第199話 ダンジョン発モンスターハウス行き

 このダンジョンで寝泊まりし、活動を続けることになって数日。

 この場所で出会ったハーフリングとの臨時パーティも、互いにうまくやれるほどには慣れてきた。


 そんな中、ハーフリングからのとある提案。

 それは、日々の温泉の使用料についてだった。

 ここを取り仕切る別のハーフリングは、彼らの中でもそれなりに名が知られており、彼であれば出し抜けるとの話だった。


「あんたの言ったとおりだったな」


「だろ? 馬鹿正直に金を払う必要なんてないんだって」


 やることは単純で、日々のダンジョン探索を昼夜逆転させるだけ。

 そして、深夜であればここの従業員はほぼ全員休んでいるので、受付にいるダークエルフをやり過ごせば、温泉の利用料が不要となる。

 ハーフリングの彼が、ダークエルフの気を引きつけておき、その隙に俺たちがこっそりと侵入するだけ。

 その後、うまくダークエルフの目を盗んで彼がこちらに合流する。


 まあ、ケチるほどの料金ではないとは思うが、ただでさえ宿で儲けているのであれば、このくらいは別に問題ないだろう。

 しょせんは、ダークエルフたちとダンジョンを利用しているだけだ。

 あのハーフリングだって、この温泉にかぎっては元手なんてかけていないだろう。


「そのうちもっと儲けたら、そのときは使用料くらい払ってやるとしようか」


「優しいことだな。あんなやつに無駄金を使うことないっていうのに」


 温泉に浸かりながら、そんな話をしていた。

 ……すると、景色が動いたような気がする。

 なんだ? まさか、深夜に行動していて寝ぼけたか?

 これからダンジョンを探索するというのに、こんなことではいけないと気を引き締める。


「おい、なんか動いてるぞ」


 しかし、その速度が徐々に上がっていったことで気のせいではないことに気がつく。

 俺の言葉を聞く前に、他の者たちもこの異変に気がついたらしく、周囲にきょろきょろと目線を向けている。


「なんかやばそうだ! とにかく、ここから……」


 そう言って立ち上がろうとして気がついた。

 立ち上がれない……?

 腰から下が地面にくっついたかのように、まったく動かない。


「なんだよこれ!?」


 うろたえる俺たちのことなんて知る由もなく、温泉が丸ごと移動している。

 どうなっているんだ。この場所は、あのハーフリングが見つけた安全な場所のはずだろうが。

 そもそも、日中のうちは、ここは壁に囲まれていたはずだ。

 俺たちを運び続けているこんな場所知らない。あの壁がいつの間にか消えている?


