超絶美少女絶対不可侵領域





 ここは小太郎の自宅。

 都内の住宅街に佇む、二階建ての一般的な家である。

 その居間のソファーで、小太郎は疲れ果てていた。


「解説ありがとうよ。結局何回ゲームオーバーになった?」


 17回だね。

 よくもまあ飽きもせずにゲームオーバーになったものだよ。


「飽きてるよ! もう飽き飽きだよ! だいたいゲームオーバーのなり方が雑過ぎるんだよ! なんだよ道端の蟻にビビッて倒れて頭打って死亡って! この世界の俺はこれまでどうやって生き延びてたんだよ!」


 小太郎のせいじゃないの?

 ゲームオーバーになり過ぎて、たぶんパターン尽きたんだと思うよ?


「いやでも、さすがにわかってきたよ。まずは……これホントクソゲーだよな! こんなクソゲーそりゃ売れねえよ!」


 売ることが目的ではなかったのであった。


 【GAME OVER】



「……と、こんな風にゲーム批判をすると制裁ゲームオーバーになる」


 順応し過ぎでしょ……。


「それと、色んな行動するにしても明確な目的がないと即アウトっぽいな」


 そうみたいだね。

 これまで何の目的もなく過ごして無様に死んだ小太郎にとっては過酷な毎日になりそう。


「お前覚えてろよ。……あと、もう一つわかったことがある。外歩いてて気付いたんだけど、この世界の通行人ってみんな顔に影がかかっててよく見えないんだよ。たぶんモブキャラはそうなってるんだと思う」


 そりゃ通行人の一人一人まできちんと顔の造形なんてしてたら時間がいくらあっても足りないからね。


「ゲームあるあるではあるな。逆に言えば、たぶんゲームの主要人物は顔がはっきりわかるはずなんだよ。だから探そうと思えば割と探しやすいと思う」


 探してどうするの?


「このゲームは恋愛ゲームなんだろ? だったら話は簡単だ。ヒロインだよ。俺このゲーム世界に入って、まだヒロインの一人として会ってないんだよ。だから話を進めるためには、おそらくヒロインを探さないといけないんだ」


 それは言えてるかも。ヒロインがいないと恋愛ゲームは成り立たないしね。


「そもそもだけど、ここまで来て未だヒロインが一人も登場していないって由々しき事態だろ。誰が好き好んで元引きこもり男と正体不明のナレーションのしょうもない会話を延々と見せつけられないといけないのか」


 そう簡単にヒロインにはたどり着かないっていう製作者の嫌がらせが垣間見えるね。


「というわけで、俺は今から俺のヒロインを探すために外に出る! 目的持って外に出るからな!」


 それ誰に宣言してるの?


「世界にだよ」


 そこだけ聞けばすっごいいいセリフに聞こえる不思議。

 そして小太郎は鼻息を荒くして外へと出る。

 これまでの流れからして、外へ出て早々にゲームオーバーとなっていたのだが……今のところその気配はない。


「順調……って言っていいのかね」


 いいんじゃないの?

 実際にゲームオーバーにならないんだし。


「やっぱり何か明確な目的がないとダメみたいだな。あとはヒロインを探せばいいだけなんだけど……」


 などと甘いことを考えてる小太郎は知らなかった。

 彼の苦労が、ここから始まることに。


「何勝手に不吉なこと言ってるんだよ」


 いやでもホント、小太郎、大丈夫なわけ?


「何が?」


 ヒロインとの会話。

 相手は仮にも恋愛ゲームのヒロイン張る美少女だよ? そんな子とのコミュニケーションは大丈夫なの?


「任せとけって。美少女って言っても所詮はゲームだしな。余裕よ余裕」 


 大丈夫かなぁ……って、あれ?


