第201話 無意識の夜の王
「いいかお前ら、いつもは逆だが今日は違う。侵入者どもの相手のほうがおまけで、業務時間外のほうが本命だ。絶対に失敗するな」
「どうしたんだい? 普段なら、身内のほうが思う存分金をむしり取れるって、容赦なかったじゃないか。トキトウちゃん、いつも君に負けてこの世の終わりみたいな顔してるだろ?」
「あれは、最後はちゃんと返してるからいいんだよ」
「ああ、それでかい。なんかことあるごとに、これで勝ったと思うなと言われてるのが不思議だったんだ」
それは、俺もどうすればいいのかわからない。
ちゃんとアフターケアをしたというのに、なぜかますます俺への対抗意識が募っている気がする。
タケミのやつに、手加減してやれと言われたが、それはそれで不満そうなんだよな。
「まあ、トキトウのことはいいんだ。あいつはあれで図太いし、簡単にへこたれるやつじゃない」
「手加減してやりたまえよ……」
したら怒るんだって。
さて、今はそんなトキトウよりも、もっと大事な話があるので周知が必要だ。
「ボスが来る。それも視察とかじゃなくて、ここの施設を客として利用するためにだ」
「珍しいね。温泉のほうは、魔王様と定期的に利用されているようだが、レイ様ってこの手の娯楽に興味があったのか」
「ないかもしれねえけど、少なくとも今日は客だ。超好待遇でもてなさないといけない」
俺の言葉の意味を理解し、女王様だけでなくダークエルフたちもハーフリングたちも気が引き締まったようだ。
そう。なんせあのボスの相手だ。
普段ならば、敵には恐ろしく身内には優しい方なのは間違いない。
だが、ここはトキトウじゃなくても、冷静さを欠くようなギャンブルを行う場所。
あのリグマの旦那でさえ、わりと感情豊かに破滅していく場所なんだ。
「ボスの機嫌を損ねたら、万が一ということもある」
誰かがごくりと固唾を飲んだ。
そうだ。そのくらいの緊張感をもって接する必要がある。
なんだったら、気分一つでこのカジノを一瞬で消し去れる相手だぞ。
「わかったのなら、最初に俺が言った言葉の意味も理解できただろう。最上級の客だ。しっかりともてなせ」
そう言うと、全員がキビキビと働きだした。
さすがにこの場には、今の話を聞いて楽観視するようなやつは、いないみたいでなによりだ。
◇
ボスが来る。
それはそれとして、さすがにボス以外に遊んでいる者がいないのは不自然だ。
全員で接待すべき相手であることはたしかだが、いつものように何人かはスタッフではなく客としてこの場を利用させる。
静まり返ったカジノで遊ばせるわけにはいかないからな。
「にしても、お前らほんと弱いなぁ……」
「いや、ロペスさんが強すぎるんですって……いつイカサマしたんですか?」
「失敬な、イカサマなんてしてねえよ。お前の運が悪かっただけだろ」
人間やダークエルフたちを相手にカードをさばく。
イカサマ? そんなもん、当然しているに決まってるだろ。
見抜けなかったというのなら、それは俺の実力ということにしても問題ない。
トキトウのやつは、最近選択肢を使って俺のイカサマを暴こうとしているみたいだが、あんなにわかりやすかったらおいそれとイカサマなんかできねえけどな。
「ロペス。来たようだよ」
「ああ、わかっている」
女王様がそれとなく知らせてくれるが、こちらも気がついている。
ボスとリグマの旦那がカジノに到着した。
ダークエルフたちが、二人に丁寧な対応をしているが、俺はここで客を相手しなければならないので、動くことはしない。
この場所を放棄してボスのほうに行ってしまうと、ボスのことだから接待されたとすぐに気がついてしまうだろう。
リグマの旦那が言うには、今回は息抜き。つまり、あからさまな接待なんてしたところで楽しめない。
ボスに悟られることなく、だが機嫌を損ねないようにしなければいけない。
わかってるな。お前ら。
何度も言ったが、自然にボスに負けるんだぞ。
「まずは、スロットか……」
「ああ、うちの子たちの担当だね。なに、あの子たちもすでに慣れている。魔力による設定操作はお手の物さ」
便利だよな。魔力。
攻撃や回復や索敵だけでなく、スロットの遠隔操作なんかもできるなんて。
もともと馴染みがなかった俺たち転生者はともかく、この世界の住人でさえ気がつかないというのは、さすがはダークエルフたち。魔力のスペシャリストってわけだ。
あのババアどもなら、あっさりと看破してブチ切れそうだが、そういう客には下手なことしてないから問題ねえ。
さて、問題はボスだ。
ボスが気づくような魔力の変化を起こさずに、それとなく勝てるように、そんな繊細な操作を要求される。
「あ、当たった」
「おめでとうございます! さすがはレイ様ですね!」
うん? 一発目からか?
