寝すぎ30 SーVIP会員と、ネルトの選んだ武器類。……ふむ? せっかくなので、この品も持っていきましょう。

「本日は途中から歩いて来られたと言うことであれば、喉がお乾きでしょう。よろしければ、こちらを。パフィールさま。スピーリアさま。お連れさまのネルトさまも。ささ、遠慮なさらずに、どうぞ」


「ええ。ありがとう。いただくわ」


「ん」


「と、ども〜……!」


 高級ホテルのラウンジと見紛うばかりの部屋の中。豪奢かつふかふかのソファに優雅に脚など組んで座りつつ、細長いグラスに入った冷えた生搾りのジュースを姉パフィールはくい、と傾ける。


 その姿は、どこから見てもどこに出しても恥ずかしくない完璧なセレブそのものだった。


 ――こいつ。本当にさっき公園で俺にあの超子どもじみたいたずらを仕掛けてきたやつと同一人物か?


 などと半ば本気でいぶかしみながらも、喉を潤すその生搾りジュースの美味さと瑞々しさにネルトはようやくひと心地つき、落ち着きを取り戻した。


「……ん。これ、美味しい。おかわり」


 いつでもどこでもマイペースな妹のスピーリアは、いつのまにかすでにグラスを空にして、すぴっとおかわりを要求していた。


「して、本日はその他の武器類をご覧になられたいとのことですが、どのような品をご用命でしょう?」


 姉妹が使う剣や、あるいは槍、斧、弓といった使い手の多い言わばメジャーな武器類とは違い、使い手の限られたマイナーな武器類は、まとめてその他の武器類として扱われる。


 特に、一階の大衆向けフロアならばともかく、一般には情報すら公開されておらず、ごく限られた人物しか立ち入りできない地下のVIPフロアでのその他武器類フロア。


 そこにVIPの中でもさらに特別なSーVIP会員が訪れることなど極めて稀で、内心では緊張にその身を強張らせつつも、しかしそれをまったく表には出さずに、初老の執事は恭しくそう問いかける。

 

 いつのまにかおかわりが3杯めになり、ついにジョッキで持ってこられるようになった生搾りのジュースをんくんく、と美味しそうに飲む妹をパフィールは横目でちらりと見ながら、自身はセレブ然としてゆっくりと味わうように飲んでいた中身を空にすると、グラスをカツンとテーブルの上に置いた。


いくさ手甲と戦脚甲をお願いできるかしら? ここにいるあたしたちのオジサマの希望なの」 


「……かしこまりました。では、何点か見繕わせていただきますので、少々お待ちくださいませ」


 戦手甲と戦脚甲。それは、戦と名のつくとおり、本来は防具である手甲や脚甲を武器として耐えうるように強化したもの。


 人間よりも遥かに強靭な体躯を持つ魔物などを文字どおり殴り蹴ることで、粉砕し貫けるように。


 ――ネルトは、こう考えていた。


 ……いまから、ちまちま剣術だのなんだの習うのは、はっきり言ってめんどくせえ! 決闘では、ほぼ純粋なパワー勝負だからなんとかなったけど、長年鍛えつづけてきたハワードたちにいまさら剣で追いつける気も正直しねえしな!


 ならよ……! 英雄冒険者並だっていうこのあふれる超パワーで! 手っ取り早くぶん殴って蹴っ飛ばしちまえばいいじゃねえか! 魔物だろうが、超古代文明の魔導兵器だろうが、犯罪冒険者どもだろうが!


 それに、剣士ならすでに俺を手伝ってくれるって約束してくれた仲間がここにいるしな! 可愛くて頼りになって、とっても可愛いやつらが二人もよ!


「どうしたの? オジサマ?」


「ん?」


「いや、なんでもねえよ? あらためて、ふたりとも可愛いなぁって思ってただけさ」


「も、もう……! 何言ってるんだか……!」


「んふふ」


 結局、妹の飲みっぷりを見ていたらパフィールも我慢できなくなって、姉妹そろっておかわりのジョッキを傾けながら頬を赤らめるのをネルトが見つめるそんな甘酸っぱい? やりとりをよそに――



  *



「よりにもよって、戦手甲に戦脚甲をご用命とは。少々困りましたね。やはりですが、品数があまりありません。まさかSーVIP会員さまに、半端な質の品はお出しできませんし。あの方々のお目に叶うA級品と言えるのは、なんとかこの3点。……ふむ? それと、これはX級ですか。せっかくなので、変わり種としてこの品も持っていきましょう」


 ――ネルトたちと姉妹がくつろぐVIP会員用スペースとはフロアの真逆に位置する地下3階武器保管エリア。


 誰でも手に取れ触れる大衆用の武器が並ぶ一階とは異なり、一品ごとに魔力強化ガラスケースに納められた武器類を開錠し丁寧に取り出すと、初老の執事は店内に使用権限を限定された個人収納空間ロッカーへと次々と目当ての品を納めていく。


「ふむ。では、行きましょう。……おや。私としたことが、お客さまを5分もお待たせしてしまいました。やはり久方ぶりの接客とあり、少々緩んでいるようですね。これ以上の粗相のないように、あらためて気を引き締めねば」


 そうして、懐から取り出した懐中時計をパチリと閉ざすときびすを返し、武器保管エリアを登録魔力で施錠する。そして、初老の執事は足早にVIP会員用スペースへと戻っていった。


 ――その個人収納空間の中に、やがてその名を世界に驚かせることになる未来の英雄冒険者を象徴することになる、まさにの武器を持って。

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