第191話 あるパーティの休息

 今日もダンジョンの探索は順調だった。

 パーティメンバーも負傷はあれど、致命的な大怪我をした者はいない。

 全員が自分の足で、馴染みとなった宿に戻ることができるくらいには、万事順調だ。


「疲れた~……温泉入りたい」


「すっかり、贅沢になったな」


「前までは、水浴びすらできない野宿も珍しくなかったのにね」


「しかたないじゃん! あるものは使わないと!」


 たしかに、仲間の言うことはどちらも間違っていない。

 このダンジョン、というよりもこの宿屋は、冒険者の俺たちにとって明らかに贅沢なものだ。

 そこらの街の宿屋と比較しても、こちらの方が上といえるだろう。

 この環境に慣れてしまうと、今後これまでの冒険者稼業に支障をきたしそうだ。


 一方で、それを利用しないというのも非効率的だ。

 体を清め、安全な場所でぐっすりと眠る。

 それだけでも、翌日の探索の成果に大きく影響が出てくる。

 さらに、体力や魔力、怪我までもが治るというのであれば、利用しないというのは馬鹿らしい。


「まあ、ここのダンジョンなら、これまでよりも難易度が高いわけだし、贅沢くらいさせてもらおうじゃないか」


 結論としては、そうなる。

 このダンジョンを何度か探索してわかったこと。それは、一定の距離を進むごとに、明確に敵や罠が強化されることだ。

 入り口付近であれば、普段相手をしているようなモンスター程度しか出てこないが、奥に進むほどに身の丈に合わない難易度となる。


「しっかりと今日の分の疲れや消耗を回復しないと、明日もできる限り奥を目指すからな」


「まあ、そりゃあそうだ」


「無料で利用できるうえに、回復できるんだからありがたいわよね」


「ほら~! みんなだって、結局使うんじゃない!」


 仲間の一人が頬を膨らませ抗議するが、軽くあしらわれている。

 本人も特に気にしていないのか、俺たちはそのまま男女で分かれて温泉に向かった。


 宿とつながるように建設されているため、宿からそのまま直行できるのも実にありがたい。

 部屋からわずか数分程度で、もうたどり着ける。

 たとえ大怪我をしていても、回復薬である程度治したら、あとは温泉を利用するなんてことも可能だ。


 そうこうしているうちに、ほらもう着いた。

 ……着いたが、なんだか今日はやけに混んでいるようだな。

 このダンジョンに訪れた日のことを思い出す。

 ハーフリングや獣人たちが、この宿を仕切っているハーフリングに因縁をつけ、ここを利用するまでに時間がかかってしまったのだ。


 はっきり言って、あんなことはもうやめてほしい。

 先ほども言ったが、あるものは使えばいい。

 それがダンジョン探索の助けになるというのであれば、なおさらだろう。


「……今まで無料だったけど、今後は利用料が必要ってことか?」


 ……なに? ハーフリングからは、聞き捨てならない言葉が聞こえた。

 だが、同時に納得もしてしまう。

 宿と食事だけでも、破格の値段だというのだから、この温泉に追加料金が必要と言われたらしかたがないことだ。


「いや、今までの温泉は無料だよ」


「なんだ。驚かせないでくれよ……」


 まったくだ。

 今までの温泉は無料なら、なにも変わりないじゃないか。

 ……ん? 今までの?


