第196話 愚者愚者な計画書

 ロペスたちには、昨夜の顛末てんまつは伝えてある。

 自身の領分で不正を働かれたのが気に障ったのか、ロペスは見るからに獣人たちに悪感情を向けていた。

 それでも、いざ獣人たちから話を聞くときは、いつもと変わらない態度なのは、さすがロペスといったところか。


「というわけなんだ。ボス、ウルラガの旦那にぶちのめしてもらってもいいか?」


 しかし、獣人たちは誰も見ていないと思い込んでいるので、完全にしらを切ってしまった。

 ロペスも面倒になったのか、ウルラガに頼んで力づくで黙らせようとしているようだ。

 まあ、ピルカヤやルトラが観察してることは、ばらしたくないからな。


「ああ、そのことならもう大丈夫」


 だが、あの獣人たちのことは、もうどうするか決めてある。

 昨日は食人花フロアで、長時間もずいぶんとがんばっていたみたいだ。

 半数ほど減らされるあたり、なかなかの奮闘といってもいいだろう。


 初陣であるあの子たちは、なんとも消化不良な状態で戦いが終わってしまった。

 それではかわいそうだ。

 せっかくなら、自分たちの力であの獣人たちを倒させてあげたい。


「悪いが、食人花たちにゆずってくれるか? その獣人たち」


「しょうがねえな~。まあ、あんな雑魚ども相手してもつまんねえし、俺はかまわねえぞ」


 ウルラガは、あいつらに特に興味がないらしく、どうでもよさそうに答える。

 問題はロペスのほうだが、それなりにあの獣人たちに怒りを抱えているのか、黙ってしまった。


「……さすがに、ほんの少しだけ気の毒だな。ああ、ボスが動くのなら、間違いないだろう。なら、俺は気にするのはやめておくとも」


 そんな降参するようなポーズをとられると、獲物を横取りしているみたいで気が引けるな。

 やはり、自分主体であの獣人たちにお仕置きしたかったんだろうか。


「悪いな。なんか、獲物を奪ってしまって」


「獲物……いや、問題ないさ。俺としては、不正を働く輩がいなくなるのなら、なにも問題はない」


「そうか? 次同じようなことがあったら、そっちで対処してもらっていいからな」


 そう言うと、ロペスは苦笑いをした。

 う~む……やはり、獲物を奪うのはよくなかったか。悪いことをした。


    ◇


「おいおい嘘だろ」


「まさかダークエルフどもを、夜通し働かせることすらしないとはな」


「お優しいハーフリング様で、ダークエルフも感謝してるんじゃねえか?」


「まあ、俺たちにとってもありがたいし、感謝してやろうぜ」


 深夜になり、昨晩と同じく柔軟の湯に仲間たちを引き連れて向かった。

 さすがに、多少の面倒ごとを覚悟していたのだが、いっそ拍子抜けしてしまう。

 こちらを静止しようとするダークエルフなんて、どこにもいなかった。


 今朝疑われたばかりだというのに、まさか見張りの一つもたてないなんて、お気楽にもほどがあるだろ。

 それとも、そんなにダークエルフたちを酷使したくないのか。

 いずれにせよ、こちらにとっては願ったり叶ったりだ。


「あの花どもも今日中には、道を塞ぐ邪魔なやつらを殺しきれそうだな」


「ああ。無駄に体力ばかりあって面倒くさいが、あの程度の攻撃ならすべて回復できるし問題ないだろ」


「あの先には、そろそろボスでもいるかもしれないな」


 だとしたら、一層気を引き締めないといけない。

 ダンジョンを攻略してボスを倒す。

 そうすれば、あの肌に合わない国に住む獣人どもを見返せる。

 自分たちの国の付近にできたダンジョンに挑んでは敗走する、そんなやつらより俺たちの方がよほど強者だといえるだろう。

 そう、あのイドのクソ野郎にだって勝つことができる。


「それじゃあ、さっさとあの場所を攻略しちまうか」


 決意を改め、俺たちは深夜のダンジョン探索に向かうことにした。


    ◇


「さて、当然だが花どもは昨日のままだな」


「こんなやつらに、逃げ出す知能なんてないだろうからな」


