第200話 賭け事に向いてない男

「引き分けということで手を打ちませんか……?」


「賛成です……」


 あの後、めちゃくちゃ魔力を消耗した。

 俺はプリミラが作ってくれた魔力回復薬を使い切り、フィオナ様は再び玉座の魔力に手を出す寸前だった。

 イピレティスが、そんな俺たちのことをプリミラに告げ口し、今に至る。


「魔王様。玉座の魔力は、魔王様の欲を満たすためのものではありません」


「わ、わかっていますよぉ……手を出してないじゃないですか」


「出そうとした時点でもうだめです。魔王様はもうだめです」


「なんで、言い直したんですか!」


 しかも、よりひどい言われ方になってしまった。

 まあ、フィオナ様は、わりともうだめなところはあるけれど。


「そしてレイ様」


「え、俺も?」


「ダンジョンの管理や拡張に、魔力を消耗するのは理解しています。そのために、回復薬を渡したのも事実ですし、自由に使うのはかまいません」


 なんか、嫌な予感がする。

 これ、俺もお説教される流れだ。


「ですが、無駄に使うのはいかがなものかと。新たな設備のためなので、無駄とはいえないのかもしれませんが、私がきたときのレイ様は、すでに冷静さを欠いていて、むきになっているだけに見えました」