「ああ、それと無料の温泉に、密林の湯というものが追加されたから、興味あるなら利用してみてくれ。効果は変わらないが、周囲が植物だらけで気分転換になるぞ」


 どうやって、そんなに温泉を用意しているんだろう。

 このハーフリング、宿の件といい、商店の件といい、きっと相当優秀なんだろうな。

 それにしても、周りが植物か……。なんだか落ち着かなさそうだな。

 いや、それよりもだ。


「今までのってどういうことだ? その密林の湯っていうのも無料なら、それ以外もあるってことか?」


 気になったので、悪いとは思いつつも話に口をはさんでしまう。

 幸いなことに、会話を割り込まれた二人は不快な様子一つ感じさせず、ハーフリングのほうはこちらの疑問に答えてくれた。


「柔軟の湯ってのを新しく開発してな」


「柔軟……いや、そもそも開発? まさか掘り当てたんじゃなくて、あんたが作ってたのか……」


「ベースはちゃんと温泉だから安心してくれよ。俺は、そのあたりに詳しいやつを雇って、温泉の効果を改良してもらってるだけさ」


「いや、それも十分すごいことだけどな……そうか、どおりで回復すると思ったが、あんたのおかげだったのか」


「俺じゃなくて、俺の協力者たちのな」


 やはりやり手だ……。

 俺たちがありがたがっていた温泉は、このハーフリングの努力の結晶だったらしい。

 目的が金儲けだろうと、利用させてもらえるのであれば、こちらとしてはありがたい限りだ。


 だが……柔軟?

 金をとるのはその温泉だけって、普通逆じゃないのか?

 と勘ぐってしまったが、このハーフリングのことだ。きっと、なにか理由があるんだろう。


「なあなあ。柔軟の湯ってどういう効果なんだ? なんか、名前だけ聞くと他よりも効果が微妙そうなんだが……」


 俺の仲間も同じことを考えていたらしく、ハーフリングに尋ねる。

 すると、思ってもいなかったとんでもない効能の解説が返ってきた。


「他の温泉よりも、疲れが取れやすくなる。そして……一定時間だが、怪我が自動的に修復するようになる」


「はぁっ!?」


 わかる。その驚きの声を上げるのもしかたがない。

 柔軟要素はどこだ……。いや、それはいいが、自動的に傷が治る?

 それって、温泉に浸かっていない間も、怪我が治せるってことか。


「それが本当なら、たしかに金を払ってでも入る価値はありそうだな……」


「一定時間だぜ。それに、効果も個人差があるし日によって変動する。あくまでも、お守りみたいに思ってくれ」


「でもなあ……」


「ああ。ないよりましなことには違いないだろう」


 仲間と顔を見合わせ、そう確信する。

 というか、効果のほうもわりと期待が高まってしまう。

 これまで利用してきたあの温泉の効能は確かなものだった。

 ならば、この新たな温泉だって、ダンジョン探索に十分役立つものだろう。


「一応言っておくが、これまでの温泉と違って、柔軟の湯はダンジョン探索後ではなく、ダンジョン探索前に入るのがおすすめだぜ」


「それもそうだ。じゃあ、今日はその密林の湯とやらを試してみるか」


「明日は、柔軟の湯に入ってからダンジョンの入り口付近で検証が必要そうだな」


「ああ。さすがに効果がわからないものを頼るのは怖い」


「賢明な判断をする旦那たちでなによりだ。それじゃあ、気が向いたら明日利用してみてくれ」


 周囲の者たちも俺たちのやり取りを聞いていたため疑問が氷解したのか、各々目当ての温泉へと向かっていった。

 柔軟の湯の効果次第では、俺たちはダンジョンのもっと深層へ進むことができそうだな……。

 この後、パーティメンバーに共有しておくか。

 だが、まずは今日の探索の疲れや傷を癒すときだ。


 ……木が大量にあるな。

 というか、これはなんというかあれだ。


「……普段、野外で水浴びしているときを思い出す」


「ああ。なんか、正直なところ落ち着かない」


 野宿を思い出す。

 いや、むしろ贅沢に慣れてしまわないために、あえてこちらの湯に入るのも悪くないのかもしれない。

 今後は、どちらの湯に入るべきか、なかなかに悩ましいな……。


    ◇


「ボス、密林の湯は好評と不評がはっきりわかれてるみたいだぜ」


「え~、ジャングル風呂だめか?」


「獣人たちは、なんかこっちのほうが落ち着くって意見が多かったが、人間やハーフリングは野宿してるみたいだと、あまり好評ではないみたいだ」


「なるほどなあ……」


 自然を感じられるのが長所だと思っていたが、冒険者なんて嫌というほど大自然を味わっているもんな。

 ということならば、普通の温泉のほうが評価されるというのも納得だ。


「……私は良いと思います」


「そうだな。プリミラは植物好きだもんな」


「……まったく、これだから人類は」


 プリミラは、その評判が気に食わなかったのか、不満そうにご機嫌斜めになっていた。

 人類でくくってしまうと、ロペスたちも入るから気をつけような。

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