第198話 セーブ地点もどき

「前回の反省点をふまえると」


「おう」


「温泉にも罠を作ろうと思う」


「待て待て待て……それはロペスに止められたって、おじさん聞いたからな」


 そう。ロペスが言うことはもっともだ。

 岩で潰された痕跡の近くで、温泉になんて入りたくないからな。

 そんなもの、俺だって嫌だ。


「残念だけど、岩はやめておくよ」


「レイくんは、土属性の魔族だったの? すぐに岩で解決しようとするよな」


 便利なんだもの。

 岩はいいぞ。きっとカールあたりなら、この気持ちをわかってくれるだろう。


「要するに」


「止まらねえんだよなあ……アナンタの苦労が最近わかってきちゃったよ」


「温泉を事件現場にしなければいいってことだ」


「おじさんは、事件現場を作ろうとしているのが、もうだめなんだと思います」


 大丈夫。リグマが心配しているようなことにはならない予定だから。

 温泉という憩いの場で、殺伐としたことはやめようって話だろ?

 それなら、きっと要件は満たしているはずだ。


 要するに、温泉で被害者を出さなければいいんだろ?

 ということは、温泉に罠をしかけるけれど、殺傷能力のないものにすればいいんだ。

 怪我をさせることなく、他の場所に移動させてから攻撃をすればいい。


「例えば、温泉の下に落とし穴をしかけておくとか」


「……え? 溺死させんの?」


 ……たしかに。

 落とし穴に入れてから攻撃か捕獲すればいいと思ったが、獲物だけじゃなくてお湯も穴の中に入るな。

 それだと溺れてしまうか。

 ……しかたない、この案は没だ。


「ラッシュガーディアンに運ばせるとか」


「あいつらが温泉に頻繁に出入りしたら、気が休まらないでしょうが」


 ……侵入者用の温泉に、モンスターたちを入れるのはまずいか。

 せっかくの休む場所なのに、気が抜けない戦場と認識されたら利用者が減るかもしれないな。


「どうしようか?」


「今までどおりふつうにしておけばいいと思いま~す」


 なんて投げやりな!

