寝過ぎ6 一番大切で、一番大事。……だから、ちょっとだけいたずらっぽく。

「はいはい。寝ている間に100台を超えるスマホを全部違う情報で超高速再生して、オジサマが寝ていた間のこの20年の知識を昨日一晩でだいたい全部覚えたって? すごいすごい。ねえ、それよりオジサマ? 昨日、栄養補給の点滴とっちゃったから、そろそろお腹空いてない? リンゴでも食べる? 遠慮しなくていいわよ? あたしがいくらでも剥いてあげるから」


「って、おいおい!? パフっ!? まるで信じてねえな!? いやいや、マジなんだって! スピーも!」


「ふーん? オジサマがそんなに言うんなら、テストしてあげちゃおうかしら? じゃあ、まず――」


 ベッドに上半身を起こした20年ぶりの渾身のドヤ笑顔アンド親指立てサムズアップが不発した部屋の主ネルト。


 そのベッド左となりに座る、まるで信じていない呆れた顔の親友の娘姉妹の姉パフィール。


 逆の右となりに座る、きょとん、ぱちくりと目を瞬かせるその妹のスピーリアの3人だけがいる病室の中。


 軽い気持ちで自慢のゆるく巻いた金のツインテールを指でいじりながらはじめた姉パフィールのその質問。


 だが、くり返すたび、ネルトがすらすらとよどみなくドヤ顔で答えるたびにパフィールの顔はどんどんと険しく、曇っていった。


 ――パフィール自身でも、はっきりとわからない焦燥のままに。


「ネルおじ……! すごい……! 天才……! すごい……!」


 一方、逆のベッド右となりに座る妹のスピーリアはとことん無邪気だった。


 ネルトが正解するたびに青い瞳をキラキラと輝かせ、パチパチと一生懸命に手を叩き、そのたびに見事に育った白い制服に包まれたふたつのふくらみを、すぴむにゅと無邪気に震わせる。


 当然のようにネルトはその様をじっくりねっとり、ほー、へー、おお……! と目で堪能していたのだった。


 だが、憔悴する姉パフィールにその妹に向けられた視線に気がつく余裕はない。


 ――これじゃあ、あたしがオジサマのそばにいる意味なんて、ないじゃない……!


 ぎっちりと詰めた荷物、昔パフィール自身が通っていた学校で使っていたマーカーや書きこみが入れられた教科書が詰まった肩かけカバンをうつむき、うつろな目でパフィールは見つめる。


「じゃあ、ネルおじ。今度は、わたしから、いい?」


「おう! スピー! なんっでも答えてやるよ! この20年ぶりに目覚めた世紀の大天才ネルトさまが!」


 無邪気に褒めたたえる妹スピーリアにのせられて、だいぶ増長してドヤァと鼻を高くしたネルトがドン、と厚い胸板を叩く。


「じゃあ、わたしと、パフねえが卒業した学校の名前は?」


 ――は? 何言ってるのよ? スピー。そんな個人的な質問、20年寝てたオジサマが答えられるわけ……。


「おう! この病院がある俺たちがいまいるこの20年で急速発展した新大国エスカレカの首都エスカにある国立エスカ学園だな! 6歳からの小等部、12歳からの高等部ともふたりとも冒険者養成コースだ! 姉妹それぞれ小高ともに主席卒業だっていうから、本当にすげえよな! パフも! スピーも!」


「んふふ! そう! パフねえもスピーも学校すっごくがんばった! ネルおじ、ほめてほめて!」


「おう! えらいぞ〜! スピー!」


「ん〜!」


 毛繕いをされる子猫よろしく、銀色の髪をくしゃくしゃになでられて気持ちよさそうにスピーリアはその青い瞳を細める。


 一方、パフィールは浮かんだ疑問をそのままに、思わず口からこぼしていた。


「え……? なん……で……?」


「ん? なんでって……パフ、さっきから言ってるだろ? 覚えたからだよ! えーっと、確か……これとこれと……あと、これか!」


 ベッドの枕もとの辺りをゴソゴソと探るネルトは、すぐに停止した3台のスマホを探しだし、タタタっと再生ボタンをおした。


 すると――


 それぞれのスマホから超高速で別々の映像が再生される。


「こ……れ…………!?」


 一台のはじまりは、笑顔。まだ幼いパフィールとスピーリアが入学し、さまざまな困難に立ち向かい、学園管理のもとに冒険し、そして成長し卒業する記録。


 一台のはじまりは、泣き顔。生まれたばかりのパフィールがすくすくと育ち、やがて妹スピーリアが産まれ、父ハワードや母フィーリアの手を焼かせつつ、それでも幸せの絶えない家族の記録。


 一台のはじまりは、冒険。まだ荒い映像からはじまるそれは、自らをかばった親友の思いを胸に、当時の〈世界の果て〉に挑んだ姉妹の父と母を含む英雄冒険者たちの記録。


 それを見てパフィールの中で、何かがすとんと胸に落ちた。


 ――そうだ。あたしがしたいことは、目覚めたオジサマの世話をかいがいしく焼くことじゃなかった。


 それよりも一番大切なことは、目覚めたオジサマとこれから新しい、そして楽しい思い出をいっぱいいっぱいつくること。


 ――それに。


 パフィールは、並ぶ3台のスマホに流れる映像をじっと見つめる。


 ――この3台は、全部オジサマの枕もとにあった。100台を超える垂れ流し再生のスマホの中で、オジサマの一番近くに。


 それは、それはつまり、オジサマにとって、パパとママとあたしとスピー。あたしたち家族のこの20年生きてきた軌跡が一番覚えたくて、一番大事だってこと…………そう思って、いいよね?


「ってわけでだ! 今日の退院にあたり、一応みんなの足を引っぱりすぎねえように、俺なりに一晩で覚えられるだけ覚えたつもりだ! けど、知識が偏ってたり、やっぱりわからねえこともたくさんあると思うから、そのときは頼らせてもらってもいいか?」


 ネルトのくせのある茶色の髪と同じ色の瞳がパフィールを見つめる。


 パフィールはその、ちょっと情けなくて――(主観的に)可愛げのある表情を見つめると。


「……ふふっ」


 ぎしっ。


「最初に言ったでしょ? わからないことがあったら、あたしが何でも教えてあげるから、って。ね、オ・ジ・サ・マ?」


 ベッドの枕もとに頬杖をつき、片方の赤い瞳をパチッと閉じると、パフィールはくすっといたずらっぽく、そう微笑んだ。

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