地の文担当チノブくん




 彼の名前は山田小太郎、16歳。

 都内に住む、ごく普通の少年である。


「なんかナレーションが始まったな……」


 唯一他の学生と違う点と言えば、小学校の時に両親が他界したくらいか。親族も遠方に住んでいる彼は、天涯孤独となっていた。


「設定が重い」


 両親が残してくれた遺産があったものの、家計は苦しかった。

 それを何とかやりくりしながら成長し、そしてこの春、彼は私立紫桜館学園高校へと入学した。


「家計が苦しいなら公立行けよ。わざわざ私立行くとかアホじゃん」


 私立紫桜館学園――。

 数千人の生徒が在籍する、都内屈指のマンモス高校。有名な進学校であり、各種スポーツの強豪校でもある。全ての基準が高く、その輝かしい栄光を数えればキリがない。

 そして小太郎は、そこへ入学した。

 彼は不幸であったが、人には言えない特技があったのだ。

 そう、彼は天才なのである。


「最初にごく普通の少年って言ってなかったっけ? 全然普通じゃねえよ。天涯孤独で天才とか、そんな普通聞いたことないっつーの」


 …………。


「っていうかここどこだよ。タイトル引っ込んだと思ったらまた真っ暗なんだけど」


 ……あー、ちょっと待って。

 すみません、ちょっとタイムで。

 あのー、さっきからうるさいんですけど。

 山田小太郎くん、ちょっと黙ってもらえます?


「え? 俺? もしかして俺の声聞こえてる?」


 聞こえてるっていうか見えてるんだけど。

 キャラが勝手に喋ると収集が付かなくなるんだから、ちゃんと決められた通りにやってくれません? そういうのホント困るんですよね。こっちはちゃんとしようとしてるのに、マジでムカつくんですよね。


「めっちゃ怒ってるよ……。っていうか、あんた誰?」


 僕? 僕は地の文ですけど?


「地の文って、あの小説とかゲームとかの?」


 そうそう。ゲームなら当然あるでしょうが。

 だから本来、僕が小太郎くんと会話するなんてありえないから。あっちゃならないから。登場人物と地の文が普通に会話するとか許されざる状況ですよ。もう無茶苦茶じゃん、既に。


「俺だってわけわかんないんだよ。そもそも、これってなに? ゲーム世界に転生したって聞いたんだけど、なんで自由に動けないの?」


 そりゃゲームの中ですから。

 主人公キャラがゲーム無視して勝手に動き回っちゃいけないでしょうが。


「いやいやいや。普通ゲーム世界に転生って言ったらさ、こう、ゲーム内の世界が忠実に再現された感じの世界になっててさ、そこで実際に自由に生活したり冒険したりするじゃん。転生ものってそういうものじゃん」


 それもうゲームじゃないでしょ。

 小太郎くんはゲームする時にわざわざその世界に入り込んでいるんですか? フルダイブゲームしたいなら、あと数百年待ってからにしてください。


「ちょっと待って! じゃあなに!? 俺、色んな意味で本当にゲームの中の主人公キャラになってるわけ!?」


 だからさっきからそう言ってるでしょ。


「あのクソ無能神! やっぱり無能神じゃねえか! ちょっとでも感謝した俺がバカだったよクソが!」


 あー、わかったんならいい加減少し黙ってもらえませんか?

 小太郎くんにも用意された台本あるでしょ? ちゃんとその通りにしてくださいよ、ホントに。


「台本とか知らねえよ! だいたい真っ暗で何も見えないから!」


 え゛っ!? 小太郎くん、セリフわからないんですか!? 何一つ!?


「わかるわけねえだろ!」


 ちょっとちょっと! これからどうするんですか!

 マズイですよ! よりにもよって主人公が全部のセリフわからないとか、マズイですよ! とんだクソゲーですよ!


「俺が知るかよ! 文句ならあの無能神に言えよ!」


 はぁ……仕方ありませんね。

 もういいです。僕が何とか誘導しますんで、その都度それっぽいセリフを言ってください。いいですか?


