寝すぎ31 A級装備試着と、規格外。――かっこいい……!

「みなさま。たいへんお待たせして、誠に申し訳ありませんでした」


 VIP会員エリアに戻ってくると、初老の執事はそう言ってネルトたちに恭しく頭を下げた。


「……んむ! いえ。大丈夫よ。気にしていないわ」


 もちろん、大して待たされたと思っていないネルトたちはまったく気にしておらず――ちょうどジョッキの中の生搾りジュースのおかわりを飲み終わったパフィールが代表で、けぷ……と思わず可愛い息が出そうになったのを抑えつつ、ぱふっと澄まし顔でそう伝える。


 一方、3杯めのおかわりを飲み終えた妹のスピーリアは、4杯めを要求しようかと腕を組んでしばし逡巡したのち。


「…………ん」


 すっかり、たぽたぽになったお腹を制服ごしにさすりながら、さすがに飲みすぎだといまさらながらにこくこくとうなずき、すぴっと自重することに決めたのだった。


「そう言っていただけると助かります。では、ネルトさま。ご起立願えますか? それから申し訳ありませんが、少々お手を」


「ん? こうか? うわっ!?」


 恭しく頭を下げた初老の執事と、立ち上がり差し出したネルトの手のひらが軽く触れ、かあっと光を放つ。


「ありがとうございます。ただいま店舗内限定かつマスターである私の立ち合いを条件として、私の個人収納空間ロッカーのサブ使用権限をネルトさまに付与しました。現在、4点のいくさ手甲と戦脚甲が保管されておりますので、どうぞ順番にお試しください。「装着」と告げる、あるいは念じていただければ、いずれかの品が自動で順番に装着されますので」


 それは、即座に戦闘体勢に移れるように先人の試行錯誤の末に整備された現在の個人収納空間の基本仕様。


 もちろん意識すれば装着せずただ取り出すこともできるが、あえてそれには触れずに初老の執事は恭しくネルトに促す。


「えーっと、こうか? ……装着! おおっ!」


「わぁ、オジサマ……!」


「ネルおじ……!」


「「かっこいい……!」」 


 ――そして、黄色い声を上げうっとりと頬を染めて見惚れる姉妹を観客とするネルトの装備試着ファッションショーがはじまった。


 まず最初に試着したのは、A級品の赤竜鱗甲。名前のとおりに、ダンジョンの魔物である赤竜の鱗を材料にしているため固く、そして。


「うおっ!? 燃えっ!?」


「一定以上の魔力を通すと赤熱するのがこの品の最大の特徴となっております。同じく、以前当店でご購入いただいたA級品のパフィールさまの炎をまとう剣・ほむらとやや性質が似ておりますね。こちらにおいては最大威力で使用すればその四肢は、まさにあらゆるものを貫き引き裂く赤熱する竜の爪と化すでしょう」


 次もA級品で、魔導巨人甲。古代文明の巨人型魔導兵器の残骸を素材とし、魔力を圧縮噴射してパンチの破壊力を飛躍的に増す巨人型の強力な魔導機構を人間サイズで再現してあるらしい。


 ……ただし、それに耐えうる屈強な肉体でないと反動でダメージを受けること必至ということで、たぶんイケると思うけどなぁ……? と思いつつも、ネルトはこの場でその機構を試すのはやめておいた。


 3番めもA級品で、金属性素材のその名も千人甲。だが。


「「わあぁ……! かっこいい……! けど……?」」


「なんか地味……だな……?」


 これがA級品? 前2つに比べて、何か……? とこれといった特徴のないそれに姉妹とネルトがそろって首を傾げる中、初老の執事がかぶせるように説明をはじめる。


「こちらの千人甲は、極限まで金属性素材を圧縮して作成されており、なんとその名のとおり、これ一つに一階の通常エリアで販売されているC級品のもの千個分もの素材が使われております。紛れもなくA級にふさわしい一品です。……地味ですが」


 擁護しきれずに、結局最後は地味と認めてしまった初老の執事。頑強なこと以外に特徴は特になく、強いて言えば特殊な素材を使用していないため、その気になれば量産も可能という点だろうか。……地味だ。


「よし! 次で最後だな! 装着! ……は? なんだ、これ?」


「「はんとう……めい……?」」


 お腹のたぽたぽ感も少しおさまってきたし、またこの美味しい生搾りジュースおかわりしようかなぁ? ……と、そろって口から出る言葉がひらがなになるくらいに、ぱふすぴっと姉妹が集中していないときに、それは起こった。


 鷹揚にうなずきながら、初老の執事が説明をはじめる。


「それは、自在創造甲マテリアル。通常の級の判定ができない規格外の変動級の品になります。使いかた次第では、まさにその名のとおり無限の可能性を持つ一品です」


「む、無限の……!?」


 手を覆うように装着された、半透明の材質すらはっきりとしない物体をまじまじと見ながら、ネルトはそうつぶやいたのだった。


 ――いまはまだそうとは知らない、数々の伝説をこれからともに創ることになる自らの相棒に向かって。

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