さすがに、こちらでなにかしているわけではないだろう。ということは、純粋な実力というわけか。
さすがはボスだ。運も兼ね備えているってわけかい。
「当たった」
「さすがです! 素晴らしい運をお持ちですね!」
連続でか……。
まあ、そういうこともあるだろう。
「……当たった」
「レイ様の前では、カジノも形無しですね!」
おい……あからさますぎる真似はやめろって、俺言ったよな!?
魔力の精度がどうとかそれ以前の問題だ!
こんな連続でばかすか当てさせたら、ボスじゃなくたって気づくに決まっている。
女王様もなにをしているんだかみたいな顔をしている。
自分の部下が、まさかあんなことをするなんて想像していなかったんだろう。
おかしいな。あのダークエルフだって、獣人やハーフリングをいつも相手にしているっていうのに。
あんな、芝居がへたくそなやつじゃなかっただろ。
「それでは、まだ続けますか?」
「ここはもういいや。ロペスとのカードのほうに」
ニコニコと微笑みながらボスに尋ねるも、さすがにボスもスロットを続けるつもりはないらしい。
こちらに向かって近づいてくる。
そうか、俺とのカード勝負を所望するってわけか。いいだろう。俺はわりと強いぜ、ボス。
「やあロペス」
「ようボス。席に着いたってことは、俺と勝負するってわけかい?」
「ああ、お手柔らかに頼むよ」
「さて、それはボス次第だな。ボスがトキトウみたいに、賭け事に弱いっていうのなら、俺がいくら手加減しても勝っちまう」
「そうか。それは楽しみだ」
まあ、するけどな。手加減。
見ているかスロット担当のダークエルフ。あんなあからさまなのじゃなくて、俺が手本を見せてやる。
ルールの説明を終え、カードを配る。
俺とボスで21に近い数字を揃えたほうの勝利という、前の世界にもあったゲームだ。
さて、しばらくはイカサマも接待もなく、運に身をゆだねるだけのゲームを進め……。
「う~ん……」
ボスが、眉間にしわを寄せて悩む。
……機嫌が悪い? もしかして、俺がへまをした瞬間にやられるか?
どうする? 様子見でいいのか? それでもしも俺が勝ったらどうなる?
俺はこれまで散々見てきたはずだ。ボスがようしゃなく侵入者を殺し続ける姿を。
ことあるごとに岩で潰そうとする姿も、ソウルイーターという恐ろしいモンスターに食わせる姿もだ。
……い、いいのか!? 落ち着けロペス。冷静になれ。
そう。様子見をしよう。ここはひとまず様子見で……勝たせてしまおう。
幸いなことに、ボスは自分のカードに夢中だ。俺なら違和感なく負けられるように仕込める。
「よし、欲をかくのはやめておこう。フィオナ様みたいになるからな」
ビッグボスみたいに? それってつまり、魔王になるってことか?
よかった。やっぱり、ここは負けておくのが正解ってことみたいだ。
カードを引いて、数字が21を超えるのを確認する。
あからさまな敗北ではなく、不運な敗北であるように装えた。
「……ついてないな。まだいけると思ったんだが」
「本当だな。まさか、一発目でバーストか」
よし、問題ない。ボスも俺が不運で負けたと思っている。
さあ、次こそ自然な勝負を……していいのか? 俺の直感どうなってる? わかんねえ。なんだこれ。
直感を信じていいのかわからないなんて初めてだ。
いいんだよな? 勝っていいんだよな!? いや、でも相手は……。
さっきのビッグボスみたいにって発言の真意はなんだ? ここで俺がへまをしたら、ビッグボス直々に俺を始末するってことか?
……いや、まだ二回目だろ? もう少し負けておいても……。
「また負けか」
「……そうだな」
だめだ。勝てねえ。
そういえば、ボスとの勝負って初めてだった。
この人が、遊びは遊びだと割り切るタイプなのか、遊びだろうと負かした相手を許さないタイプなのか、俺は知らない。
すまん、ダークエルフよ。俺、お前のこと悪く言えねえわ……。
「また負けちまったな……どうするボス? まだ、遊んでいくかい?」
「……いや、ありがとう」
そりゃあ気づくよな? こんな連敗するなんてありえねえもんな?
うん、わかる。わかるんだがよ……。すまねえ、ボス。
俺は、あんたに勝っていいのかわからねえんだ……。
◇
「カジノつまらない」
ボスはリグマの旦那と合流し、そんなことを言ったらしい。
幸いなことに、カジノの従業員が罰せられることもなかったし、カジノはそれからもなんら変わりなく経営し続けられた。
ただ、次にボスが来てくれる日はくるんだろうか……。
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