第190話 おんせんのレベルがあがった
「それで、ボクが呼ばれたと」
「も、申し訳ございません! お忙しいピルカヤ様のお手を煩わせるような真似を!」
「悪いな。日中で監視も忙しいときなのに」
「いいよ別に。レイの頼みだし」
烈火の湯なので、炎の耐性に関連する効果の検証が必要だ。
そんな軽い気持ちでピルカヤを呼び出したが、隣でルトラがあまりにも恐縮していたため、少しだけ悪い気がしてきた。
快く頼みを聞いてくれて助かったが、こいつの仕事を増やしすぎるのもあまりよくない。
テラペイアに怒られない程度に、迅速に検証を終えるとしよう。
「ということで、今日もゴブリンに頼もうと思う」
親指を立てて、こちらはこちらでお願いを承諾してくれた。
このゴブリン、前に烈火の湯を試して、耐性以上の炎によって火傷したやつだよなあ……。
前回あんな目にあったのに、今回も協力してくれるとは、もしかしてモンスターたちもわりと社畜気質だったりするのだろうか。
「それで、ルトラが改良した温泉の名前はなんにするの?」
「烈火の湯(改)」
「……まんまだねえ」
「だから、俺がつけているわけじゃないんだってば……」
だから、そんなジト目で俺を見ないでくれ。
先ほどルトラたち精霊は、他の魔族や人間と違うと思ったが、相変わらず妙に魔族らしさがあるやつだ。
「お、終わったか」
ゴブリンが温泉から出てくる。
どうやら、新たな温泉の効果はしっかりと適応できたみたいだな。
見た目はわからないが、自発的に湯から上がったということは、本人にはわかるのかもしれない。
「だからさあ……少しはためらいなよ。そんな胸を叩いて、遠慮なく燃やせみたいなジェスチャーされてもねえ」
だが燃やす。
そこはしっかりと仕事をするピルカヤらしいな。
最初は前回無傷ですんだくらいの勢いの火を、そこから徐々に火力を上げていく。
「あれ、前はこれでだめだったのにね」
当事者のピルカヤも違和感を覚えるほどに、ゴブリンの炎耐性が上昇しているのは明らかだった。
そうなると、ピルカヤも容赦はしないようであり、だんだんとゴブリンが火だるまのようになっていく。
燃えている……。見た目だけなら、ゴブリンの丸焼きでも作るつもりかと言うほどには燃えている。
「……ちょっとだけ本気だすよ」
ピルカヤが、俺たちに後ろに下がるように手を振るので、大人しく指示に従う。
その直後、大火事にでもなったのかと錯覚するほどの炎が燃え広がった。
ちょっとって言ったじゃん! さすがに、ゴブリンもこんなに燃やされたら……。
「あっれ~? 傷つくなあ。これでも平気なんだ」
「もしかして、炎属性への耐性というか、無効化してるのか?」
四天王のちょっと本気の攻撃だぞ。
ステータス差に大きな乖離があるゴブリンが、受け止めきれるものではない。
となると、もはや耐性というよりは無効化していると思ったほうがいいだろう。
「まあ、今までのボクだったら、諦めていたかもしれないね。だけど、魔王様からいただいたアイテムのおかげで、ボクちょっと強くなってるんだよねえ!」
「お、おい……」
これ、むきになっているな。
オーロラのような炎を手のひらに出現させると、魔力が内部で渦巻いているのか、目まぐるしく色が変化して炎が流動している。
ゴブリンも、さすがにぎょっとしていたが、すぐにその炎を受ける姿勢をとった。
お前はお前で、覚悟が決まるの早すぎるだろ。
「燃え尽きなよっ!!」
「本気じゃん!」
さすがは火の精霊。
激情のままに、荒れ狂う炎を自由自在に操って攻撃をするじゃないか。
どうやら、自分の炎が無効化されたことが、彼のプライドを傷つけたのかもしれない。
「お、おい、ゴブリン死ぬぞ」
「素敵です」
さすがのリグマすら、若干引いているというのに、ルトラだけはなんかうっとりしている。
「あ、ごめん。つい本気で」
怒りの感情ごと炎を放ったためか、攻撃後のピルカヤは落ち着きを取り戻したらしい。
しかし、もはや手遅れというか。ダンジョンの壁を破壊するほどの極光の炎は、当然というかゴブリンを跡形もなく消し炭にしていた。
……再生してあげないとな。
「ゴブリン作成。リセット。壁作成」
とりあえず、すぐにゴブリンを再作成してやる。
元気そうだし、ピルカヤへの不満もなく、炎へのトラウマのようなものもないのは幸いか。
ゴブリンに限った話ではないが、うちのモンスターたちって、なんだか気持ちが強い子が多いよな。
壊れた壁も、一度消してから作成したし、これでなにごともなく元通りだ。
「ごめんごめ~ん。すごかったでしょ? ボク」
「反省してねえなこいつ」
「すばらしかったです!」
リグマは呆れているが、被害に遭ったゴブリンのほうは問題なさそうなので、俺からは何も言うまい。
ただ、むきになったピルカヤってすごいんだなあとは思った。
「最終的に燃え尽きたってことは、炎無効化というよりは、耐性が大幅に上昇したのかな?」
「レイくんはレイくんで、淡々と結果を考察しようとしているしよぉ……」
そこはほら。当事者同士に不和がなければ、外野の俺たちが口出しすることじゃないから。
切り替えていこう。
