寝すぎ51 ラスボス?撃破! 屈託なく笑い合う3人と、……そして黒の女神は降臨する。

 ――それはまるで、鏡合わせのように空中に浮かぶもう一つのプール。


「おお、オジサマっ……!?」


「ネル……おじ……!」


「さぁぁっ! いっくぜぇぇっ! パフっ! スピぃぃっ!」


 まるで敵役ラスボス然とした鬼気迫るネルトの号令とともに、ゆらと、ゆっくりと、そのとても球とは呼べないいびつで巨大な水のかたまりが――ネルトのつくりだした〈超々ヒュージ極々大ギガビッグ大水泡球アクアボール〉が娘姉妹へと向けて落ちてくる。


 ――あわてふためいていたのは、一瞬だった。


「スピーっ!」


「ん! パフねえ!」


 右手を、左手を、ぎゅうと姉妹が互いの手を握る。


 それはまさに、最適解唯一の答え


 自分一人では到底抗しえない脅威に向けて、両親を英雄冒険者に持った娘姉妹の類まれなる資質、才能がいまここに開花しようとしていた。


 それぞれが練り上げた魔力。それがおのが半身のごとく強い絆と結びつきを持ったパフィールとスピーリアの互いの肢体からだを行き来し、循環、増幅。


 同時に、まるで一つの統一された意思を持つ生きもののごとく、いやそれ以上の精度をもって魔力を超精密操作。複雑に構成されたこれ以上はないという極めて高度な魔導式を編み上げ――結実。


「いくわよ! スピー!」


「ん! パフねえ! せーの!」


 ひし、とつないだ手とは逆の、二人のもう一つの手のひら。


 そこに形成されるのは、触れたものを割れないようにそっとやわらかく包みこむ魔力の膜。そう。奇しくも先ほどネルトが形成したものと同じ。


 そして、さらに――


 バシャッ! と激しく水音を立て、互いの手をしっかとつないだまま、娘姉妹がその場で高く高く跳び上がる。


「「たああああぁぁぁっっ!」」


 ――する、魔力。


 名だたる英雄冒険者たちと同等以上の力を持ったいまのネルトですら先ほどは発想しえず、成しえなかった超々高度な術式を娘姉妹はその類まれなる資質と才能の開花をもって完成させ、そして。


「な、なああぁぁぁにぃぃぃっっっ!?」


 その落ちる超巨大な水のかたまりを驚愕するネルトへと向かってその反発の衝撃をもって二つの手のひらで押しかえす。


 ――だが。


「う、うおああああぁぁぁっっ!?」


「きゃあああぁぁぁっっ!?」


「んんんんんんうぅっっ!?」


 ――だがしかし。


 そもそも、なみなみと蓄えられたプールの半分以上もの超大量の水でつくられた〈超々極々大大水泡球〉の落ちる位置がほんの少ーしずれたところで、その結果に影響などほぼあるわけもなく。そして、当然同じプールの中では逃げ場などあるわけもなく。


 見事、敵役ラスボス・ネルトに直撃はしたものの、次いでその魔力コントロールを失った結果、その空中に浮かぶもう一つのプールが破裂して起きた圧倒的水量による激しい水の奔流の前に、勝者も敗者も関係なく3人とも仲よく呑まれるのだった。


 ガボボボボポポポ……ザッパァッ!


「ぷひゅっ! はぁっ、はぁっ……! お、お、オジサマぁっ……!」


「んぅぅっ! ぷぅ、はぁっ……! ね、ネル……おじ……!」


「ぶっはぁっ! はぁ、ぜっ、はあっ……! ぱ、パフ……! スピー……!」


 からくも浮上し息も絶え絶えの3人は、全身から水を滴らせ、しばし互いに眉をひそめ見つめ合う。


 ――が、やがて。


「ぷっ、あは、あはは……!」


「ん、んぷふ……!」


「へっ、へへへ……!」


「「「ふふふ、あははははははっ!」」」


 誰ともなくこらえきれずお腹の底からあふれだすように、おかしそうに3人で屈託なく笑い合った。


 ――ネルトは、満たされていた。


「あはは! もー! オジサマったら、やりすぎぃー!」


「んふふ。パフねえの言うとおり。ネルおじ、大人げない」


「ははは! いやー、悪ぃ、悪ぃ! ついつい熱くなっちまった! けど、まさか俺のとっておきのアレを返されるとは思ってなかったぜ! さっすがはハワードとフィーリアの娘た――いや、パフとスピーだなっ! 本当に頼りになるぜ!」


 じっと自分を見つめる娘姉妹を前に、思いなおし、ネルトは途中で言いかたを変える。


 それから、そっと寄り添うように近づいてきた姉妹それぞれの頭にぽん、と手のひらをのせてゆっくりとなでるとパフィールとスピーリアはそれはうれしそうに花ひらくように微笑んだ。


 ――ネルトはいま、満たされていた。


 一つは、昨日あのダンジョンで過去からのしがらみを自らのこぶしで完全に破壊して断ち切り、心の底から解放されたため。


 そして、何よりももう何一つ持たず、何一つ成しとげていなかった、どこか後ろめたかった昨日までとは違う。一夜明けたいまも各所で話題沸騰し席巻しつづける20年遅れてきた超新星配信冒険者と自分がなったいま。


 大手を振って娘姉妹と並び立てるようになった喜びと安堵に、ネルトはいま、心の底から満たされていた。


 ――だが、そこに。


 ガララ……!


 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。


 ネルトを揺るがす、かつてない脅威が現れる。そう。例えるならそれは――最大ラスボス級の。


 ままぷるぷるぷるむにゅにゅん。


「ふふっ。ただいま帰りました。パフ。スピー。それに、ネルトさん。なんだかとっても楽しそうですね? ふふっ。私たちも混ぜてもらってもいいですか?」


「ま、ママっ!?」


「フィーままっ……!」


「ふぃっ…………!?」


 現れたフィーリアが耳にかかる艶やかな銀の長い髪をつう、とかき上げる。そのしなやかな肢体からだに身にまとうのは、煽情的ながらも女神のごとき美しさを持った大人びた黒の水着ビキニ


 そして、先日昏睡から目覚め再会したときは衣服に覆われ隠されていた、20年の間に育ちに育っていた姉妹の母親フィーリアの黒のトップスからあわやこぼれ出んばかりの、パフィールとスピーリアを超える超弩級の過去最大級の


 その脅威を前に、ネルトは文字どおりプールの中で言葉をなくして立ちつくしていた。


 その至上の美の体現者と言える黒の女神が向ける蠱惑的な微笑みに、釘づけとなって。


 ガララ……!


 ぺた、ぺた。


 ――次いで入ってきた無二の親友の姿すら、すぐには目に映らないほどに。

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