第202話 金では落ちない鳥を狙い続けて

「俺のときと違って、カジノってもっと稼いでるんだよな?」


 リグマがしばらく放心状態になっているので、立ち直るまでロペスにカジノの経営について聞いてみることにした。

 あの容赦のなさを俺にも少しは分けるべきだと思うし、俺への忖度をリグマにも少しは分けるべきだと思うぞ。


「あ、ああ……すまねえボス。カジノの稼ぎは、しっかりと胴元が儲け続けているぜ」


 ならいいか。

 俺相手はともかく、客相手にちゃんと勝っているのならそれでいい。


「宝箱の作成依頼がやけに多かったけど、やっぱり宝箱ガシャって、わりと人気な感じ?」


「そりゃあもう。安くて手軽で見返りもあるとなれば、回転率も高い一番の稼ぎ頭だぜ。さすがはビッグボスのアイディアだ……」


 散々自分を苦しめていたことだからな……。

 どうすれば、ガシャ沼に沈んでいくかよくご存じなんだろう。

 というか、そこまで仕組みがわかっているのなら、本人がその沼から抜け出してほしい。

 無理かな? 無理だろうな……。


「しょせんフィオナ様だしなあ……」


「しょ、しょせん……? ボスってやっぱり……」


 あ、やばい。いつもの軽口が出てしまったが、相手はフィオナ様ではなくロペスだ。

 このままでは、本当に陰口を叩いていることとなり、魔王としての威厳が落ちてしまう。

 というか、後でフィオナ様の耳に入ったら涙目でつねられる。


「言い間違いだ」


「え? だ、だけどよ……」


「言い間違いだ。いいな?」


「オーライ……」


 よし、若干パワハラじみたことをした自覚はあるが、なんとかごまかせたと思う。

 そう思って振り返ると、にこにこと美しい笑顔を見せるフィオナ様が立っていた。


「私のかわいいレイが最近反抗期なんですけれど、どうすれば治ると思います?」


 あなたのかわいいレイは、あなたにほおをつねられているのですが、どう思います?

 そしてその程度で俺がまいると思うなよ!