 昨晩あれだけ一方的に痛めつけられておきながら、実力差を理解して退避することすらしない。

 そんな愚かなモンスターどもなど、なんの脅威にもならない。

 そんなに死にたいというのなら、今日こそ殺してやろう。


「馬鹿が。昨日あれだけやってもわかってねえのかよ。お前らの攻撃なんて、何の意味もねえんだよ」


 相も変わらずツタによる攻撃がうっとうしい。

 何本かは切り落とし、回避することで対応する。

 だが、昨日あれだけ減らしたとはいえ、まだまだ数が多くさばききることは不可能だ。


「まあいい。好きにしろよ。死ぬまでやってろ」


 なので、ある程度の傷がつくことは諦める。

 この程度の痛みには慣れているし、ほうっておいても回復するのであればなにも問題ない。

 ツタによる攻撃を無視して、こちらも攻撃に専念してやろう。


「毎回ちょっかい出されるのもうっとうしいな。いっそのこと、ここで皆殺しにしておくか?」


「それがいい。植物ごときが獣人様に逆らおうなんて、生意気だししつけてやろうぜ」


 問題ないといえど、こうもしつこいとムカついてくる。

 本来ならば、次のフロアに到達するまでに邪魔なやつだけを間引くつもりだったが、喧嘩を売ってくるというのであれば買ってやる。


 一層苛烈にツタで攻撃してくるが、こちらの殺意でも感じ取ったか?

 だが、すでに決定事項だ。お前らは必ず殺しきる。

 ツタの攻撃に負けじと、こちらも防御するよりも攻撃することを優先する。


 ……おかしくないか?

 夢中になって攻撃していたが、さすがに異変に気がついた。


「……おい、どうなっているんだ」


 仲間もそれに気がついたらしく、わずかに声から覇気が薄れている。

 ちっ……情けない声出しやがって、こちらの気も削がれる。

 気のせいだ。気のせいに違いない。


「怖気づいてんじゃねえぞ。さっさと殺すぞ」


「いや、一度撤退したほうがいいだろ……」


 撤退? 昨日一方的になぶったこんなモンスターたちから?

 ……ふざけんな。それじゃあプリズイコスの獣人たちと同じだろ。

 ダンジョンができてから、幾度となく挑戦し、情けなく逃げているあいつらと同じ真似をしろと?

 いや、勝てる相手を前に尻尾を巻くなんて、そいつら以下だ。


「なにをそんなにびびっているんだ。いいから手を動かせ」


「だが……いつまでたっても、傷が回復してないじゃないか!」


 気のせい……。気のせいのはずなんだ。

 昨日と同じかそれ以上の時間、柔軟の湯に浸かった。

 ならば、回復効果はすでに俺たちの体に付与されていてしかるべきだろう。


 ……待っていれば、そろそろ効果を発揮するはずなんだ。

 だいたい、逃げるって言ったって、すでにツタが入り口を覆っていて逃げようがないだろ。


「くそっ! ふざけやがって!」


 仲間もその光景を見てしまったらしく、入り口のツタを攻撃し続けた。

 だが、敵から背を向けるその行動は、無防備にもほどがある。

 背後をツタで攻撃され続け、傷だらけになりながらも、入り口を確保しようとしている。


 まずいな……。痛みには慣れている。

 だが、回復しないのであれば話は別だ。

 徐々に、確実にこちらの力を削ぐように、体中から血を流し続けることになっている。


「たかだかモンスター風情が!」


 それも、知能すらない草花の分際で、俺たちに勝てるとでも思っているのか。

 なんだ? こちらへの攻撃の手数が増している。

 まさか、馬鹿にされたと理解する知能でもあるのか?


 いや……違うな。

 入り口で崩れ落ちて、動かなくなった仲間を見て確信した。

 ただ、役目を終えたツタが、こちらにも襲いかかってきたというだけだ。

 先ほどまで仲間を攻撃していたツタまでもが、俺を狙っている。

 これはただそれだけのこと。


 ほら見ろ。こいつらに知性なんてない。

 そんなやつらに……獣人である俺たちが……。

 ふざけやがって――

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