「どうした?」


 ほら、あそこ。

 商店街の中にいるあの子、顔に影がかかってない。


「え? ついにヒロイン発見か?」


 小太郎がその子の方に目をやると、彼の中の時が止まった。

 可憐だった。艶やかな黒髪に、しなやかな四肢。スタイルはモデルのように美しく、何よりもその顔である。やや鋭い切れ長の目に、薄い桃色の唇。見る者全てを振り返らせる程の超絶美人が、そこにいた。

 彼女が歩けば、世界は止まる。人も、車も、太陽すらも。

 ショーウィンドウは彼女の姿を幾重にもダブらせ、降り注ぐ光は照明のように彼女という存在を際立たせていた。

 ……ってことで、あの子は藤咲鏡花っていうヒロインなんだって。

 じゃあ小太郎、まずは声をかけてみて――。


「あばばばばばばばばばば……!!」


 小太郎!? 白目剥いてどうしたんだよ!


「な、なんじゃあの美人は……!!」


 いやだから、このゲームのヒロインの一人だって。

 つまりは小太郎の攻略対象だよ。


「こ、攻略!? 俺、あんな美人に声かけないといけないのか!?」


 正確には、声かけるどころか何とか好意を持たれないといけないわけだけども。


「こ、好意を!? 無理無理! 無理無理無理無理! 絶対無理だって!」


 今更何を言ってるんだよ。

 余裕じゃなかったの?


「あんな美人だなんて聞いてねえよ!」


 だから、それは説明したって……。

 さっきピーンと来た情報によると、彼女も小太郎と同じ紫桜館学園に通っていて、同級生みたいだよ。見ての通り超絶美人なうえに、成績は学年トップ、運動させればプロレベルという完璧超人だね。

 学校でも当然モテまくってて、入学してから既に19人から告白されてるらしいよ。もっとも、その全てを一刀両断で振ってるみたいだけど。

 付いたあだ名が『富士の鏡割り』。


「あだ名がクソダサい。それ絶対二度とストーリーに出てこないやつだろ」


 そこは製作者のセンスだから。

 ともかく、このゲームのメインヒロインは彼女って言えるね。表紙にだって一番大きく描かれてるし。


「な、なるほど。俺的には、あんな超美人に19人も告白してることにビビるけどな。俺無理っぽいもん。話しかけることすら躊躇うもん」


 実際のところ、藤咲さんって学校でいつも一人なんだよね。

 その理由は、まさに小太郎が言った通りだよ。誰も話しかけられないんだ。彼女の圧倒的なオーラみたいなやつのせいでさ。


「あれだな。美人過ぎて近寄りがたいみたいなやつか」


 言うなれば、超絶美少女絶対不可侵領域かな。

 とにかく、さあ小太郎。出番だよ。


「俺に行けって言うのか!?」


 行かないと話が進まないから。

 話が進まないってことは、この世界がずっとタイムリープするってことだから。小太郎一人のせいで。


「うぅ……わかったよ! これはゲーム! 所詮はゲーム! たかがゲーム! ……よしっ!」


 そう気合を入れる小太郎だったが、その動揺は誰の目から見ても明らかだった。

 所詮はゲーム、たかがゲーム。

 しかし、されどゲーム。

 彼は忘れていた。

 そのゲームの中の世界に、自分が転生していたことを。それ即ち、そのゲームの中こそが、彼にとって純然たる現実であることを。

 その認識の違いが、これから重く圧し掛かるのであった。


「嫌なナレーションしやがって……」


 いいからほら、さっさと行って。

 当たって砕けろだよ。


「砕かれる前提ってのがムカつく」


 ぼやきながらも小太郎は彼女に近付く。

 そして声を震わせながら、彼女に声をかけたのである。


「あ、あの……!」


「…………?」


 彼女は振り返る。振り返っただけである。

 それだけで、彼は心を鷲掴みにされていた。その視線に、表情に、彼の心は存分に震わされていた。


「い、いや……! えと……! その……!」


 あーあ、もう顔が茹でタコみたいに赤くなっちゃって。

 彼のタコ顔を見た藤咲鏡花は、一瞬で嫌悪感を覚えた。


「え? なに? 気持ち悪いんだけど……」


 汚物を見るかのような視線と素直な感想を残し、彼女は去っていった。

 残された小太郎は震えていた。

 超美人から本気で向けられた「気持ち悪い」という言葉の破壊力は、彼の心を粉砕しまくる。


「は、ははは……ははははは……」


 もう笑うしかない小太郎なのであった。


 【GAME OVER】






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