第194話 夜のダンジョンに誘われて
癪なことに、あのがめついハーフリングの思い通りだ。
傷が自動的に修復するというのであれば、俺たち獣人はいくらでも戦い続けることができる。
ダンジョンを進んでいくと、一定ごとに強くなっていくモンスターたち。
そいつらも、怪我を気にしないのであれば、どうにでもなる。
「ずいぶん楽になったな」
「だが、やっぱり追加で金をとられるのは納得いかねえ」
「前言っていたいい考えって、どうなったんだ?」
仲間に話をふられるが、ちょうどいい。
なにも今まで、ただあのハーフリングの思惑通りに、ダンジョンの探索をしていたわけじゃない。
ちゃんと調べていたんだ。あのドラゴンの用心棒のことをな。
「あのドラゴンもハーフリングも、一日中宿にいるわけじゃない」
「住み込みではないってことか」
「ああ、だからダークエルフだけになったときなら、なんの心配もいらねえだろ」
とても単純なことだ。
ドラゴンがいたら、当然その場で鎮圧されるからだめ。
ハーフリングがいても、そのドラゴンを呼ばれるからだめ。
ならば、どちらもいない深夜帯に、勝手に使えばいいだけのことだった。
「というか、ダークエルフすら置いてないのかよ。あんな連中にしっかりと休みまで与えるなんてな」
「まあ、そのおかげでこうして楽に利用させてもらえるんだ。ありがたいことじゃねえか」
「馬鹿なやつらだな。せっかくダークエルフを使ってるのに、深夜の番すらさせないなんて」
簡単だ。あまりにも簡単すぎる。
商売するつもりがあるのかないのか、あの連中は決められた時間に仕事をやめてしまう。
深夜は誰も仕事をしていないなんて、勝手に使ってくれと言っているようなものだ。
「よしっ! それじゃあ、このままダンジョンで一稼ぎでもするか!」
あっけなさすぎて笑いがこぼれる。
金儲けのためにしか頭を使えないハーフリングも、力だけはあっても頭が悪いドラゴンも、こんな簡単に出し抜ける。
まあ、せいぜい宿代くらいは払って、常連にでもなってやろうじゃないか。
その見返りに、毎晩こうして稼がせてもらうけどな。
◇
「レイ~」
…………うん? ピルカヤ……?
「レイ様」
……ルトラ……まで。
もしかして、寝坊したか?
熟睡してしまったらしい意識が、徐々に覚醒していく。
周囲を見るも、当然太陽によって時間がわかるなんてことはない。
しかし、地底魔界は魔力によって明かりを確保しており、夜になるにつれて暗くなるため、ある程度の時間はわかる。
……だからわかるんだけど、今ってまだまだ真夜中じゃないか?
「どうした? なにかトラブルでも?」
だからこそ、二人が俺を起こしたってことは、緊急の要件である可能性が高い。
隣にいるフィオナ様は……ああ、そういえば今日は一緒に寝てなかった。
だめだな。まだ少し寝ぼけているようだ。
「ごめんね~。眠っているのに」
「申し訳ございません」
「……いや、いいんだけど。それより、お前らこそちゃんと寝ろよ……」
頭の中がはっきりとしていくにつれ、それに気がついてしまった。
なにかあったとしても、二人同時にそれに気づいて報告したってことは、こいつらまた徹夜で監視していたな?
「い、いやあ? ボクちゃんと寝てたよ? 寝てたけど、なんか気づいただけだから」
「申し訳ございません。つい、仕事に熱中してしまいまして」
「あ、ずるい」
「ず、ずるかったですか? 申し訳ございません、ピルカヤ様」
うん。ピルカヤも徹夜で仕事していたな。
まあ、俺からはなにも言えないので、二人のことはテラペイアに報告だけしておこう。
「そ、それよりもさ~。大変ってほどじゃないけど、ちょっと報告があるんだってば」
「ああ、そうだった。二人で報告するってことは、やっぱりなんかあったみたいだな」
ピルカヤがごまかすように、本来の用件であった報告を行う。
ルトラは、そんな彼の邪魔をしないためにか、後ろで静かに控えている。
相変わらずピルカヤを優先するのはいいのだが、ワーカーホリックなところは似ないでほしいな。
「獣人たちが、柔軟の湯(改)に入ってるよ」
「こんな時間に? そもそも営業してないよな?」
うちは、放っておけば深夜だろうが働く者が多い。
特に、欲望のダンジョンの主力従業員であるダークエルフたちは、これまでの扱いからかその傾向にある。
まさか……俺たちに内緒で、勝手に働いていたのか?
そんな不安がよぎるが、ピルカヤが続きを話すとそうでないとわかった。
「そうだね。さすがにみんな寝てるよ」
「お前らは起きてたけどな」
「も、もう。いいじゃないか~。今はそんなこと忘れようよ~」
そうだな。今はそれは後回しだ。
だが、忘れずにテラペイアに報告はするからな。
「それで、誰もいないのに温泉を利用するってことは、その獣人たちは無断で入浴しているってことか」
「そうなるね。嫌になるよまったく」
ずいぶんと綺麗好きなんだな。
獣人って、もっとがさつというか、そういうものに一番無頓着なイメージがあった。
「どうする? 焼く?」
「えっ」
「それとも、ルトラがやる?」
「お申しつけいただけるのであれば、いつでも溺死させます」
なんか怖いこと言ってる。
たかだか時間外に温泉を利用したってだけだろ?
「放っておいていいんじゃないか?」
「え~……だって、使用料も払わずに、勝手に使っているんだよ?」
あ~……そういえば、ロペスの考えで柔軟の湯(改)だけは、使用料とってたな。
宿や商店やカジノと違って、俺の経験値に変換できないし、あまり気にしていなかった。
「焼く?」
「沈めます?」
この精霊コンビ、やけにやる気に満ちているな。
違反者に罰則をというのなら、ロペスに任せてもいいけれど、わざわざあいつがいない隙を見計らってのことだもんな。
問い詰めたところでしらを切られるような気がする。
二人の監視のことは、こんなことでばらしたくない。
だから、この場で罰してしまえという考えに至ったということか。
そういうことであれば、どうせなら……。
「そいつら、こんな時間に入浴しているってことは、この後ダンジョンに行くってことだよな」
「ん? あ~……たしかに、そのまま寝ちゃったら効果も切れるだろうからね」
であれば、もしかしたら腕に自信がある者たちかもしれない。
そんなやつらが、自動回復効果まで付与されたのであれば、もしかしたらわりと奥の方まで進むんじゃないか?
「……放っておこう」
「え~!! 許しちゃうの~!? 燃やそうよ~!」
「無断で利用することに味を占めてしまえば、同じことを繰り返すと思われます」
「二人の言いたいことはわかるけど、どうせならそいつらがダンジョンのどこまで進むのかちょっと興味がある」
そう言うと、ピルカヤは俺に呆れ交じりの視線を向けた。
「しょうがないな~……。レイは、ダンジョンへの興味が優先だもんね」
「まあ、そいつらについては考えもあるから、もうちょっとだけ我慢してくれ」
「は~い」
そう言いながらも、ピルカヤはさっそく視界を共有して、その獣人たちの様子を俺の瞳に映してくれた。
若干不満そうにしつつも、やはり仕事ができる頼りになる精霊だ。
……仕事ができるというか、仕事をしすぎるといえるような気がするけれど。
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