藤咲鏡花攻防戦
「チノブ、作戦会議だ」
居間のリビングにのこのこ舞い戻った小太郎は、偉そうにソファーに座りながら、いつになくクソ真面目な表情で言う。
しかし忘れてはならない。
無様にも、あれから小太郎がヒロインに話しかけるという極々簡単なことすらも出来ずに5回もゲームオーバーを繰り返したということを。
「余計な回想はせんでいい。それにしても藤咲鏡花なるヒロインの美人さは想像を絶するものがある。近付いただけで心臓がメルトダウンしそうになるんだけど。恋い焦がれるという言葉は間違いだな。ガチだと恋い溶ける」
もう何言ってんのかわかんないよ。
ヒロインを攻略する前に小太郎が攻略されてどうするんだよ……。
「仕方ないだろ! これまで女子とまともに話したことすらないんだし! そもそも人と会話すること自体が億劫なのに、それがいきなりあんな化物レベルの美人だとか無理だっつーの!」
万年引きこもりの哀愁を感じるよ。
「だが、今回で確信したことがある」
何を?
「恋愛ゲームだとかアニメだとか漫画とかでさ、たまにあるだろ? 万年ボッチで彼女いない歴=年齢なのに、初対面の超美少女となぜだか普通にコミュニケーション取って攻略するやつ。あれは現実的には不可能であることが判明した」
そんな仰々しく発表する程のことじゃないでしょ。
「そもそも、今の俺はこの主人公キャラに転生した俺であるわけだろ? で、元々彼女なんかもいないと。本来の主人公はそれでどうやってあの美人と仲良くなるんだか」
そこはラブコメのお約束ってやつじゃないの?
会話しないとストーリーが始まらないでしょ。だから話せるってこと。
「そのご都合主義が羨ましいよ」
逆に言えば、彼女を見て化物レベルの美人だと感じるのは、小太郎が少しずつこの世界に染まっているってことだと思うよ。小太郎って、ここがゲーム世界だってなんか一つ上から見下ろしてた感じだったからさ。
それが見てみなよ、このピュアピュアしい反応。
美的感覚は既にこの世界基準になってると言っていいだろうね。
「それならもう少しこう、スムーズに話すことはできんものかね」
そこは前世の記憶だとか経験があるからね。
普通よりも難易度高めになっちゃってるんだよ、きっと。
「なんだかなぁ。本来凄まじいアドバンテージとなるべきはずの前世の経験が凄まじいハンディキャップになるとかどんな嫌がらせだよ」
そこはもう愚痴を言っても仕方がないと思うよ。
それより、藤咲鏡花の攻略だよ。
どうするつもり? 話しかけることすら無理だなんて、正直始まる前から終わってるようなもんだけども。
「慌てるな。確かに今のところ藤咲鏡花とはろくに話も出来てないが、そこはあれよ、転生者たる俺の唯一の利点よ。今回はそれを駆使する」
と言うと?
「とにかく手あたり次第に話しかけまくる! そしてコンティニューを繰り返して、あの美人に慣れる! それしかねえ!」
まさかの脳筋攻略法。
恋愛ゲームとしては邪道極まるよ、それ。
「王道だろうが邪道だろうが、攻略さえすれば俺の勝ちだ。行くぜチノブ。俺の生き様、見せてやるよ」
生き様というよりも散り様を散々と見せつけられそうだけど。
そこからの小太郎は凄かった。
なんていうか……とにかく、色々と凄かった。
「あ、あの……! ちょっと……!」
「誰あんた? 気持ち悪いんだけど」
【GAME OVER】
「きょ、今日はいい、天気ですね」
「いきなり何? 気持ち悪い」
【GAME OVER】
「あ、ええと! じ、実は同じ学校に通ってまして……!」
「だから? 気持ち悪い奴」
【GAME OVER】
「そこのお嬢さん? ちょっと僕と食事でも」
「なんであんたと? 気持ち悪い」
【GAME OVER】
「俺は山田小太郎! お前の運命の相手だぜ!」
「普通に気持ち悪い」
【GAME OVER】
「っていうかお前ずっと気持ち悪がってるけど、牡蠣にでも当たった?」
「意味不明。気持ち悪い」
【GAME OVER】
怒涛。怒涛である。