 まったく、リグマっていつもそうだ。

 口では怠惰なくせに、本当は働き者だって知っているんだからな。


 きっと、こうしている間も、いい案を考えてくれているに違いない。

 こいつの発想によって、新たな設備を作れたことだって少なくないからな。

 なんなら、この温泉だって……。


 ……待てよ。ないなら作ればいいじゃないか。

 なにも、リグマの無茶な要望を叶えるだけじゃなく、俺が欲しているものも試してみればいいんだ。


「よしっ、作ってみる」


「え、え? なにを?」


「温泉用の罠だ」


「レイくんのそういう不屈の心、おじさん案外嫌いじゃないんだよなあ」


    ◇


「そんで、あてはあるのか?」


「適当に、温泉と動きを制限する系の罠を組み合わせてみようかなと」


「適当って言っちゃったよ」


 しかたないだろ。

 だいたい、いつもリグマが無茶な要望を出したときだって、適当に組み合わせたり作成を繰り返していたら、たまたまうまくいっただけだからな。

 なので、今回もこのやり方でなんとかするしかないんだ。


「とりあえず、粘着壁とでも組み合わせてみるか」


「もう不安なんだが……」


 心配性のリグマはさておき、なにごとも試してみないことには始まらない。

 どうせ失うのは俺の魔力だけなんだし、恐れずにやってみようじゃないか。


 氷炎の湯:消費魔力 30

 粘着壁:消費魔力 5


「ん? まさか、一発で成功したか?」


 同時に作成したはずの設備だったが、目の前には温泉しか出現していない。

 これは、設備の合成がうまくいったときに起きる現象だ。

 だめだったら、普通に二つの設備ができるだけだからな。


 粘着温泉:消費魔力 20


 メニューを見てみると、たしかにうまくいっていることが確認できた。

 それにしても、合わせて35の魔力消費が20になっているとは、けっこうな軽減率だな。

 こうなると効果のほうが気になってくる。


「とりあえず、ゴブリン呼ぶか」


「温泉ならともかく、罠なのに躊躇なく仲間で試そうとするのどうなのよ?」


「……侵入者で試すか?」


「いやあ、検証は必要だし、あいつらもむしろ力になれることを喜びそうだから、おじさんも反対ではないけど」


 喜んでいるかはともかく、あの子たちはプロフェッショナルだからな。

 与えられた仕事は、毎回しっかりと文句なくこなしてくれるのだ。

 というか、もう何匹かきているし、やる気に満ち溢れている。

 きっと近くにいたゴブリンたちが、気を利かせてくれたんだろうな。


「そこの罠に入ってほしいんだけど、いけるか?」


 ゴブリンに確認してみると、胸を叩いて任せろと言わんばかりのジェスチャーをとってくれた。

 そして、一切のためらいなく、彼は一見温泉である罠に足を踏み入れる。


「大丈夫か? やばそうだったら、すぐに離れていいからな?」


 そう言うが、ゴブリンは温泉から出てこない。

 まあ、粘着温泉っていう名前からして、熱でダメージを与えるとかではないよな。

 むしろ、粘着壁の効果を考えると……。


「ゴブリン。ちょっと立ち上がろうとしてみてくれ」


 モンスター特有の恐ろし気な声で返事をしてくれるが、彼はそこで異変に気がついた。

 焦ったように声をあげるが、すでに罠はしっかりと決まってしまっているらしい。

 彼は全然起き上がることができないようで、その場で手をじたばたとさせた。


「うん。やっぱり、温泉自体が粘着壁みたいに、獲物をくっつけて離さないようになっているのか」


「ってことみたいだぞ~。無理に立ち上がろうとしたら危ないからやめておこうな~」


 リグマの言葉を聞いて、慌てていたゴブリンが温泉に座り直した。

 この光景だけを見ると、まるで温泉を堪能しているようだな。

 だが、実際は立ち上がれずに困っているというわけだ。


「ただ、粘着壁の効果と同じなら、もう少ししたらくっつける効果はなくなるだろうな」


 その言葉を理解していたのか、ゴブリンが再び立ち上がろうとすると、今度はすんなりと立ち上がることができた。

 やっぱりか。粘着壁もなかなか強力な効果だったが、さすがにいつまでも獲物をとらえられるものではなかったからな。

 となると、あくまでも一時的に足止めをするための罠ということになり、他の罠との組み合わせで真価を発揮するということだ。


「粘着温泉で捕まえてから、巨大な岩で一網打尽にするとか……」


「やめておこうな。岩はやめるっておじさんと約束したでしょうが」


 ……たしかに。

 新しい面白そうな罠ができたから、つい組み合わせを考えてしまった。


「じゃあ吊り天井とか、捕獲檻とかもだめだなあ」


「むしろ、大丈夫だと思うレイくんが心配だよ。おじさんは」


 目立ったらだめというのが、当初のコンセプトだもんな。

 そういう意味では、粘着温泉自体は悪くないんだが、獲物だけを倒す機能があるわけではないのが残念だ。


「じゃあ、次を試してみよう」


「ひたむきだなあ……」


 発想は悪くなかったことが証明された。

 ならば、あとは一見温泉に見えて、温泉で獲物をしとめたことが他の客にばれなければいい。

 よし。やっぱり獲物だけを運び出そう。


 氷炎の湯:消費魔力 30

 上昇床:消費魔力 20


「よし」


 なんだ。今日は調子がいいぞ。

 それとも、温泉がベースだと相性がよく、わりとなんでも組み合わせられるのか?


 移動式温泉:消費魔力 20


 できあがった新たな設備の名称を見て、俺は勝利を確信した。

 まずはゴブリンに試してもらおう。そう思ったときには、すでにゴブリンは新たな温泉に入ってくれていた。

 話が早くて助かるな。


「なにか変わったことはあるか?」


 身振り手振りで返してくれるも、どうやら彼もまだこの温泉の効果はわからないらしい。

 ということは、罠としての効果はまだ発揮していないのか。

 ただ、先ほどのように名前だけを見ると、なんとなくの効果もわかりそうだな。


「おっ、動いた」


 驚いたようなゴブリンの声とともに、その温泉は時間差で動き出した。

 温泉そのものが前へ前へと移動している。

 不思議な光景だな。もともと温泉があった場所はただの床になっているし、お湯の痕跡すらない。


「う~ん……思っていたのと違うけど、まあ最悪これでもいいか」


 見た目としては、非常に目立ってしまう。

 しかし、入浴している者をそのまま運び出せるのであれば、少なくとも普段温泉がある場所から引き離してから倒せるからな。

 さすがに営業時間内にやると目立ちすぎるので、あの獣人たちのように倒していい相手だけしかいない場合に使うとしよう。

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