第197話 アナンタくんは気がつかない
「問題なかったみたいだぞ」
「…………あ、ああ。そうだなボス」
反応がちょっと遅かったな。
さすがのロペスも、こんな深夜にダンジョンの様子を見るのは疲れてしまうか。
俺たちにこの光景を届けているピルカヤは、むしろやる気に満ちていたが、あいつは例外だからな。
……深夜の残業手当とか必要だよな。
フィオナ様とプリミラに相談してから、ロペスに渡しておこう。
「すごかったです~」
それでイピレティスに至っては、寝ぼけているな。
目を閉じているのは、別にいい。
ピルカヤの視界共有は、目を開けていなくてもその光景が見えるから。
だが、その鼻提灯は、絶対に眠っているだろ。
侵入者がやられる姿が好きとはいえ、眠りながらもしっかり満足しているのはさすがだ。
「終わったね~。お疲れ」
「ああ、ピルカヤもな。これで今日から徹夜なんてしないですむな」
「……え~」
「俺は別にいいけど、テラペイアは怒ると思うぞ」
「ちぇ~……」
やはり、これからも徹夜で監視をする気だったらしい。
たしかに、今回はそのおかげで早期に対応ができたけれど、だからこそしっかりと休んでもらわないといけない。
ピルカヤがいなかったら、直接監視しないとダンジョンの様子すらわからないのだから。
「それで、あの獣人たちになにしたんだい? 柔軟の湯(改)の効果が発揮されていなかったようだが、回復を妨害する罠でも?」
「いいなそれ。そんな罠があったら楽しそうだ」
柔軟の湯(改)どころか、回復魔法や回復薬を頼って進む者たちにも効果がありそうだ。
だが、残念ながら今回の件は、そういう罠を使ったわけではない。
そもそも、そんな罠はメニューにないからな。
「柔軟の湯(改)を作り替えただけだよ」
「ああ、そういうことか。なるほどな。たしかに、従来の柔軟の湯と見分けつかねえもんな」
「そうそう。営業時間外にリセットして、ただの柔軟の湯を作った。獣人たちがそれに浸かって勘違いしただけだ」
まあ、獣人たちがもっと注意深ければ、事前に確認できたんだけどな。
ロペスのやつもちゃんと説明していた。
温泉の効果は入る者の個人差や、入浴ごとに効果が微妙に変わるって。
なので、しっかりと料金を払って利用する者たちは、ほとんどがその日の回復量をあらかじめ確かめている。
それによって、消耗品である回復系のアイテムを、どの程度持ち込むか決めているみたいだ。
中には効果を過信して、そのままダンジョンに挑もうとする者たちもいるけどな……。
今回の獣人たちは、まさしく後者の探索者だったというわけだ。
まあ、無料で使っているから、効果の確認をしようという気概も薄れていたのかもしれないな。
それとも、獣人だからそのへんにはずぼらなのか?