小太郎は宣言通り、何度玉砕しようとも不死鳥の如く復活を遂げ、雑草の如くしぶとく、それでいてねちっこく、藤咲鏡花に果敢に挑むのだった。
最初こそ溜め息をつきながら話しかけていたが、圧倒的試行回数を重ね、徐々にではあったが、彼は比較的スムーズに話しかけられるようになっていた。
そして玉砕すること、実に37回。
一場面におけるゲームオーバー回数の新記録樹立した頃である。
ピュアピュアボーイであった小太郎もさすがに慣れ始め、藤咲鏡花という圧倒的美人オーラをものともしなくなった時、彼にある変化が起こっていたのである。
「あいつホントなんなんだよ!」
小太郎は、ブチ切れていた。
「いったいどんだけ気持ち悪いアピールしてんだよ! 胃にアニサキスでも飼ってるんじゃねえの!?」
ホントお手本のような逆ギレだね。
見ず知らずの異性がいきなり意味不明なことを言って来たら、そりゃ普通気持ち悪がるでしょ。
「でも少しは話聞いてくれてもいいんじゃねえの!? 取り付く島もないどころか近付いたら砲撃してくるレベルだよ!」
小太郎、意味わからんよ。
ちょっと落ち着きなよ。それは彼女のこれまでの経緯を考えれば当然とも言える反応だと思うよ。
「どういうことだよ」
いいかい小太郎。
これまで彼女に話しかけてくる異性ってのは、みんな彼女とお近づきになりたかったり付き合いたかったりと、下心丸出しで接近してきてるんだ。それを日々相手してたら、そりゃ冷たくもなるでしょ。
男なんてみんな同じ。みんな気持ち悪い。
そう思っても仕方ないんじゃないかな。
「そういうもんかね。モテる奴の気持ちはわからん」
でも逆に言えば、そういう先入観みたいなところに攻略の糸口があるような気がする。要するに、小太郎が他の男とは違うってのをアピールすればいいんだよ。そうすれば少なからず彼女も小太郎に感心を示すんじゃないかな。
「なるほど……」
彼女が必要としているのは、きっと理解者だ。小太郎が目指すのはその位置だよ。
……あとは言わなくてもわかるよね。
「わかってる。とりあえず、次はビシッと言ってやるよ」
うん、頑張って。
そして小太郎は、改めて藤咲鏡花の前に立った。
もはや最初の脆弱さはない。その目はぶれることなく真っ直ぐ彼女を見据え、その手は位置に迷うことなく強く握り締められていた。
鏡花は彼に気付く。
だが同時に、彼の並々ならぬ気迫めいたものにも気付いたようだ。これまで視線を送ると同時に冷めていた彼女の空気は、少しだけ、張りを維持していた。
「……あんたは?」
「山田小太郎。同じ学校の同級生……らしい」
「ふーん。あれ? でも……まあいっか。それで? 何か用?」
やはり鏡花の警戒心は強い。
当然だろう。小太郎は既に数十回彼女と対面しているが、それはあくまでも小太郎側だけの話である。鏡花にとっては、何度目であろうとも初対面でしかない。
しかし、小太郎はこれまでと違いとても落ち着いていた。
「藤咲鏡花、お前に、言いたいことがある」
「言いたいこと?」
すると彼女は、小さくため息を吐き出した。
またか――そう言わんばかりに。
「……わかったけど、場所くらい選んでよ。ここ商店街でしょ? 本当にこんなところでいいの?」
「お前さえいれば、それでいい」
「そう……。なら勝手にして。忠告はしたから」
どうやら彼女は周辺の目を気にしているようだ。
……いや、これは案外、小太郎を気遣っているのかもしれない。
もはや彼女の中で振ることは前提なのだろう。だからこそ、小太郎が恥をかかないように配慮した……というのは考えすぎかもしれないが。
いずれにしても、やはり彼女の牙城は固い。
小太郎は、いったいどうするつもりなのだろうか。
鏡花の視線が向けられる中、小太郎は、大きく息を吸い込む。
そして、その思いの丈をぶつけるのだった。
……いけ、小太郎。
「藤咲鏡花」
「はいはい、どうでもいいから早く――」
「バァァァァカッ!!」
「…………は?」
…………は?
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