「あ、うん。すまん、助かる」


 ……話は逸れたが、とにかく彼は、高校生になった。

 通学路に植えられた桜並木は咲き誇り、まだ少し肌寒い風が通り抜ける度に桃色の花弁が舞う。それが雲一つない空に彩りを与え、まるで彼の入学を祝福しているように見えていた。

 春の美しい情景を前に、彼は思う。


「このゲームのタイトル、なんだっけ?」


 台無し! 台無しだよ色々と!

 ちょっと小太郎くん! だから勝手に話すのはやめてくださいって言ってるでしょ!?


「いやだって、タイトル覚えてないから……」


 ネバーエンディング・エターナルラブストーリー・フォーエバー!

 ネバーエンディング・エターナルラブストーリー・フォーエバー!

 ちゃんと覚えてください! 難しくないでしょ!


「意味不明なタイトル過ぎて逆に難しいっつーの。だいたい『終わりなき永遠のラブストーリーよ永遠に』ってなんだよ。どんだけ永遠を繰り返してるんだよ。ただの無限ループじゃん」


 それはゲーム作った人のセンスだから仕方ないの!

 

「あれ!? それよりさっきラブストーリーって言った!? ラブストーリー!? これってラブストーリーなの!?」


 もうなんなんですか! さっきからそう言ってるでしょ!


「違う違う! 俺が転生したかったのは俺tueeeeが出来るRPGゲー厶世界であって恋愛ゲー厶世界じゃないから!」


 ここにいて何を今更言ってるんですか。

 だいたい、それちゃんと言ったんですか?


「え?」


 いやだから、ちゃんと言ったんですか?

 俺tueeeeが出来るRPGゲームの世界に主人公として転生したいって。


「…………」


 言ってないんですか……。

 それなら何のゲームに転生するかは神様に任せた形になりますので小太郎くんが悪いですね。

 はい、この話はそれで終わりです。


「ぐっ……! っていうか、このゲームは何なんだよ! こんな胡散臭いタイトルのゲームなんて聞いたことないんだけど!」


 そりゃそうでしょ。

 このゲーム自体、相当昔に販売されたインディーゲームなんですから。知ってる人の方が珍しいですよ。しかも全くって言っていいほど売れてませんし。

 

「なんでそんなゲームをわざわざ選んだんだよ……」


 神様が選んだって言うよりも、ランダムにしたらこれになったってことじゃないんですか?

 小太郎くんの引き運の強さには感服しましたよ。


「うるせえよ! 俺、恋愛ゲームなんてやったことねえよ……」


 いやまあでも、考えようによっては運がいい方ですよ。

 どれほどマイナーでも、一応は恋愛ゲームなんですから。

 これがバッドエンドしかないような超グロテスクホラーゲームだったら、もっと悲惨なことになってたと思いませんか?


「それは……そうだけど」


 でしょ?

 だからあんまりグダグダ言ってないで、とっととクリアすればいいじゃないですか。

 クリアすれば神様だってまた出て来るかもしれませんし、その時にもっとちゃんとした世界に転生させてもらえばいいんですよ。


「そっか……そうだな。ちょっと俺、動揺してたよ。ありがとう、チノブ」


 いえいえ……って、チノブ? チノブってなんですか?


「え? だってお前、地の文なんだろ? 毎回地の文っていうのもめんどくさいから、略してチノブ」


 勝手に略さないでください!

 なんですかそのソシャゲに出てきそうな名前は!

 だいたい地の文は名前じゃなくて役職なんですよ!?


「別にいいだろ? 固いこと言うなよチノブ」


 やめてくださいよ! 地の文の役職上ほんとにそんな感じで受け入れることになるんですから!


「受け入れるならいいだろ」


 よくありません! あ、いけない! 衝動が!

 ……こうして僕、地の文は、チノブと呼ばれるようになったのであった。

 ほらぁ! ほらほらぁ!

 だから言ったじゃんこうなるって! 

 嫌だぁぁぁ!






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