あなたは美しく可憐なれど、この業腹は別腹
「バァァァァカッ!!」
「…………は?」
…………は?
「ヴアァァァァカッ!!」
いや、小太郎、ちょい待ち。
「バーカバーカ! アーホアーホ! オタンコナスオタンコナス!」
小太郎、ステイ。
落ち着けマジで。
とち狂ってる場合じゃないから。
しかし小太郎の勢いは全く衰えない。
「いい加減にしろよ藤咲鏡花! 口を開けば気持ち悪いだの何だの好き勝手言いやがって! お前は自分の美人さがわかってんのか!? お前に声かけるのがどんだけ勇気いると思ってんだよ! これまで何度も告白されてきたからめんどくさい!? そんなの知らねえよ! こっちには関係ねぇだろうが! もはやお前が誰とか関係ねぇ! ヒロイン攻略!? 知るかそんなもん! 好感度!? こっちはとっくにドマイナスだよ! ここまで好き勝手ボロカスに言われれば一万年の恋も干乾びるわボケ! 他の奴が言えないのなら俺が言ってやるよ! 全ての男がお前に惚れ込むと思うなよ! 自意識過剰も大概にしろ! 調子こいてんじゃねえ! 少なくとも俺はお前だけは絶対に選ばねえ! 選んでやるかよ! そこんところちゃんと理解しとけよこの高飛車大バカ野郎!」
「なっ……なななっ……!?」
濁流の如き呪詛の文句を叩きつけた小太郎。
完全に虚を突かれた鏡花は、反論すらも忘れてしまっているようだ。
彼女の言葉を一切待つことなく、言うだけ言った小太郎はさっさと踵を返し、その場からダッシュで逃亡する。
もはや通り魔である。
なんとむごい。哀れ美少女藤咲鏡花。
しかし悪の権化と化した小太郎は、悪びれるどころか実に楽しそうにしていた。
「フホホホ! ズバッと言ってやったぜこの野郎! 俺の怒りを思い知ったか美人女め! 見たかよチノブ!」
あー見た見た。見たくないものを見せられたよ。
いやホント最低だね、小太郎。
恋愛ゲーム主人公としてあるまじき暴挙だよ。
「いきなり人を気持ち悪いだとか言うのは最低じゃないのかよ」
何回も言っているけどさ、小太郎はループしてるから面識あるけど、向こうからすればあの場が小太郎とのファーストタッチなんだよ。
それなのにさ、話したこともない奴がいきなり怒涛の文句言って来てるんだよ?
もう恐怖じゃん。ホラーじゃん、それ。
「どうでもいいんだよそんなの。どうせゲームオーバーでまたやり直しになるんだから、次に向けてまずは気持ちをスッキリさせる方が重要だよ」
当て逃げ感満載だね。
どうなっても知らないからね。
それから小太郎は街をふらつきゲームオーバーを待つ。
好きなものを食べ、好きなことをして遊び、その間に次に向けての作戦を練るのであった。
――だがここで、予想外の事態に陥る。
いつまで経ってもゲームオーバーにはならず、コンティニューされることもなく、そのまま翌朝を迎えてしまったのである。
「……いや、しまったのであるじゃねえよ」
おはよう小太郎。いい朝だね。
「よくねえよ。なんでゲームオーバーになってねえんだよ」
それは知らないけど、学校に行かないと。
「それどころじゃねえよ。これはどういうことなんだよ。なんであそこまでボロカスに言ったのにゲームオーバーにならねえんだよ。おかしいだろ」
いやぁ、まさか正解の選択肢扱いされるとはね。
人生わからんもんだよ。
「わからんのは人生じゃなくて製作者の思考回路だっつーの。これ、今からでもゲーム批判して何とか昨日をやり直せないのか?」
無理だろうね。こうして朝を迎えちゃったわけだし、コンテニューするにしても、再開時間は朝起きたところだと思うよ。
ほらほら、グダグダ言ってないでさっさと着替えて着替えて。遅刻しちゃうよ。
「お前は俺の母ちゃんかよ」
手のかかることは間違いないけどね。
制服に着替え、焼いた食パンを牛乳で胃に流し込み、小太郎は家を出る。
家の前の道路では、せわしなく人々が出歩いていた。スーツを着る人、制服を着る人、ランドセルを背負う人、自転車に乗ってどこかへ急ぐ人。
昨日とは少し違う朝の景色に、小太郎は、身を引き締めるのだった。
「俺さ、ちょっと思ったんだけどさ」
なにを?
