寝過ぎ8 親友夫婦との別れと……そして、手袋は投げられた。

 ガラッ。


「おや? なんだか、いま僕の話をしてなかったかい? パフ。スピー。気がきくとかきかないとか?」


「ふふ。なんだかにぎやかで、いいですね」


「パパ! ママ!」


「ハワぱぱ! フィーまま!」


「ハワード! フィーリア!」


 病室の横開きの扉を開けて入ってきたのは、パフィールとスピーリアの姉妹ふたりの父親にしてネルトの親友ハワードと母親のフィーリア。


 防音がほぼ完璧なこの最上級個室の会話を部屋の外からわずかながらも拾えているのは、いまも世界最高クラスである、かつて〈第一の果て〉に到達した英雄冒険者であるハワードの実力を如実に表していた。


 そんなハワードとフィーリアに、3人は三者三様に呼びかける……が、不意にそれに気づいた娘姉妹ふたりの表情がくもった。


「あ……パパとママがその外套を着てるって、旅装……よね? じゃあ、もしかして……」


「ハワぱぱとフィーまま、またあっちに行っちゃうの?」


 近づいてきたすがるような表情の娘二人にハワードは少しだけすまなさそうに微笑み、手袋をつけた手でそれぞれの頭にポン、と優しく手を置く。


「ああ。すまない。パフ。スピー。どうやらニオ会長のスキルでずっと調べていた〈第一の果て〉の黒い魔力嵐の先、未踏領域について新たな観測結果が出たらしい。早急に対応を幹部で協議したいそうだ」


「ええ。幹部は可能なかぎり、火急的速やかに帰参せよ、との命です。本当にごめんなさい。ふたりとも。せめてあと数日は、こちらにいられると思っていたのだけれど……」


「……大丈夫よ! パパ! ママ! お仕事がんばって! それにあたしたちだって、もう学校卒業して一応、まだ暫定だけど大人なんだし……!」


「ハワぱぱ。フィーまま。だいじょうぶ。いずれ、わたしとパフねえから会いに行く。それに、今日からはネルおじもいっしょ。さびしくない」


「ああ、パフ……! スピー……!」


 瞳をうるませた母フィーリアが姉妹ふたりをぎゅうっと優しく包みこむ。


 少しの間、その様子を目を細めて眺めていた父ハワードは、やがて親友のネルトに向き直った。


「というわけで、ネルト。すまないが僕たちはこれで。退院おめでとう。あとのことは、娘たちにまかせてあるから、遠慮なく頼ってくれ。もちろん、僕にもいつでも連絡してくれてかまわない。……へえ? 君に頼まれて用意したその格好、なかなか似合ってるね。やっぱり、冒険者に復帰するつもりかい?」


「おう! ハワード! ありがとな! へへっ! 見てろよ! すぐにでも俺は、大金持ちで超モテモテ超人気イッケメン配信冒険者になって――」


「そうか。なら!」


 パシッ。


「……ふーん? なんか豪奢な外套を着た旅装とはいえ、部屋の中で手袋なんかして妙にカッコつけてんなぁと思えば、こりゃなんのつもりだ? ハワード」


 そう問いかける受け止めたネルトの手には、手袋。いまハワードが外し、ネルトに向かって投げつけたばかりの左の手袋。


「はは。こんな機会は滅多にないからね。せっかくだから、古式ゆかしい作法にのっとってみたまでさ。……ネルト・グローアップ! 僕、ハワード・ピースフルは君に決闘を申しこむ! 冒険者として復帰するなら、いまの君の力を! パフとスピーを、僕の可愛い娘たちを託すに値するか、確かめさせてもらおう!」


 そうまっすぐに指を差し、言い放つハワードの青い瞳には、静かに熱い闘志が燃えていたのだった。


「ちょっ……!? パパっ!?」


「ハワぱぱっ!?」


「……はあ?」


 ――頬を染めて驚きの声を上げる娘姉妹と、まだいろいろとピンときてない、いまだ首を傾げるネルトをしり目に。

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