「威厳……じゃないですか?」


「あ~……私、オンとオフをわけるタイプですから」


 プリミラと同じタイプだな。

 問題は、あの子と違ってこちらはオフの比重が大きすぎるってところだろう。


「じゃあ、治りませんね」


「前はあんなにかわいかったのに!」


 それはフィオナ様のステータスにびくびくしていたころの俺だ。

 中身がかわいくてポンコツな生き物だと知った今、あのころのような態度をとろうとしたら笑ってしまう自信があるぞ。


「まったく……反抗的なところも、それはそれでかわいいので許しましょう!」


「ありがとうございます」


 許すんだ……。俺が言うのもなんだが、それでいいのか魔王様。

 というか、相も変わらずかわいいかわいいって、やはり俺のことを幼子おさなごのように扱っておいでで。

 どうにも、大人扱いされていないせいで許されている節があるな……。


「ところで、なにかあったんですか? カジノまでくるなんて珍しいですね」


「ふっふっふ……実はこのカジノには、みんなに内緒で宝箱を格納しているのです」


「なんでまたそんなことを」


「毎日毎日、私と同じように宝箱に夢を見ては散っていく者たちがいますからね」


 自分で散るって言っちゃった。爆死してる自覚はあったんだな。

 見たか女神。俺は宝箱作成という力によって、魔王討伐をすでに何度も達成しているらしいぞ。ざまあみろ。


「そんな者たちと同じ空間に宝箱を置いておくことで、散りゆく者たちの願いも込められて大当たりを引けるのではないでしょうか?」


「散りゆく者の一人にならないといいですね」


「魔王の力を侮らないことですね。私がそう簡単にやられると思いますか?」


 思います。むしろ、俺の宝箱ガシャで一番やられているのはあなたです。

 だが、これもまた謎の信仰やら願掛けみたいなものなのだろう。あまり水を差すのも無粋というものだ。

 俺がなにか言うのは、フィオナ様が盛大な大爆死をした後でいい。


「さあ、宝箱開封のお時間です!」


「急に始まるから、他の従業員たち集まってませんよ?」


「そもそも見世物じゃないんですよ! 別にいいですけどね! 不用品を与えるくらい、なんでもないですけどね!」


 そのへんは気前がいいからな。

 おかげで誰もがフィオナ様のハズレを期待する始末。俺くらいは、フィオナ様の当りを願ってあげよう。外れるだろうけど……。


「クララ! 宝箱を持ってきてください!」


「は、はい! こちらですね?」


 なるほど。すでにクララとダークエルフを使って、宝箱をこちらに移動させていたというわけか。

 無意味なことにダークエルフたちを使うのは、かわいそうな気がするけれど、指示している本人は真剣なので指摘しづらい。


「さあ、レイ! あなたの力が必要ですよ!」


「いや、俺じゃなくてクララやロペスも開けられますけど……」


 そうだよな? 二人の顔を見る。

 おい、なんで二人同時に顔をそらすんだ。


「わ、私には荷が重いです」


「俺も……しゃしゃり出ていい場面じゃないってことは、理解しているぜ。ボス」


 なにを大げさな。たかだか宝箱を開けるだけじゃないか。

 まあいい。二人の気が進まないというのであれば、いつもどおり俺が開けるとしよう。


「今回は三つですね」


「ええ、私は気づきました」


 たぶん、ろくな気づきではない。


「宝箱をため込んでおき、十連するのもいいのですが」


 十連までためられたことないけどな。こらえ性がないから。


「そうすると、最初のほうの宝箱はきっと鮮度が落ちているんです」


 知らない概念出てきた。いや、騙されるな。宝箱に鮮度なんてないぞ。

 そもそも、宝箱って自然の魔力を長期的に吸収して、中身が徐々に良いものへと変わるはずじゃないか。

 それを無理やり魔力を注入している今のほうが邪道であり、もっと寝かせるのが正解なのかもしれない。

 ……そういえば、フィオナ様が9999の魔力を注入した後に放置しても、おそらく10000を注入したときの結果にはならなかったな。相変わらず爆死してたし。


 ということは、魔力を注入した時点で、自然由来の宝箱とはなにかが変わっているのかもしれない。

 あ、お金だ。


「中にはお金が入っていました」


「な、なぜ……買い物もできない魔族への嫌がらせですか?」


 一応従業員へのボーナスとしてふるまうこともできるけどな。

 相変わらず、使い道がまったくないというわけでもない。


「あ、宝石」


「あれ~? なんか、俗っぽい欲望を満たすものばかりですねえ」


 たしかに、なんかいつもより直球的な結果だな。

 カジノという場所のせいかと思ったが、それはないと断言できる。

 フィオナ様の宝箱信仰は多岐にわたっており、パワースポットでガシャを回すなんてことは、すでに体験済みで、すでに爆死済みだ。


「散りゆく者たちの願いが、お金になりそうなものを出しているんじゃないですか?」


「お、おのれ人類! なんて欲深い生き物でしょう!」


 やめといてください。ロペスとクララたちも人類でしょうが。

 ほら、そんなことを言っているから、金塊みたいなのが出てきて終わったぞ。


「欲望の沼は、魔王すらも飲みこむものでしたか……」


「むしろ沼の主みたいですからね」


「なら、当りを引かせてくださいよ!」


 俺に言われも困る……。


    ◇


「ロペス」


「なんだい女王様」


「君、レイ様みたいなまねできるかい?」


「わかってて聞いてんだろ……あんただって、宝箱を開けることを拒否していたじゃないか」


「当然じゃないか……私だってあれくらいわかるさ。魔王様は、レイ様に開けてもらいたいんだろうさ」


「だろうなあ……というか、もしも俺たちが開けてハズレが出た場合って、八つ裂きに……いや、ビッグボスがそんなことしないってわかるんだけどよお……外れたときの魔力の変化が怖えよ」


「君なんてまだましだよ。こっちは年齢だけは重ねているダークエルフだぞ? 魔力に敏感なことを恨む日が来るなんて思わなかった……」


 トキトウのやつみたいに、案外図太いやつらなら多少は問題ないんだろうけどな。

 俺や女王様みたいに、ビッグボスたちの本当の怖さを忘れないようにしている者たちに、ボスみたいな軽いノリをまねすることなんてできねえさ。


 ……トキトウだけじゃなく、タケミたちもだな。

 あれ? もしかして、俺と同じような思いの転生者って、オクイだけか?

 案外俺たちのほうがビビりすぎてる……いや、おごるなロペス。慣れ親しんだとしても、恐怖と敬意は忘れるべきじゃない。


 さて、気持ちも改めた。これで、二人の間に割り込んで話しかける決心もついたというものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る