「藤咲鏡花のことだよ。なんであれが正解だったかって話。たぶんあれじゃないか? 生まれて初めて自分のことを怒ってくれたみたいな、そんな新鮮な気持ちが心を開いた的なやつ」
あーなるほど。
C級ラブコメによくありがちなやつだね。
でも生憎だけど、現実的にはありえないから、それ。いきなりあんなこと言われて心がときめくのは、心がぶっ壊れてる人だけだから。
「現実的って言われても、ここってゲーム世界だろ? しかもC級どころか超F級くらいの。十分考えられるって」
小太郎って妙なところで楽観的だよね。
その鬼メンタルはどっから生まれ出てるんだよ。
そんなこんなで、小太郎は私立紫桜館学園へたどり着く。
彼のクラスは1年B組。地図を頼りに教室を探し、窓際の最後尾というこれまたラブコメ鉄板である自分の席へと座る。
――そしてここで、更に予想外の事態に陥る。
隣の席が、藤咲鏡花なのであった。
しかも当然と言うべきか、彼女に心を開いた様子は微塵もなく、むしろ小太郎を終始睨みつけ、ちょくちょく舌打ちをする始末である。
「…………チッ」
小太郎は小声で叫ぶ。
「おいチノブ! どうなってんだよこれ!」
小太郎はバッグで顔を隠しながら、ナイフのような鏡花の視線を防いでいた。
「なんであいつが同じクラスで、しかも隣の席なんだよ!」
あれ? 言ってなかったっけ?
「聞いてねえよ! お前は同級生としか説明してねえだろうが!」
あーごめん。ピーンと来た情報も不完全だったみたいだね。
「それよりさっきからすげえ威嚇されてるんだけど! 心を開いたんじゃなかったのかよ!」
さあ、僕は知らないよ。
そもそも心を開いた云々の話は小太郎の希望的妄想であって、僕の意見じゃないから。良かったね。ああやってブチ切れてるところを見る限り、彼女は正常だよ。
「ちっともよくねえよ! ここまで露骨に敵対心出してんのになんでゲームオーバーじゃないんだよ!」
これはあれだよ、小太郎。
フラグをへし折ったんじゃないかな。
「どういうことだよ!」
恋愛ゲームって大抵ヒロインが複数人いるでしょ?
で、昨日の出来事を経て、見事藤咲鏡花ルートがぶっ壊れたんだよ。
つまり彼女が攻略対象外になったってことなんじゃないかな。
「それならそれで顔に影でもかかってろよ! ブチギレ表情を常に向けられるとかどんな罰ゲームだよ!」
短絡的な昨日の自分を恨むことだね。
如何にゲーム世界とは言っても、僕やシステムが彼女の感情を操作できるわけでもないんだし、甘んじて受け入れるしかないよ。
「マジかよ……俺、明日から学校に行きたくなくなったんだけど……」
行かなくてもいいけど、たぶんゲームオーバーになって永遠と同じ朝を繰り返すことになるだろうから無駄だと思うよ。
ほらほら、先生来たよ。
前向いて小太郎。
「嘘だろ……はぁ」
深々とため息を吐き出す小太郎。
そんな小太郎に、相変わらず藤咲鏡花は刺すような視線を向けるのである。
「…………チッ」
スパイスの効いた、舌打ちを添えて。
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