第195話 難易度を変更しますか?(次回からは強制)

「狙い通りだったな」


「こざかしいハーフリングなんてこんなもんだ」


 思ったとおりだった。

 深夜になると、宿も温泉もカジノすらも静まり返っていて、俺たちの邪魔をする者など誰一人いない。

 ただ温泉まで行き、金がかかる湯に浸かる。それだけのことでよかったんだ。


「それじゃあ、さっそくダンジョン探索に行くとするか」


 これからは、昼間に寝て深夜に探索を行うことになりそうだ。

 昼夜が逆転する生活に慣れていかないとな。

 そんなことを考えながら、仲間たちとダンジョンの奥へと進む。


「鳥のほうはさすがに避けるだろ?」


「ああ、あそこは俺たちじゃ不利だ」


 別の獣人たちが何人か犠牲になった通称鳥。

 広いフロアを気に入り巣を作ったのか、何匹もの大型鳥モンスターが生息している場所だ。

 あそこは、もはや俺たちでどうにかできる場所ではない。

 おそらく、遠距離攻撃主体のパーティでないと突破は無理だ。

 例えば、エルフどもの遠距離攻撃部隊である弓とかがそうだろう。


「じゃあ、今日も新規ルートの開拓だな」


「そうなるな。まあ、邪魔するやつらもいないし、気長にやればいい」


 深夜である利点の一つに、競合する邪魔なやつらがいないという点がある。

 そう考えると、やはり俺の考えは間違いでないどころか大正解だったわけだ。

 どうせなら、ハーフリングやドラゴンにお前らを出し抜いたと言いたいが、さすがにそれは我慢しておかないとな。


 それにしても、この時間帯にダンジョンに潜るというのは、案外間違いじゃないようだ。

 道中で出くわした厄介な蛇や狼たちは、眠っていたのか初動が遅れている。

 日中にダンジョンを探索しているときよりも、明らかに動きがにぶかった。


「なんだ。初めからこうすりゃあ、よかったんじゃねえか」


「まったくだな。もっと早く気づけばよかった」


 その後もコウモリやコボルト、芋虫なんかを楽々と倒し続ける。

 笑えたのは、あのアンデッドたちでさえも、他のモンスターどものように動きがにぶかったことだ。

 アンデッドでも眠るんだな。


 まあ、考えてみればわりと納得もする。

 いつも墓からのろのろ出てきているが、あれは俺たちが近づくまで眠っているということだろう。

 今回、墓から出ても動きがとろかったのは、深夜に起きることになったためってわけか。


「っと、ここから先は未踏のフロアだな」


 歩みを進めているうちに景色が変わる。

 これまでの岩壁に囲まれた場所や、古びた石造りの部屋とは見るからに雰囲気が異なる場所だ。

 見渡す限りの緑色。それは、一見するとここがダンジョンだと忘れるような光景だった。


「まるで外にいるみたいだな。すごい量の植物が邪魔くせえ」


「めんどくせえなあ……これを切り落としながら進まないといけないのか」


 さすがにすべてとはいかないが、道を塞ぐようなツタはそうしないといけないだろうな。

 愚痴る仲間たちと同じ気持ちで、俺もまた手にしていた武器でツタを処理していく。

 ……なんだか、やけに頑丈なツタだな。一つ処理するだけでも、やけに骨が折れる。


「……っち! 下がるぞ!」


 しぶしぶと作業を進めていたが、それに気がついたため、すぐに叫んだ。

 仲間たちも同じタイミングで気がついたのか、全員でこの緑生い茂る部屋の外に出る。


 動いたな。ツタの処理中にたしかに動いた。

 ほかならぬ、ツタそのものが動きやがった。


 それが間違いでなかったことは、部屋を飛び出てすぐに確信できた。

 背後から俺たちを狙って、ツタが襲いかかろうとしていたからだ。


「こないか……」


 身構えるも、そのツタは部屋から出ることはないらしい。

 ダンジョンに生息するモンスターたちの特徴と一致する。

 ということは、やはりこれもモンスターということだな。


「植物のモンスターだったのか……」


「ああ、おそらくアルラウネかトレントか、食人花あたりだろう」