あと、今のリグマ、若干アナンタっぽかったな。
さすがは、元が同一の存在なだけある。
「いや、ボクが言うのもなんだけど、炎無効化で合ってると思うよ」
「そうなのか? 結局燃えちゃったけど」
「あれは特別だよ。魔王様から授かった力だから、無理やり燃やせただけで、前までのボクの全力で燃えないのなら、炎無効化と言って差し支えないでしょ?」
まあ、炎のスペシャリストであるピルカヤがそう言うのであれば。
……というか、全力って言ったよな? やっぱり、途中から本気になってたなこいつ。
「烈火の湯(改)、炎無効化っと……制限時間のほうはどうだろう?」
「ああ、それもあったね。じゃあ、はい」
ピルカヤが小さな炎をゴブリンの指先に投げると、ゴブリンの指は火傷した。
本人は平然としていたが、氷炎の湯に浸かってもらい、傷が完治してから帰ってもらうことにしよう。
「制限時間は、前回と同じくらいっと」
「ゴブリンすら気にしてねえし……俺が少数派なのかねえ」
さあ、なんとなく傾向は見えたな。
ということで、ルトラにがんがん改良してもらうとしよう。
◇
「お役に立てたでしょうか?」
「ああ、今までも助かっていたけど、今回は特にすごかった」
「恐れ入ります」
ルトラを様々な湯に入浴させ、ゴブリンたちでその検証を行うことおよそ1時間。
なにごとかと、それなりに人だかりができるほどには、盛り上がってしまっている。
娯楽が足りないのかなあ……。娯楽室を進化させる? いや、フィオナ様がもっと定期的にガシャを外せば……。
やめておこう。たぶん泣くからな、あの魔族。
「なんか変なこと考えてました?」
「いえ、あんまり」
「むぅ……少しは考えていたと、まあいいでしょう。それよりも、温泉を改良したと聞きました」
「ルトラが優秀なので、全部改良できたみたいですね」
「あの子は、水質についてはプリミラさえ超えますからね」
「超えられました」
自慢げなフィオナ様と、隣で頷くプリミラ。
どうやら部下や後輩の活躍が誇らしいようだ。
「それで、どのように変化したんですか?」
メニューを見る。
ちゃんと、それぞれの湯が新たに追加されているし、ダンジョンマスタースキルさんも認めてくれた新しい温泉ってことだろう。
氷炎の湯(改):消費魔力 50
密林の湯(改):消費魔力 50
増強の湯(改):消費魔力 60
柔軟の湯(改):消費魔力 70
聖光の湯(改):消費魔力 80
竜嵐の湯(改):消費魔力 99
「氷炎の湯(改)と密林の湯(改)は、疲れと怪我と魔力回復量が増えましたね。まあどの道、利用者はいつも全快するまでのんびり浸かっていたので、あまり関係ありませんが」
「私、その密林の湯は初めて聞いたんですけど」
「さっきできました」
「さっき……やりますね。まあ、私のレイですからね」
フィオナ様が上機嫌になってくれるのなら、俺も果樹園を犠牲にしたかいがある。
まあ、新規に作った果樹園だし、プリミラにも怒られなかったので無駄にしたわけではないが。
「聖光の湯(改)は、一時的に聖属性を無効化します」
「すごいじゃないですか!」
「でも、ピルカヤの検証を考えると、こっちも無効化突破みたいな抜け道はありそうですね」
「む……たしかに、勇者たちなら、なによりあの女神ならやりかねませんね……」
やっぱりそこが問題か。
勇者とか、絶対に無効化で楽なんてさせてくれないだろうからなあ。
「柔軟の湯(改)は、一定時間ですが回復し続ける効果が追加されたっぽいですね」
「ほほう。つまり、ダンジョンで怪我しても自動で回復できると」
「温泉宿に設置した場合は、そうなっちゃいますね」
回復薬がなくても、時間さえあれば全快できることを考えると、慎重に扱うべきかもしれないな。
……それとも、これを前提にすればダンジョンの難易度を上げられるか?
「増強の湯(改)は、どうやら受けるダメージも減ってるっぽいです」
「それは、体の丈夫さが上がるのとは違うのですか?」
「はい。そっちも上がっていますけど、最終的に負う怪我が減少しているような感じなんですよね」
実際に、ゴブリンが同じ威力の攻撃を受ける検証を進んで行ったところ、湯の効果の有無で怪我の度合いが変わった。
頑強さがリピアネムの湯より上がらないため、残念ながら下位互換と思っていたのだが、どうやらプリミラのほうも独自の効果があったらしい。
「ちなみに、竜嵐の湯(改)は単純な効果の上昇でした」
「まあ、リピアネムですから。面倒な効果よりもわかりやすいほうが彼女にあっています」
「はい! 私はわかりやすい強さが長所ですから!」
ただ、消費魔力もとんでもないことになっているんだよな……。
99って、ステータスとかを見る限りでは、一種の壁っぽい値だし。
さすがはリピアネムだ。
「あの、それで」
フィオナ様がなにやらもじもじと、聞きにくそうに口を開く。
なんだろう。なにか気になることでもあったか?
「魔力の最大値が上がる効果は」
「ありません」
「ですよねぇ……」
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