寝過ぎ5 ネルト渾身のドヤ笑顔。ザ・20年ぶり。

「で、これはいったいどういうことなの? なんでこんなことしたの? オジサマ?」


 100台を超えるスマホの再生がすべて止まり、すっかりしんと静まり返った病室の中。


 ネルトのいるベッドの左となり、いつもの定位置に立ち、ネルトの親友の娘姉妹の姉パフィールは腕を組み、冷ややかにその赤い瞳でネルトを見下ろした。


 そのポーズをとると白い制服に包まれた見事に育ったふたつのふくらみが、ぱふむにゅっと強調されるわけだが、ちらりと目を向けるくらいしかいまのネルトに余裕はなかった。


 逆の右となりに目を向ければ、あの惨状を放置してマイペースに熟睡、いまはすっかり気分爽快目覚めたと見えるパフィールの妹スピーリアがちょこんと座り、ぱちくりとその青い瞳を瞬かせている。


 一方のパフィールは用意された椅子に座るそぶりは見せず、じっとネルトの返事を待っていた。


 ――はあ。パフの怒った雰囲気、なんだか怒ったときのフィーリアによく似てるなあ。やっぱり親子ってことかぁ。


「オ・ジ・サ・マぁ?」


 そんなのんきなことを考えている場合ではなかった、とネルトは背筋をピンと伸ばし思いなおした。


 普段は笑顔を絶やさず聖母のごとく慈愛に満ちて優しいが、この子の母親フィーリアを怒らせたときの怖さはよく知っている。


 いまもまだ口調は穏やかで、にこりと口もとは笑っているが、パフィールの目は完全に座ってしまっていた。


 ――仕方ねえ! ここは、この必殺の手でいくしかねえ!


「ごぉべぇんなぁざぁいぃぃぃっっ!」


 ――謝る。とにかく謝る。ややオーバーリアクション気味に、ベッドの上に手をつき、こすりつける勢いで頭を下げ、ひたすらに謝る。相手の気がすむまで、あるいは呆れ果てるまで。


 自分が悪くなくても、とにかくまずは謝る。……いや、今回ははっきり俺が悪いけど、とにかく謝る。


「はあ……」


 そうこうしてるうちに、息を吐き、ギシっと椅子に腰かける音がして、ネルトはちらりと顔を上げた。


「まあ、もういいわ。で、あらためて聞くけど、なんでこんなことしたのよ? オジサマは?」


 うながすようにネルトに手のひらを向けながら、すぐそばで脚を組んで座るパフィール。


 ネルトの目は、自然とミニスカートからのぞく黒のニーソックスに包まれたむっちりとした太ももに吸いこまれた。


「わたしも、昨日夜中に部屋に忍びこんだときに驚いた。ネルおじ。なんで?」


「ああ。それは――」


 顔を向けた逆となりのスピーリアは、対象的に行儀よく脚をそろえて座っていた。


 ミニスカートから伸びる白ニーソックスに包まれたすらりとした長い脚。


 それから、やや前のめりになったせいで、すぴむにゅっと強調された姉に負けず劣らず育った制服に包まれたふたつのふくらみをしっかりと目で堪能してから、ネルトはうなずきを返す。


 ……んん? あれ? さらっといま、なーんか怖いこと言わなかったか? スピー?


 そう思わなくもなかったが、これ以上脱線するのもどうか――加えてなんだかくわしく触れないほうがいいと本能的に感じとったネルトは、本題に入ることにする。


「その前に、パフとスピーのふたりは、生まれたときに人間に一人一個与えられるスキル、俺のそれが〈睡眠〉ってことは知ってるんだよな?」


 そして、どう言ったものか少しの間迷ったものの、結局一番単純明快かつ簡潔に説明することにした。


「もちろん。パパとママから聞いてるわ。直接戦闘には向いていない補助系だけど、けっこう便利だって」


「うん。わたしもハワぱぱとフィーままから聞いて知ってる。いつでもどこでもすぴすぴ眠れて、目覚めすっきり、体力回復もばっちりなうらやましいスキル。わたしも欲しい」


 ――いや、〈睡眠〉スキルなしでも十分すぴすぴ眠れてる気がするけどな? スピーは。


 そう考えたあと、戦闘力を爆発的に向上させる親友ハワードの〈肉体活性〉に比べれば正直ハズレだと当時は思っていたスキルを褒められてネルトは意外に思った。


 でもそう言えば、当時からハワードたちからはスキルを馬鹿にされたことはなかったし、その娘の美人姉妹に褒められて悪い気はしない、と上機嫌でネルトは先をつづけた。


「ああ。けど、いまはそれだけじゃない」


「「?……どういう、こと?」」


 やはり姉妹なのか、左右でふたりがそっくりな動きで同時にきょとんと首を傾げる。


「へへ! 覚えたってことだよ! この一晩で! 100台を超えるスマホから超高速再生で垂れ流してた映像で、俺が寝てた間のだいたいの歴史や〈果ての先〉の発展したいまの文明とかの基礎知識全部! 20年寝てる間に熟練度溜めまくって派生したスキル〈睡眠〉の睡眠時特殊系技能の一つ――この俺の〈超睡眠学習〉で!」


 ドヤァと渾身の笑顔とともに、ネルトは右親指を姉妹に向かって突きだし、グッと立てるサムズアップするのだった。


 ――遠いいつかの少年のあの日、ふたりの母フィーリアに向かってドヤァっとそうしたように。

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