「はい。そのとおりです……」


「お二人とも、熱中しすぎるのはほどほどにしてください」


「すみません……」


 俺とフィオナ様は正座をしたまま、二人そろってプリミラに頭を下げることになった。

 なんか、前もあったぞこういうの。

 もしかして俺たちは、あのときから成長していないのではないだろうか。

 まあ、フィオナ様はたぶんカンストだからな。欲しがっているあと1は永遠に届かないだろう。


「なんか、失礼なこと考えてます?」


「考えてませんよ」


「ならいいのですが……」


 隣に座っているフィオナ様に小声で聞かれるが、特に覚えがないので正直に答える。

 すると、フィオナ様は納得してくれたように、再びお説教に向き合った。


    ◇


「しぼられた」


「お疲れ様で~す」


 裏切り者の側近が、ひょうひょうとした様子で合流する。

 こいつ、お説教のときは俺たちから離れていたからな。


「裏切り者め」


「魔王様とレイ様の思ってのことで~す。いや、実際のところ、お二人とも熱中しすぎでしたよ?」


「そう言われるとなにも言い返せない」


「ですよね~。魔王様は大事な有事の魔力に手を出しそうになりますし、レイ様は魔力を使い切って気絶しそうでしたし」


 ハズレが続いたからなあ……。

 俺は無駄に温泉ばかりを作っては消すことになったし、フィオナ様は大量の消耗品と食材を時任ときとうたちとマギレマさんに与えるだけになった。

 次こそはと考え続け、止まれなくなっていたことは否定できない。


「止めてあげたんですよ~?」


「……ありがとう」


 まったくもって優秀な側近だな。

 だが、俺もフィオナ様も、ある程度頭の中は冷静になったし、素直に感謝しておこう。


「なんか、いい方法ないかな」


「まだ諦めていないんですね~」


 当然だ。

 たぶん、フィオナ様もあきらめていないから、魔力を回復次第再びガシャを引くと思うぞ。

 一人で意気込んで温泉に向かったけれど、フィオナ様の場合、温泉の回復量は誤差でしかないんだよなあ……。


「結局は、魔力が必要なんだよな」


「蘇生するためには、特にとんでもない量の魔力を使っていますからね~」


「となると、今は地道に侵入者をおびき寄せたり間引いたりするのをがんばるか」


「僕、レイ様のそういうところ大好きです」


 どこだろう。

 堅実に魔力を集めるってところなのか、それとも諦めが悪いところなのか。

 ……さすがに、皮肉ではないと思いたい。


「やりすぎんなよぉ……? ほんと、たまに倒すくらいじゃないと、誰も来なくなるからなぁ?」


「わかってるよ。今のところは、深夜に温泉にくるやつだけにしている」


「ならいいけどよぉ」


 アナンタが心配するが、俺もちゃんと倒す相手は選んでいるとも。

 それにしても、こうも勝手に利用する客が絶えないとは思わなかったけどな。

 特に獣人が多い。獣人のモラルとかどうなっているんだ。

 なんだか、あのイドが多少なりともマシに思えてくるほどだ……。


「獣人たちの中で、利用料を払って温泉に入るなんて馬鹿だ、みたいな噂でも流れているのかな」


「迷惑ですね~。殺します?」


「待て待て……どの獣人か判別できねえよ……そもそも、レイの推測でしかないんだろぉ……」


 そうなんだよな。

 俺の思い付きにすぎないし、当たっていたとしても誰に言われているかもわからない。

 結局俺にできることは、営業時間終了時に通常の温泉を、移動式粘着温泉に作り替えることくらいだ。


「その温泉に見える邪悪な罠を作ったり消したりしてるのは、レイくんの手癖かなにか?」


 ロペスたちのもとへ向かうリグマが、俺に向かってそんなことを尋ねてきた。

 どうやら気がついたら、移動式粘着温泉を何度も再作成してしまっていたようだ。

 しまった。プリミラに魔力の無駄な消耗を怒られたばかりだというのに。


「何回か作り直せば、罠が改良されないかなと思ってなあ……」


「レイくんこそ、温泉で休むべきだと思うぞ」


「昨日なかば拉致される形で、フィオナ様と同じ部屋に泊まった」


「そ、そうか……まあ、プリミラってたまにそうなるから」


 どうなるんだよ……。

 四天王でもっとも常識があると思ったプリミラの奇行とか、俺よりあの子を休ませた方がいいんじゃないか?


「まあ、ほら。それなら疲れてるだろ?」


「そうなんだよな……休ませてもらってるはずなのに、余計に疲れるのはどうかと思う」


「まあ、魔王様の相手をしてるわけだから、しかたない」


 フィオナ様……四天王にすら面倒な魔族だとばれてきてますよ?

 リグマも、さすがにフィオナ様を悪しく言うのは気が進まないのか、ちょっとぎこちない様子だ。


「だから気分転換に、カジノと飯と酒と温泉がいいと思う」


「それって、欲望のダンジョンを楽しむってことか? でも、他の侵入者がいたらまずいだろ。リグマは変身すればいいけど、俺は魔族だし」


「ああ、そこは大丈夫だ。営業時間外は従業員たちが楽しめるようになっているからな」


 そういえば、うちで働いている従業員たちも、やけに真面目に仕事をしていることがあったな。

 それも明らかに前までの仕事量と異なるので、いじめかパワハラかと思ったら、金がなくなったのでそのぶん仕事を増やしたとかだった。

 なるほど……。あの連中は、カジノで金をなくしていたということか。


「酒は……飲めないと思うが、まあそれ以外なら付き合おう」


 俺の年齢って何歳なんだろう?

 魔族として成人しているのかしていないのか、そもそもこの世界って酒はいつから飲むものなのか。

 たしか、風間かざまたちが、一緒に酒を飲まないかとドワーフたちに誘われてたっけ。


「まあ、そのあたりは、おいおい覚えていこう。となれば、カジノだな。……今日なら、俺も勝たせてもらえるかもしれない」


 そういえば、ロペスたちが働いている現場を直接見るのは始めてだ。

 ピルカヤを通じて見てはいたけれど、現場ならではの発見があるかもしれない。


    ◇


「それでは、まだ続けますか?」


「ここはもういいや。ロペスとのカードのほうに」


 大丈夫。

 あいつなら、きっと大丈夫なはずだ。


「どうするボス? まだ、遊んでいくかい?」


「……いや、ありがとう」


 そうか……。お前もだめなのか、ロペス。

 肩を落として、俺はリグマのもとへ合流した。


「どうだ。レイくん……ってその様子じゃ、ずいぶんと負けたみたいだな。まあ、そんなこともあるさ」


「リグマ」


「おう。金なら貸してもいいぞ。おじさん、今日は本気だから軍資金は、多めに」


「カジノつまらない」


「そうか……。なんかごめんな」


 いいんだ。リグマのせいじゃないから。

 だけど、俺のせいでもないと思うんだ。いったい誰がいけないんだろう……。

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