寝すぎ7 ネルトの野望! 大金持ちで超モテモテ超人気イッケメン配信冒険者に、俺はなる! ……イケ、メン?

 最高級の病室の中、立てられた衝立の向こうでネルトはごそごそと動いていた。


「で、今日退院で、住むところはあたしたちの家だからいいとして。オジサマったら、今後のことは何か考えてるの? 何の職につくかとか。ああ見えてパパって冒険者協会のけっこう偉いさんだから、どこか紹介してもらう?」


「ネルおじ。だいじょうぶ。ちゃんと考えてある。ネルおじが就くのは、疲れて帰ってきたわたしの話を聞いてうんうんって相槌を打ったり、おひざの上にのせてくれたり、頭をくしゃくしゃってなでてくれたりする仕事。だいじょうぶ。こう見えてお金なら、わたしちゃんと持ってる」


「って、スピー!? それ、あんたのヒモ!? しかも条件ゆるすぎない!? せっかくがんばっていまの時代の一般常識覚えて立派に社会復帰しようとしてるオジサマの邪魔しようとしてんじゃないわよ!?」


 少し頬を染め、ちらちらと衣擦れの音がするその向こう側を気にしながら、衝立の前に背中を向けて並んで立つ姉パフィールと妹スピーリアは、そんな冗談とも本気ともつかないやりとりをくり広げていた。


「おう! 良さげな提案に、魅力的なお誘い、ありがとよ! パフ! スピー! けど、大丈夫だ! さすがに住むところだけじゃなく、働き口まで世話になるってんじゃ、俺の男がすたるってもんよ! ちゃーんと考えてあるぜ!」


 ガラッと衝立が開き、着替え終えたネルトが姉妹の前に姿を現す。


 そのまま、100台のスマホとともに姉妹の父ハワードに用意してもらった、以前15歳のときに着ていた軽装の冒険者服に似せた服を身につけた見ため25歳を自称する茶髪くせっ毛のネルトは、ビッと右手の親指で自分自身を指ししめした。

 

「ふっふっふ! 聞いて驚け! パフ! スピー! この俺、20年ぶりに目覚めた超新星! ネルト・グローアップがなるのは――なんと、配信冒険者だ!」


「「…………」」


 渾身のドヤ笑顔をするネルトは、姉妹のしーんとした雰囲気に気がつかずに、今度は懐からゴソゴソととりだしたスマホを左手で掲げ、続ける。


「いやー、それにしてもすげえよな! いまのこの〈果ての先〉って時代は! ダンジョンを単に冒険するだけじゃなく、その様子をこのスマホで配信するのが超一大人気エンタメで金を稼げるようになってるなんてよ! 20年前じゃそんなの考えられねえぜ! ならよ……! いっちょなるしかねえじゃねえか! 20年の眠りから覚めて超すげえ〈力〉を手に入れたいま! 人生一発大逆転! 大金持ちで超モテモテ大確実の超人気イッケメン配信冒険者によ!」


 スマホを持ったのとは逆の右手で姉妹に向けてふたたびドヤァ笑顔でキラッと歯など輝かせ親指を立てるサムズアップするイッケメン? ネルト。……イケ、メン?


 それを見た姉妹は、ひそひそと声を立てる。


「……ねえ? どう思う? スピー? オジサマったら、とぼけてるのかしら? それとも、昨夜寝てるときにあれだけ動画観ておいて、あたしたちのこと本当に気づいてないと思う?」


「ん……。たぶんだけど、パフねえ。わざと見せなかったんだと思う。ハワぱぱが。たぶんこんな感じ……ん、ん!『うん。ぜひとも僕の親友に見てほしい、可愛くて愛らしくて可愛い娘たちの成長記録とかはともかく、やっぱりこういうことは本人から伝えるべきだよね。だから、このあたりの最近の動画はナシにしよう!』って」


「あー、なるほどね! すっごくありそう! もう、パパったら、気がきいてるんだかいないんだか……」


 微妙に似てるんだか似てないんだかな父ハワードの声真似をしつつそう答えた妹のスピーリアに姉のパフィールは納得したようにポン、と手を打った。


 ガラッ。


「おや? なんだか、いま僕の話をしてなかったかい? パフ。スピー。気がきくとかきかないとか?」


 と、そこにガラリと扉を開け、まるでしめし合わせたかのようなタイミングで当の張本人、姉妹の父ハワードが現れた。


 ――昨日とは違う豪奢な外套を身につけた、威厳のある妙に物々しい格好で。

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