第192話 聡明な探索者と迷走な探索者

 柔軟の湯すごいな……。

 あのハーフリングが有料に設定した温泉なので、わりと期待していたのだが、期待通りの効果をもたらしてくれている。

 朝から温泉に浸かり、そのままダンジョン探索だなんて、少し前までの俺たちが聞いたらなにを贅沢なことをと文句を言いそうだ。


 しかし、その効果はたしかなもので、これまでの探索よりも安定感が全然違う。

 少し時間を稼ぐだけで、傷が自動で癒えることのなんとありがたいことか。

 一番の消耗品である回復薬の消費を抑えられるのもありがたい。


「さて、ここからは未知の領域だな」


「ああ、油断せずに、なにかあったらすぐに引き返そう」


 前に進む。やけに広い場所に出る。

 ……広い。だがそれだけではない。天井がやけに高い。

 なんというか、今までの狭い場所とは大違い……。


 ダンジョンの中とはいえ、これだけの吹き抜けはさすがにおかしいと思い、思わず上空を見上げた。

 見上げて正解だった。そこにいた何匹ものモンスターを発見できたのだから。


「引き返すぞ!」


 全員、俺の声に一瞬体が硬直するも、迷うことなく来た道を引き返す。

 大声を出して失敗したと思ったが、幸い連中はこちらに襲いかかることはなかった。


 ……なんだよ。あんな数の大型の鳥モンスターなんて、初めて体験したぞ。

 もしもあのまま進んでいたら、あの数のモンスターたちに上空から襲撃されたとしたら……ぞっとする。

 回復効果など意味もなく、鳥たちに惨殺されていたことだろう。


「せめて、俺たちと同じ数くらいならなあ……」


「というか、できれば複数人で確実に1体ずつ倒したいよね……」


 倒せない。というわけではない。

 あの手のモンスターは、何度か倒したこともある。

 だが、あんなにうようよいるのは、さすがになあ……。


「やめよう。別の道を探したほうがいい」


「だなあ……」


 しかし、あれだけ厄介な部屋となると、その先は重要な場所になっているのだろうか。

 あるいは、手をつけられずに魔力を吸い続けて、ぶくぶくと膨れ上がったような宝箱か。

 いずれにせよ、俺たちには縁のない話だし、忘れたほうがいいな。


    ◇


「わりと奥まで来られる探索者も増えてきたな」


「そうだね~。やっぱり、リグマ汁を解放しないほうがよかったんじゃないかな~」


「変な名前つけんなよ。まあ、難易度はむしろちょうどいいだろ」


 たしかに、リグマの言うとおりなのかもしれない。

 せっかく作ったダンジョンの奥に、これまでは誰も来てくれなかった。

 最近では、徘徊に疲れたソウルイーターがお昼寝する場所になっていたからな。

 広間に入った探索者たちが、寝起きのソウルイーターから逃げる姿は記憶に新しい。


「慎重にやってきた連中が、常時回復する効果でもう少しだけ無茶できるようになった。それでも、危険を察知したらすぐに退避する。案外うまく回っているじゃねえの」


「たまに、ソウルイーターやヒポグリフたちに突っ込んでくのもいるけどな」


「まあ、無謀なのもまだまだいるな。そこも含めて、それなりにバランスが取れているといえるだろう」


「それもそうか」


 ボスどうしよう。

 獣人たちのダンジョンには、ガーゴイル軍団がボスみたいになっていたけど、ここは決めていないな。

 ……ソウルイーター増やすか?


「なにか考えているのなら、アナンタとプリミラに相談な」


「ああ、いくつか案を考えたら聞いてみることにする」


 なんせボスだからな。

 しっかりと、倒しがいのあるモンスターたちを仕掛けてやらないと。

 いっそのこと、久しぶりに新しいモンスターを狙って、ガシャを回すのもいいかもしれない。


    ◇


「お、ソウルイーター。今日も甘えん坊だな」


 このダンジョンのボスをどうしたものかと考えていると、仕事が終わったソウルイーターがこちらを発見して巻きついてきた。

 仲がいいのか、違うダンジョンに配置していたはずのゴブリンたちも一緒にいる。

 そうだ。せっかくだし、ソウルイーター自身に聞いてみるとしよう。


「なあ、ソウルイーター。プリミラとアナンタから許可が出たらだけど、お前の仲間を増やしてボスとして働いてもらうかもしれない。いけるか?」


“え! ともだちできるの!? やった~!”


「お、案外喜んでくれているっぽい。じゃあ、ボス戦にソウルイーター軍団案はわりとありだな」


“その場合、ご主人様に全員で巻きつくのか?”


“いやあ……さすがに、この子の巨体で限界だろ。順番待ちとかになるんじゃねえか?”


“そうなると、巻きつく時間が減るな”


 ゴブリンたちは……なんか相談している?

 もしかして、ソウルイーターがボスを務めることは反対なんだろうか?

 自分たちの方が古参だし、そろそろボス部屋で勤めたいとか?

 いや……ソウルイーターと仲がいいから、案外この子のことを心配しているのかもしれない。


“…………”


「どうした? 急に大人しくなって」


 さっきまで、巻き付きながらウネウネとしていたソウルイーターが、ピタッと止まってしまう。

 ボスをこなす自信がなくなったか?


“やだ~! ともだちいらな~い!!”


「うわっ! ど、どうした?」


 なんか、いつもよりもグルグルにギチギチに巻きつかれている。

 別に痛くも苦しくもないからいいけれど、急な変化に心配になる。


「そ、そんなにボスが嫌だったか? よしよし、嫌なら無理にやらせないから、落ちつこうな~」


“わたしのご主人様だからね~!”


“いや、俺たち全員のだけどな……”


 その後、念のため、プリミラとアナンタにボス部屋計画の話をしたら、全部却下された。

 まあ、いいさ……。元から、ソウルイーターが乗り気じゃなかったからな!

 ここで許可されたとしても、実際にやるつもりはなかったし!


    ◇


「ちっ……足元見やがって」


「ハーフリングだからな。それに、これまでの温泉は無料だぜ?」


「だったら、これも無料にしろ」


「無茶言うなって……。言ったろ? 俺だけじゃなくて、協力者のおかげでここまで改良できたんだ。そいつへの契約のためにも、使用料は必要なんだよ」


 腹は立つが、ここで無理言ってもどうしようもないか……。

 獣人相手にも飄々とした様子から、こいつはこの手の面倒ごとに慣れていることがわかる。

 現に、宿を無料で使用させろと言われたときも、臆することはなかった。

 というか、あらかじめ想定していたらしく、とんでもない用心棒まで用意していた。


 ならば、こいつのために宿以外の金なんて払うものか、と意地を張るわけにもいかない。

 こいつが使用料を取っている温泉の効能はたしかなものだ。

 常時回復する効果を付与できるなんて、こちらにとっては理想的な効果だからな。


「どうする? このまま、あいつの思い通りっていうのも、あいつを調子に乗らせるだけだろ?」


「脅しても意味がない。力づくでもこっちが負ける。黙って言うことを聞くしかないか」


 仲間たちもそんな結論を出してしまっている。

 ハーフリングめ……。戦う力もないくせに生意気な。

 自分より強い者の後ろに隠れて、こちらに対抗しようとする姿が気に食わない。


「いや、待てよ」


 あのドラゴン。金で雇われているだけの男だったよな……。

 つまり、あのハーフリング自身とは、あくまでも金のつながりしかないというわけだ。


「良いことを思いついた」


 上手くいけば、あの金の亡者に意趣返しができそうだ。

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