない。

 コンティニューしたとは言え、小太郎は藤咲鏡花に刺し殺された。その事実は否定しようもない。

 だからこそ、キミに対する違和感が際立つ。

 キミは刃物で刺してきた藤咲鏡花をさも異常者のように言っていたけれど、僕からすれば、平然とそんな彼女と話そうとするキミも十分に異常だ。

 何度でも言わせてもらうよ。

 小太郎、キミは、異常だ。

 それが元々なのか、それともこの世界に染まった結果なのかはわからない。ただ少なくとも、僕の尺度で言うならば、キミという人間に狂気と恐怖を感じる。それこそ、鏡花以上の。

 神様、もしかしてあなたは、敢えて彼をこの世界に送ったのですか。

 きっとあなたは答えてくれないでしょう。

 それはたぶん、僕に彼を見守って欲しいということなんでしょう。

 ならば、僕は役割を果たします。

 ですから、神様、彼らにどうか御加護を。

 あなたの加護の下、山田小太郎と藤咲鏡花が救われんことを――。

 今はただ、それだけを願わせてもらいます。

 

 

 





 

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