 トレントは違うだろうから、他のどちらかだろうな。

 さて、どうしたものか。

 このままだと、この道も使えないことになる。


 となると、この部屋に巣食うモンスターはすべて処理しないといけないということだ。

 鳥どもと違って、こいつらは迂回しなければならないほどの脅威ではない。

 部屋中にいるため、数こそは多いだろうが、戦って勝てない相手ではない。

 だけど、めんどくせえな……。


「仕方ない。切り殺すか」


「そうだな。あ~あ……炎属性の魔法が使えるやつでもいればな」


「そんなやついたとしても、俺たちの探索についてこれねえよ」


 軽口をたたきつつ再度部屋に入ると、待ち構えていたかのようにツタが襲いかかる。

 数本程度なら余裕をもって対処できるが、やはり数が多すぎるな。

 何本かは斬ることも、防御することもできず、そのままこちらに傷をつける。

 ああ、だから準備はしておいてよかったというものだ。


「この程度なら、なにも問題ねえな」


「まあ、しょせん植物だ。耐久力だけは面倒だが、それだけだ」


 傷をつけられるが、もはや無視する。

 温泉の効能によって、つけられた傷はその場で修復するからな。

 こうなると、ただの作業にすぎない。

 小癪なことに、生命力だけは高いこいつらのツタを、一本一本間引いていくだけだ。


 それを繰り返すこと何時間か……。

 数はだいぶ減った。減ったが、まだせいぜい半分程度か……?


「多すぎるだろ!」


「ああ、さすがに疲れる……」


「しかたねえ。今日は引き返すか」


「湯の効果もいつまでもつか怪しいからな。明日続きにとりかかればいいか」


 意見は一致し、俺たちはその場から撤退することにした。

 生意気なことにモンスターどもは、最後までこちらを攻撃し続けたが、もはや気に留めることもしない。

 そんな攻撃、いくら食らっても回復すれば意味がないんだよ。


    ◇


「まあ、明日には突破できるだろうな」


 入り口まで戻ると、すでに夜は明けていたようで、朝早くから活動する者の姿がちらほら見える。

 ダークエルフどもも、すでに宿や商店で働いているみたいだな。

 ご苦労なことだ。これから眠る俺たちとは大違いだ。


 そう思いながら部屋に戻ろうとすると、あのハーフリングとドラゴンの姿を見かけた。

 特に気にすることもなく横を通り抜けようとすると、ハーフリングから声をかけられる。


「ちょっと待ってくれ」


「……俺たちか?」


「ああ、獣人のあんたらさ。なあ、あんたたち、昨日温泉を無断で利用しなかったかい?」


「なんのことだよ?」


「いや、どうにも柔軟の湯を利用された痕跡が残っていてな。他の客たちは、眠っているか準備支度中のどちらかだ。たった今探索活動をしていたとなると、あんたたちじゃないかと思ってな」


「おいおい、変な言いがかりはやめてくれ。なにか証拠でもあるっていうのか?」


「いや? せいぜいが状況証拠でしかないな」


「なら、別のやつだろ。身に覚えがないからな」


「そうか、そりゃあすまなかったな」


 簡単に謝罪され、俺たちは早々に解放された。

 当然だ。あの場には誰もいなかった。

 それどころか、あの時間帯には、俺たち以外に動く者すらいなかったからな。

 さすがに何の証拠もなく、俺たちを罰するなんてできないだろう。


 もしかすると、今夜から深夜にも見張りがつくかもしれない。

 だが、せいぜいがダークエルフだろ。

 あのハーフリングやドラゴンが、毎晩見張りにつくとは思えない。

 なら、口外するなと脅してしまえばそれで終わりだ。


「さて、寝るとするか」


 なんせ今日から昼夜を逆転させることになるからな。

 ハーフリングもダークエルフも、せいぜい俺たちのために働くといい。

 俺たちは俺たちで、お前らのことを利用させてもらうからよ。

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