「回復だよりに食人花に挑んだはいいが、肝心の回復がいつまでたっても効果を発揮しなかったと。馬鹿な奴らだ。金をケチって命を失うなんて」
「あいつらも、あそこまで到達するってことは、それなりに強かったし、温泉の利用料くらい払えるはずなんだけどなあ」
「金をケチるところを間違えている。そういう判断ができないやつはだめだなボス」
「なんというか、うかつなんだよなあ」
ロペスがののしるのも無理はない。
他の探索者で成功している者たちは、安全のためなら金銭に糸目をつけないからな。
金のやりくりが上手なロペスは、もちろんそちら側であり、上手に金を使えないで死んだやつらは愚かに見えるのだろう。
「まあ、食人花にも食人木にも、侵入者を倒させてあげられてよかったよ」
「ちなみに……昨日と違って真っ先に入り口を塞いでいるように見えたが、あれはボスの指示で?」
「ああ。奥の扉を塞いでいるように、入り口も塞いでしまえば逃げられなくなると思ってな」
そのおかげで、獣人たちはどちらかが全滅するまでの戦いを強いられることになった。
昨日だったら、それでも獣人たちが勝っていただろう。
しかし、今回は回復ができないので、徐々に血を失っていき動きも鈍っていたみたいだ。
おかげで、時間がたつほどに食人花たちのほうが優勢に変わっていった。
「耐久力が高いからなあ。やっぱり、ああいう持久戦に持ち込んだほうが、あの子たちも活躍できるみたいだ」
「……怖いなあ」
「そうだな。あれだけの数が全員健在となると、倒すのはだいぶ骨が折れるだろうからな」
バジリスクともグリフィンともソウルイーターとも違った強みだ。
怖いかもしれないけれど、こちらとしては頼りになる戦力の一つといえる。
きっとそのうち、ロペスもあの子たちに慣れてくれることだろう。
「違うんだけどな……えっと、それじゃあ柔軟の湯(改)は、今は柔軟の湯になってるってことかい?」
「そうだな。この後ちょっと温泉まで行って作り直すから、これまでどおり利用料をとっていいぞ」
「手間をかけて悪いな。だが、そうしてもらえると助かる」
ロペスが心配しているのは、他の利用客のことだろう。
さすがに料金を支払っているのに、回復効果がなかったら不満も出てきそうだからな。
あの獣人たちと違って、利用料を払ってる客にはちゃんとした効能を発揮しないといけない。
そのへんは抜かりない。ちゃんとリセットと再作成をするつもりだ。
「今回はピルカヤの旦那とルトラの姐御のおかげですぐに気づけたが、今後はこっちも女王様に相談して、夜だろうと誰かしらいるようにしようと思う」
「え~、ボクが見張るからいいのに~」
「ピルカヤの旦那は、夜通し働いてたら、テラペイアの旦那に叱られるぜ?」
その通りだ。もっと言ってやれ。ロペス。
しかし、夜勤となると食事とかどうしようか。
あらかじめ、マギレマさんに弁当を用意しておいてもらうか。
「……いっそのこと、営業時間外は罠でもしかけておくか」
「ボス……それはやめておこうぜ。殺害現場で風呂に入るのは、あまり気が進まないと思うんだ」
「それもそうか」
いい案だと思ったんだけどなあ……。
というか、それが一番楽だったというだけか。
あまり楽なほうばかりを選ぶのも、よくないというわけだ。
◇
「というわけで、女王様たちにはすまないが、今日から何人かは夜勤にしたい」
「かまわないとも、それにしても惜しかったねえ」
「なにがだい?」
「そんな獣人どもが、ひどい目にあっていたというのなら、私たちも是非とも見てみたかったよ」
「……女王様、わりと
「もちろんだとも、私たちは毎日ピルカヤ様に協力いただいて、ダンジョンの犠牲になる者を見ているからね」
この女王様、というかダークエルフたち全体か。けっこう歪んでいるんだよなあ……。
毎日というが、このダンジョンはとてもうまくやっているから、犠牲者はそう何人も現れるものじゃない。
誰も死なない日だってあるが、女王様たちがため息をついていたのは、犠牲者がいなくてがっかりしていたってことか。
「まあ、健全なストレス解消方法も、探すことをおすすめするぜ」
「ふふ……ご心配すまないねえ。ちゃんと他もあるから安心したまえよ」
よかった。
さすがに、そんな陰険……といっては失礼か。
ともかく、殺伐とした趣味だけではないらしい。
「仲間内で定期的に会議をしてまとめた意見を、レイ様に進言しているさ」
「ん?」
「そうして採用されたダンジョンの仕掛けで、侵入者たちが倒れていくのは胸がすく思いだね」
「あんたらも原因の一端かよ!!」
ひどい事実を知ってしまった。
ディキティスの旦那やイピレティスの姐御だけじゃなかったのか……。
アナンタの旦那、大変だ。ここにあんたの胃を痛める元凶の一部が隠れていたぞ。
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