 わからないことばかりだが、体を動かすこともできないので、俺にできるのは、次から次へと現れる疑問の答えを考えることだけだった。

 もっとも、考えども考えども、答えなんて見つからないが……。


「くそっ! どこまで運ぶ気だ!」


 そんなハーフリングの言葉に答えるように、終着点が見えてきた……。

 ああ、見えてしまった。

 そうか、これが俺たちの顛末か……。


「な、なんだここ……。植物……?」


「違う! 食人花だ!」


 その部屋は、以前、あのハーフリングが新たに用意したと言っていた温泉に似ていた。

 周囲が植物だらけで、その中にちょうどいま俺たちが入っているような温泉がある。

 違うことといえば……周囲の植物がすべてモンスターであるということだけか。


「ふ、ふざけんなっ! あのハーフリング、俺たちをはめやがった!」


 当然、装備なんて身に着けていない。

 それどころか服すら着ていない。

 こんな状態で、いやそもそも万全の状態でさえ、この数の食人花なんて相手をできない。


 数えるのも馬鹿らしくなるほどのツタが襲いかかる。

 それは一撃ごとは軽いものの、体を切り裂き、衝撃を与え、確実なダメージを蓄積させていく。

 いや、待て。回復できれば問題ないはずだ! 幸い俺たちは、温泉に浸かっているし、この温泉には回復効果が……。


「なんで……回復できない……」


 やられた。

 すべてが罠だった……。

 あのハーフリング、まさかこの食人花の餌にするために、俺たちのことを利用して――


    ◇


「なんか、ガラが悪い客も一定数いるよなあ……しかも絶えることがない」


「それだけ、ダークエルフたちの扱いがよくないということですね」


 獣人たちの一件以来、ロペスとクララが相談して、深夜にも受付の仕事をする者を増やしたが、それがダークエルフだと意味がなかったらしい。

 わざわざ悪事を働くようなやつらは、ダークエルフたちを騙すか脅すかすればいいと考えているのだろう。

 その結果、移動式粘着温泉と食人花たちが大活躍している。


「ただ、やっぱり大がかりすぎるんですよねえ」


 温泉に入った者を粘着の罠でとらえる。

 その後、壁を取っ払ってしまった方向に向けて、自動で移動してもらう。

 最後は食人花たちが待ち受ける部屋にたどり着き、あの獣人たちのようにじわじわと傷つけられ倒れていく。

 罠系統の温泉は、回復効果すらないので、そのままあっさりと倒せるのがありがたい。


「深夜なら、どうせ周囲に誰もいないので、問題ないのでは?」


「そうなんですけど。う~ん……もっとスマートに運びたいですね」


「男の子は、ああいう大がかりな仕掛けが好きと聞いたんですけど、そうでもないんですかね?」


 嫌いじゃない。

 嫌いじゃないんだけど、もっとこう美学的なものを優先したい。

 ああいう大がかりな仕掛けは、今回はちょっと違うんだよなあ……。


「移動式の温泉だけで満足しないで、もっと改良していきますかね」


「きっとレイならできますよ。がんばってください」


 そう言って微笑みながら、フィオナ様に頭をなでられる。

 よし、魔王様がはげましてくれていることだし、ここは気合を入れるとしよう。


「では、私もがんばるとしましょうか」


「え? フィオナ様働くんですか? フィオナ様なのに?」


「レイが、ふだん私のことをどう思っているか、よくわかる発言ですね。この口ですか? この口ですね」


 しまった。

 普段と違う行動をしようとするフィオナ様に、つい本音が出てしまった。

 狡猾な魔王の罠にはまってしまった代償が、ほおを引っ張られる痛み……痛くはないな。


「それで、フィオナ様はなにをがんばるんですか? もしかして、過去の地底魔界に転移罠があったとかですか?」


「昔はあった気がしますが、どこに飛ばされるかわからないので、あまり使い勝手はよくなかったですよ?」


「そうなんですか……転移先をソウルイーターの口の中とかにしたかったんですけど……」


「深夜に急に口の中に転移したら、あの子がかわいそうなのでやめましょうね」


 それもそうか……。

 睡眠中ということを考えると、他の魔族やモンスターの前に急に転移させるのはかわいそうだ。

 となると、マグマ温泉に転移させるとか。

 まあ、転移先を選べないのなら、今考えても意味はないか。


「あと、私が作ったわけではないので、残念ながら力にはなれないですね……」


「ということは、魔王軍の誰かが作ったとかですか? エピクレシとか。あとは、前に言っていた魔力の扱いが得意な加工師とか」


「エピクレシは、そちらの分野は得意というわけではないですね。テクニティスもさすがに、転移魔法の罠は作れないので、元からあった罠を流用しました」


「元からあったんですね。それを解析とかすれば……」


「まあ、勇者が全部壊しましたけど。全部壊しましたけどねえ!!」


 あ、めんどくさい感じになりそう。

 ここは、すぐに話の方向を切り替えるべきだ。


「では、フィオナ様はなにをがんばるでしょうか?」


「もちろん、ガシャです! レイが転移罠を作れるようになるのが先か、私が蘇生薬を引くのが先か。勝負です!」


「たぶん俺が圧勝するのでやめませんか?」


「さも当然のように! 私だってたまには当てられると思うんですけど!?」


 まあ、思うだけは自由だもんな。

 フィオナ様が叶わぬ夢を追い続けることになる前に、俺が早めに転移系の設備を作れるようにならないと……。

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