寝すぎ43 親指立てのネルト。願いと望みは叶い――そして3人は一路奥へ。

 ピコン。


『チャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリン――』


 直後。


 まず鳴り響いたのは、思わず押した、といったタイミングのたくさんの応援課金音。


 次いで――


『き、き、キタァッッ!?』

『し、し、正真正銘本物の……!』

『さ、さ、親指立てサムズアップのネルトのな、生親指立て!?』

『REC! RECRECREC!』

『俺、いまこの瞬間をスマホの待ち受けにするわ……!』

『甘いな。すでに設定したぜ……! (ドヤァ)』

『いや、オレのほうが1秒早く設定したね……! (ドヤァ)』

『謎に競争してて草』


 ――いま観た光景への興奮冷めやらぬコメントが止まらない勢いで流れだした。


 それはまさに、先ほどリスナーたちが口にしていた未来の英雄たちを助けた、もうひとりの英雄、という言葉を証するにあまりあるもの。


 ――ところで、ネルト・グローアップという人間は元来うじうじと悩んだり、気持ちの落ちこみを引きずったりする性質たちにはない。むしろ基本的に細かいことは気にせず、目立ちたがり屋ですぐに調子に乗ってしまう性質だ。


 それはまさに、自身が瀕死にあっても、ドヤ笑顔で親指立て決めてしまうほどに。


 ――ゆえに。


「さて、と! 超盛り上がってるところに水を差して悪ぃけど、ここで親指立てのネルトから、あんたたちに告知とお願いだ!」


 ピコン。


『お、おお……! まさかのネルト本人がみんなオレたちが勝手につけた、親指立てのネルトって名乗ってる……!』

『す、すげえ……! さっきの生親指立てにつづいて、これまた歴史的瞬間じゃ……!?』

『パフちゃんとスピーちゃんのレア表情は観れるし、マジで最高のコラボ回じゃん……!』

『間違いなく伝説の神回……! これ、殿堂入り確定でしょ……!』

『あれ? でも、さっき思わず慟哭するくらいに恥ずかしくて気にしてたんじゃ……?』


「はは! 確かに最初は気にしてたし、さっきはマジで冗談抜きで恥ずか死ぬかと思ったぜ! けどまあ、よーく考えてみれば、いまさらだろ! ここで俺が気にしてたって、あの20年前のドヤ笑顔親指立てにいたる諸々をこの10年間、下手すりゃ何十億人とかに見られちまったって事実には変わらねえ!」


 そこでちらり、とネルトは少し離れてうしろに並んでじっと立つパフィールとスピーリアに目を向ける。


「さらに言うならよ! いまなんて、ほぼ20歳年下の親友の娘姉妹のパフとスピーに慰められて立ち直らせてもらった、できたてホヤホヤのなっさけねえところもあんたたちにはバッチリ観られてるしな! だからよ……! もう俺は、ふっきれたぜ……!」


 そこでネルトは、ビッとふたたび、撮影用ドローンに向かって親指を立てる。


「こうなったらとことん、その親指立てのネルトとしての知名度を利用してやるぜってな! パフとスピーのファンでリスナーのあんたたちも気づいてると思うけど、このあと俺はふたりに手伝ってもらって、このダンジョン内のある場所に着き次第、配信デビューする! それについてあんたたち、友だちとか知り合いにガンガン拡散してくれよ! なぁに、損はさせねえぜ? そうしたらよ……! 間違いなくあんたたちが観たくなる、すっげえおもしれえもんと! そして! いまのこれを遥かに超える最っ高の親指立てを俺が魅せてやるからよ!」


 ピコン。


『チャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリン――』


『お、おおおおおっ!?』

『な、なんつー激強メンタル……!?』

『さ、最初のガチガチな噛み噛み具合はどこいったんだ……? 配信冒険者になるために生まれたような性格じゃねえか……!』

『こ、これが親指立てのネルト……! この10年、何十億って人々を魅了した、生粋のエンターテイナー……!』

『お、俺……! 知り合いに拡散する……!』

『わ、私も友だちみんなにメッセージ送る!』

『よっし! 姉妹の配信と同時に観れるように、大至急もう一台モニター用意するぜ! 画面のデカいやつ!』


「おう! その意気で頼むぜ! あんたたち!」


 湧き立つリスナーたちと、その前で画面を通じてニカッと笑顔を浮かべるネルト。


 その光景は、ネルトが人々に受け入れ、認められ、そしてネルト自身もそれを受け入れ、認めた、まさにパフィールとスピーリアの娘姉妹が心から願い、望んだ姿そのもの。


 ――ようやく叶ったそれを見て、少しだけ肩の荷を軽くしながら、姉妹は心を新たに決意し、そっとネルトの両どなりへと歩みよった。


「ふふ! オジサマ! そうと決まれば、まずはあたしたちね! いいわね! あたしたちの力で、オジサマを必ずまで連れて行くわよ! スピー!」


「うん! パフねえ!」


「おう! 頼むぜ! ふたりとも!」


 ――そして、いまの一連の出来事で絆をより深く、確かなものとした3人は、一路ダンジョンの奥へと進むのだった。

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