寝すぎ9 激突。先手必勝だっ! 死ねぇっ! から始まる超パワー決戦。

 病院の屋上。相対する二人の男を高く昇る太陽が照らしていた。


「へっ……! 20年ぶり――いや、初めてか? まさか組手や鍛錬とかじゃなく、こうしておまえと決闘する日がくるとはよ! ハワード!」


「はは! そうだね! ネルト! 僕も思っていなかったよ! それも――僕とフィーリアの可愛い娘たちを親友の君に託せるか、確かめるためになんて!」


 ヴンッ!


「うおっ!?」


 ハワードの所有する個人収納空間ロッカー。相対するネルトの目からは、虚空からハワードが同じ型の長剣を2本引っぱりだす。


 ヒュッ……!


「もちろん斬れないように、どちらも特殊な魔力でコーティングはしてある! けど、あたりどころが悪ければ、骨の2、3本は折れてもおかしくない! それでもいいかい? ネルト!」


 バシッ!


「へっ! そりゃ、いろいろと便利な技術ができたもんだ! ああ! いいぜ! 20年ぶりに目覚めた俺がこの〈睡眠〉スキルでどれだけ強くなったか、存分に試させてもらおうかぁ!」


 相対する二人は、見ための年齢に違いこそあれど、もう立派な成人だった。


 だが、その瞳は少年の日のようにキラキラと輝いて見える。


 15歳から20年眠っていたネルトの茶の瞳だけでなく、一家の長となり、父となったハワードの青い瞳も。


「パパ……! オジサマ……!」


「ネルおじ……! ハワぱぱ……!」


「ハワード……! ネルトさん……!」


 魔導具で創った簡易的な防御結界の中。固唾を飲んで二人を見守るのは、ハワードの3人の家族たち。


 妻フィーリア、娘姉妹の姉パフィールと、そして妹のスピーリア。


「フィーリア! 合図を頼む!」


「はい……! ハワード……!」


 フィーリアの手がまっすぐに上へと伸び、そして。


「――始め!」


 ままぷるるん、とふたつのふくらみが揺れるとともにまっすぐに振り下ろされた。


「おおおっ! 先手必勝だっ! 死ねぇぇっ!」


「えええっ!? オジサマっ!? いまパパに向かって死ねって言ったぁぁっ!? 親友でしょぉぉっ!?」


 開始と同時に斬りこんだネルト。力まかせに振るったその一撃は、雄叫びとパフィールのツッコミとともに――


「ぐうぅっ!?」


 ――正面から受けたハワードをその体ごとはじき飛ばす。


「お、おおおっ!?」


 だが、その結果に驚いたのは、当のネルトも同じだった。思わず勢いあまって、その場でたたらを踏んでしまう始末。


 ――ま、マジか……!? すっげえ強くなったとは思ってたけど、寝ながら映像で観たあの意味わかんねえくらいバッタバッタと魔物をなぎ倒して活躍してたいまのハワードをこんなにあっさり……!?


「はは……! やるね……! ネルト……! なら、次は僕も本気を出そう……! スキル〈肉体活性――剛・柔〉!」


「うおっ!?」


 はじかれた距離を一瞬でつめたハワードの剣を今度はネルトが受け止める。


「へ、へへっ……! さすがにそこまで甘くはねえよなぁっ! おおおっ!」


 つばぜり合いから、互いにはじいてふたたび全力で打ち合う。


「はああああぁぁっ!」


「おおあああぁぁっ!」


 そのくり返しは、やがて二人の間で荒れくるう剣戟の嵐となった。


「お、オジサマ……!? す、すごい……!? 出力まかせで未熟なあたしと違って、長年の修練で完璧に最適化された〈肉体活性〉を使ったパパと互角だなんて……!?」


「ん……! むしろ、ネルおじのほうがわずかに上……! ハワぱぱは地力で劣る分、剣技の差でなんとかしのいでるから、ほとんど精神的な余裕がない……! けど、その高い能力でゴリゴリ押してるだけのネルおじは、むしろどんどん精神的に勢いづいて……!」


「じゃ、じゃあ……!? このままオジサマが、もしかしてパパを……!?」


「いいえ。まだです。パフ。スピー」


 ギィィィンッ!


「くっ……!?」


「ちっ……!?」


 ひときわ力をこめた渾身の一撃を放ったふたりは、互いにはじきあい距離をとった。


「は、ははは……!」


 不意に、ハワードが楽しそうに笑いだす。


「もうこれで十分、本当はそう言いたいんだけどね……! まさか、20年ぶりに君と打ち合うのがこんなに楽しいなんて……! はは……! ネルト……! 最後に、僕のとっておきの切り札、受けてくれるかい?」


「へっ……! なんだよ! まーだ出し惜しみしてやがったのかぁ? いいぜぇ! 来いよっ! ハワードっ!」


「ありがとう……!」


 右下段、やや前傾に剣をかまえなおしたハワードを赤い瞳で見つめ、妻のフィーリアはつぶやいた。


「パフ。スピー。ふたりとも、いち冒険者としてよく見ておきなさい。本当に滅多に使うことはない、あのひとの切り札を」


 すぅ……と、ハワードが呼吸を整え、完全に止める。


 ――そして。


「〈肉体活性――瞬・極〉!」


「なぁっ!?」


 影がブレた。そう思った瞬間には、すでにハワードは沈むようにしてすぐ目の前に。


「はあああぁぁっ!」


 そのまま両手持ちで、下からすくい上げるような一撃を見舞う。


「こぉなぁくっそぉぉっ!」


 驚くべき超反応で、ネルトはとっさに同じく両手持ちで全力で上からたたきつける――も、その鋭い一撃に手からはじき飛ばされ、剣が宙を舞った。


「終わっ……!?」


 ――だれかがそうつぶやいた瞬間。


「うっおおおおおっ!」


 雄叫びを上げ、ネルトが動いた。はじかれた勢いのままギュルリと回転し、そして――


「パパっ!?」


「ネルおじっ!?」


「ハワードっ!?」


 ――ピタリと、親友の顔面の寸前でその右こぶしが止まる。


「へっ、へへ……! マジでギリギリ……だったぜ……! けど、ハワード……! これで……!」


「ああ……! 君の……!」


 ――ネルトの全力を受け、振り上げ痺れたままの手から、カラン、と剣がこぼれ落ちる。


「ネルトの……勝ちだ……!」


 かつての英雄冒険者ハワード・ピースフルはそうつぶやいた。


 ――自らの全力を破られ、少しだけ悔しそうな、けれどどこか晴れやかな笑顔のままに。

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