寝すぎ42 そして、男は笑って右親指を立てた。……ありがとうな!

「あ……! オジ……サマ……!」


「ネル……おじ……!」


 3人で床に倒れたまま、左右の腕で真ん中のネルトがそれぞれに強く強く抱きしめ返すと、パフィールとスピーリアはうっとりと気持ちよさそうに赤と青の瞳を細めた。


 聞こえるのは、鼓動の音。感じるのは、やわらかな感触とあたたかな体温。


 いつになく、いつも以上にそれを心地よく感じながら名残惜しみつつ、それでも促すようにそれぞれの肩を軽くたたくと、ぱふすぴぷるにゅんとしたふくらみから体を離し、ネルトは立ち上がる。


 決然としたその顔には、茶の瞳には、万能究極化したスキル〈睡眠〉の〈睡眠時精神安定〉をもってしてもなお色濃く残っていた陰は完全にとりはらわれていた。


 ピコン。


『お、おさまった……? 終わった……? っていうか、結局いま何が起きてたんだ……?』

『えーっと、どう見ても普通の状態じゃないネルトが叫んで、ぶっ倒れそうになって……』

『かと思ったら、途中で踏みとどまって、そしたら、パフちゃんとスピーちゃんに倒されて、ぎゅうっとされて?』

『……わけわからん! 結局、はっきりしているのは、一つだけってことだな!』


 ピコン。


 それから、いままでとは調子の違うコメントが次々と連なって流れだす。いわく。


『うらやましすぎる』

『うらめしすぎる』

『あの、ぱふすぴぷるっぱいに体をむむにゅっとはさまれるなんて』

人類の半分おとこの夢を叶えやがって』

『パフちゃんとスピーちゃんをあんなに泣かせやがって』

『泣き顔超可愛かった……』

『REC』

『ふたりから慕われやがって』

『このネルト野郎!』

『どういう悪口なん? それ』


 そのリスナーたちのどこか間の抜けたやりとりに、覚悟に強張っていたネルトの顔がふっと緩んだ。それから、いまも空中に浮かぶフクロウ型撮影用魔導ドローンに向けて語りかける。


「……なんか、あんたたち。思ったより冷静だな? 俺が原因でパフとスピーのあんな場面見せちまったんだし、今度こそ炎上寸前も覚悟してたんだけど」


 ピコン。


『まあ最初に言ったみたいに、あんたがどこのウマの骨とも知れないただの年上のチャラ男で、突然目の前で姉妹とイチャイチャしだしたら、そりゃアレだけど』

『あの親指立てサムズアップのネルトだもんなぁ』

『マジでカッコいいよな……! あれ……!』

『小等部のころ、真似してたわぁ』

『それにふたりにとっちゃ、両親の命の恩人だし?』

『っていうか、そもそもあんたがかばってなけりゃ、パフちゃんもスピーちゃんも生まれてないし?』

『そういう意味だと、オレたちにとっても恩人だし?』

『あの至高のぱふすぴぷるむにゅんっぱいを観る権利をこうして俺たちに与えてくださり、ありがとうございます……!』

『いつも癒されてます……!』

『可愛いくて仲睦まじい姉妹の配信を観るのがマジで生きがいです……!』

『今日はネルトさんのおかげでふたりのレアな表情がいっぱい観れて録れて画像フォルダがウハウハです……!』

『ってわけで、まあ妙なこと言ってるやつもいるけどさ』

『ネルトさん。あんたが思ってるより、あんたは認められてるし、愛されてるんだよ』

『そうそう。未来の英雄たちを救ったもう一人の英雄、ってな!』


 その、さっき姉妹からも聞いた、まだまるで実感の湧かない自分自身を指ししめす言葉を聞いて、思わずネルトはぷはっ、と吹きだした。


 そして、ネルト自身はごく自然に――彼らのすべてファンとリスナーが心の底から願い、望むとおりの行動をする。


「みんな! ありがとうな!」


 ――そう言ってネルトは、ニカッと笑って撮影用ドローンに向けて右親指を立てサムズアップしたのだった。

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